──30周年ツアー『 NO LIND, NO LIFE ? 』、あとはLINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)1本を残すのみとなりました。ここまでツアーをやってきて、どんなことを感じていますか?
ツアーが始まった当初は、コロナによるいろいろなルールがある中でのライブということで、なかなかのとまどいがありました。お客さんは声を出しちゃいけないじゃないですか。LINDBERGのライブはお客さんも一緒に歌う曲が多いので、つい客席にマイクを向けそうになるんですが、向けちゃいけないわけで、慣れるのに時間がかかりました。
──確かに、かなり特殊な状況でのライブということになりますね。
お客さんはマスクを付けているので、笑顔なのかどうか、わかりづらいんですよ。マスクから出ている部分、目で判断しなけりゃいけない。でもみなさん、喜んでくれているんだなって伝わってきました。こんな状況の中で来て下さっているんだから、こちらもその気持ちに応えるしかないじゃないですか。ツアーが始まってすぐにメンバーとも「幸せ、倍返しやー!」って話し合って、ステージにのぞんでいました。
──こんな状況だからこそ、演奏する側も鑑賞する側も、ライブのかけがえのなさをより実感する部分はありそうですね。
これまで当たり前のようにライブをやって、当たり前のように歌ってきましたけど、当たり前のことじゃなかったんだなということは感じましたね。音楽だけじゃなくて、普通の生活にしても、当たり前のことじゃなかったんだなと、いろいろと考える機会にもなりました。
──コロナ禍によって2020年3月からのツアーが延期となり、緊急事態宣言が発令された時はどんなお気持ちで日々を過ごしておられましたか?
自分の力ではどうしようもないじゃないですか。3月のツアー・スタートに向けて、準備して気持ちを上げてきていたんですが、延期になって、モチベーションをキープすることができなくなり、ドーンと落ち込んでしまいました。そうこうするうちに、長い梅雨があって、40日間くらいほとんど太陽が出なくて、追い打ちをかけられ、梅雨が明けたと思ったら、酷暑で外に出られず、さらにドドドーンと下がっていました。
──気持ちが上がったきっかけは?
11月からツアーをやることが決まったことですね。ツアーの準備を進める中で、少しずつ気持ちが上がっていきました。選曲を決める過程でもだんだんライブのモードになっていきました。ベースの川添さんから、「どんなファンの方にとっても、この曲が聴けて良かったなと思って帰ってもらえる選曲にしよう」という提案があって、ファンのみなさんが聴きたいであろう曲を惜しげもなくやろう、LINDBERGの前期、中期、後期の曲を万遍なくやろうと決めたんですよ。そのあたりから徐々にという感じです。
──ツアーに向けて、準備したことはありますか?
私個人の話になるんですが、コロナ禍の中でもボイストレーニングは継続していました。一時期、ちょっと壁にぶつかった時があって、病気になった時にセカンド・オピニオンを聞くように、ボイストレーニングでもセカンド・オピニオン、サード・オピニオンをいただこうと決めて、3人の先生に指導していただきました。いろんな視点で見てもらうことで、自分の弱いところがより明確になるので、最終的にはより前に進めるんですよ。先生方からも登山で頂上を目指す場合にAというルート以外にも、Bというルート、Cというルートなど、いろいろな道があるんだよ、1つだけにこだわることはないよということはおっしゃっていただきました。大切なのは着実に上を目指すこと。今、一歩一歩、進んでいる最中ですね。なので、「ツアーは途中段階」と言われてしまうかもしれないんですが、そういう部分も含めて、今の私を見てもらうのがいいのかなと思っています。
──渡瀬さんが挑んでいる姿、前に進んでいる姿をさらけだすこと自体もメッセージになっているのではないですか。
3年前は普通に声を出すことも、誰かと話すこともできなかったわけで、私はここまで来たよ、ここまでできるようになったよというふうに気持ちを切り替えて、ツアーにのぞんでいます。もともと私は自分を肯定するのが苦手なタイプで、すぐに「私はダメだ」という方向に行きがちなんですが、「ここまで来たよ」って自己肯定することも大切なことだなと思いながら、ステージに立っています。