──地元のエピソードを教えてください。
Fumiha
(Ba./Cho.)
私とAikaは地元が一緒なんですけど。なんもないんですよ(笑)。
Aika
(Dr./Cho.)
リズム隊の2人が初めて立ったステージは地元の学校の学園祭でした。
Fumiha
その話しにしよう。中学のときに文化祭出たいねってことで、Aikaをドラムに誘ったんですよ。
Ryoko
(Vo./Gt.)
「太鼓の達人」がうまかったんでしょ?
Fumiha
そう!ゲームセンターに一緒に行ったとき、めっちゃうまかったんです。
Ryoko
いまでも音ゲー、めっちゃうまいです。ビビるぐらい。
Fumiha
それで、「ドラムやりぃや」ってAikaにいったら「うん、分かった」って。
Aika
私とドラム、どう関係あるんやろうって疑問を持ちながらもその日に電子ドラムを買いに行って。
──買うかな。そこで(笑)。
Aika
物は試しやと思って。それで、文化祭に向けて練習して。
Fumiha
地元は大阪の四条畷なんですけど。そこのちっちゃいスタジオに一緒に入ったら「お!できてるやん」と。普通に、軽音部の1年生よりもできてたんです。
Ryoko
Aikaはセンスがあるんですよ。
Fumiha
それで中学の文化祭に出て。
Aika
それが初めてのステージ。
──バンド名は?
Aika
みんなの苗字をとってつけたんですけど。
Fumiha
ЯeaLも1回メンバーの頭文字とろうかって。
Ryoko
なった(微笑)。
Fumiha
ЯeaLになってよかった。
──ステージではどんな曲をやったんですか?
Fumiha
SCANDALの「瞬間センチメンタル」をやりましたね。持ち時間3分ぐらいしかなかったから。
Aika
1曲だけ。制服着て、スタジオから楽器運んで。
Fumiha
めっちゃ運んだな。そのためだけに。それが地元の唯一の思い出。
Aika
あっちゅう間すぎてなんも憶えてないです。
Fumiha
緊張する、緊張する、あ、終わったって(笑)。
Aika
でも、気持ちいいなというのは思ってましたね。
Ryoko
なのに、バンド結成のときは1回断ってきたんですよ。Aikaは。
Aika
受験やったんで。誘ってきたときは。
Ryoko
Fumihaが「いい人おるから」って紹介してくれて。最初2人で会ったら断られて。それをFumihaにいったら、いまから電話してみようってことになって電話したんですよ。
Aika
詐欺ですよ、詐欺。めっちゃかわいいアニメの声みたいな高い声で、すごいうまい話があるんやけどって(全員笑)。
Fumiha
だははは(笑)。勧誘やん!
Aika
でも、それでこれはやるしかないと思って、お父さんに「バンドやっていい?」って聞いたら「ええよ」っていわれたんで「やります」って答えて。
──詐欺にひっかかった、と(一同笑)。
Ryoko
そこはFumihaもそうでしょ?
Fumiha
私はネットやったんで、男か女か同い年なんかもプロフィールにはそう書いてはあるけど、会うまで分からんかったんですよ。それで電話で話したら、男と女の中間みたいな声やったから「こいつ絶対おっさんや」と思って。
Ryoko
それで、心斎橋で初めて会って。
Fumiha
心斎橋とか都会やから行ったこともなくて。電車も乗ったことなかったんですよ。もしかしたらおっさんかもしれない人に会うために、人生で一番勇気を振り絞って心斎橋に会いに行ったんです。
Ryoko
それで初めて会った日にスタジオに入って、弾き語りを聴かせたんです。
Fumiha
その頃はこんな声じゃなかった。猫かぶってたから。
──だはははっ(笑)。
Aika
声はめっちゃかわいいのに、会いに行ったらめっちゃドクロでトゲトゲがついてて「それ、どこで売ってんねん」って洋服着てて。
Fumiha
四条畷では見たことない服やった。
Ryoko
ドクロにトゲトゲの鋲がついた服で厚底はいて。
Aika
めっちゃ派手で、声と違うやんって。
Fumiha
理解できんかったもんな?
Aika
こういう人も世の中にいるんやって感情でバンドやってましたね。
──Ryokoさんの地元はどこなんですか?
Ryoko
私は堺なんですけど。地元が苦手やったんです。学校におる時間で私は何者かになれるのに、なんでこんなとこにおるんやろうっていうので学校に行かなくなってしまって。それで、ずっと難波とか心斎橋を中学の頃からふらつき出して。地元が嫌すぎて、服装とかもそういうとんがった格好をしてたんです。そういう格好して、毎日難波とか心斎橋行って、音楽を目指してる子を探してつるんでは、平日からカラオケ行ったりして。地元の子はバカにする訳ですよ。学校にも行かずにそんなことしてる私を。こっちは「お前らみとけよ。いつか見返してやるから」っていってたんですね。その延長線上で、メンバー募集のサイトに“私についてきたら売れるし、売れるためにやります”と書いているのに、連絡してきてつながったのがFumihaで。ネットで知り合った子たちと、中2の頃から私はずっと仲間を見つけるために後々に自分が入る芸能系の学校のオープンキャンパスに通ってて。入学してからはЯeaLってものができたから、逆にその学校には行かなくなったんですけど。そこで出会った仲間はいまでも親友です。その学校というのが後のOSM(大阪スクールオブミュージック高等専修学校)なんですよ。
──2人は別の高校に通ってたんですか?
Ryoko
2人は普通科の高校に行ってたんで、私だけが自由に動けたんですよ。2人が動けない分、平日に一人で東京に行って新人開発の部署にCDを渡しにいって大人と打ち合わせしたりしてたんです。自分の音楽人生の始まりの場所ですね。心斎橋、難波、学校があった四ツ橋は。
Fumiha
ЯeaLの始まりの場所も心斎橋やしな。
Ryoko
スタジオも全部心斎橋やったし。高校に入ってからは四ツ橋にある高校のスタジオを使わせてもらってたんです。夏休みは12時間とかスタジオに入ってて。授業まったく受けてないのに(笑)。だけど、それを在学中にメジャーデビューを決めることですべて清算しました。
──さすがですね!
Ryoko
いまだに英雄扱いです(笑)。職員室に行くとポスターやCDが飾られてて。
Aika
利用されてる?(笑)
Ryoko
広告塔っすね(笑)。まあでもスタジオも使わせてもらったので。
Aika
そこは大分お世話になりました。夏休みはずっとそこにいたんで。
Ryoko
毎日12時間練習が定番やったんで。
Fumiha
朝の9時から夜の9時まで。
Ryoko
同じ曲をリピートして、1回でも間違えたら挙手して、間違えずに終わるまで延々やってました。
──スパルタ過ぎ(笑)。よく2人は辞めなかったですね。
Aika
いまやれっていわれたら無理ですね。でも、あれがあったからいまがあるので。
Ryoko
全員バンドやるために楽器を始めたので、やるしかなかった。初心者を無理やり底上げしていくにはそれしかなかったんです。そういうなかでめっちゃ喧嘩して四ツ橋の下のロッテリアで泣いたり。自分とЯeaLの青春はすべて難波、心斎橋、四ツ橋にあります。
編集部:青春時代に結ばれたアツいЯeaL誕生ヒストリーでした。
Ryokoさん、Fumihaさん、Aikaさん、ありがとうございました!
Ryokoさん、Fumihaさん、Aikaさん、ありがとうございました!