
Chageのニューアルバム『Instinto』は、現在の彼の等身大の音楽と歌声がたっぷり詰まった作品となった。CHAGE and ASKAでデビューして47年目、67歳の今もこんなにも情熱的な音楽を生み出せるところが素晴らしい。表題曲的な位置付けの「真夏のInstinto」はラテンテイストの漂う、ロマンティックかつエモーショナルなナンバー。Chageの艶やかかつしなやかな歌声には官能的という表現がふさわしいだろう。アルバムタイトルにもなっている“Instinto”には、スペイン語とポルトガル語で“本能”という意味がある。そのタイトルどおり、リスナーの本能に訴えかけて、情熱の炎を灯していく楽曲が並ぶ作品となった。この『Instinto』は2枚組の作品で、ディスク1には新曲2曲とセルフカバー曲4曲、いずれもアコースティック・バージョンを収録。ディスク2には2022年から2024年にかけての3年間の『Chage Billboard Live』でのライブ音源から12曲が選曲されている。つまり『Instinto』は近年のChageのライブ活動の成果が形になった作品でもあるのだ。11月1日のZepp Nagoyaを皮切りに、バンド編成でのツアー、『ChageLiveTour2025 Mr.November』も始まる。最新作とツアーについて、Chageに話を聞いた。
──ニューアルバム『Instinto』の制作のきっかけとなったことはありますか?
自分の中で、“1年に1枚はアルバムを出そう、ブランニューを作ろう”と決めているんですよ。それで春先から曲作りに入りました。曲を作る時って、“こんなテンポのこんなムードのもの”といった感じで、ある程度、楽曲の色合いをイメージしながら作ることが多いんですが、今回はそういうことを一切やめて、“Chageが本能のおもむくままに作ったらどうなるんだろう”と思ったところからスタートしました。
──そうした作り方をしたことが、アルバムタイトルにも繋がっているんですね。
そうなんですよ。“本能”って面白いなと思ったので、ネットで調べたら、スペイン語やポルトガル語で“本能”という意味の“Instinto”という言葉が出てきた。これはキャッチーで響きもいいなと思ったので、この言葉が糸口になったところもあります。スペイン語とポルトガル語と言えば、ラテン音楽ですから、春頃からラテン音楽をヘビーローテーションで聴くようになり、大いに影響を受けながら制作に入りました。
──どんなラテン音楽を聴いていたのですか?
今回、僕がよく聴いたのは、コロンビア出身のカロルGさんとメキシコ出身のマルコ・アントニオ・ソリスさんという2人のシンガーソングライターの楽曲です。ラテン音楽というと、灼熱の恋みたいな熱いイメージがあったのですが、2人とも実に爽やかな音楽をやっているんですよ。メロディも良くて、音もシンプルで、楽器の数も少なくて、歌もあっさりしているんですが、そういうところもいいなあと思いました。これまで描いていたイメージとは一味違うラテン音楽の良さに刺激を受けながら作ったのが、「真夏のInstinto」なんですよ。
──確かに「真夏のInstinto」もサウンドはシンプルでありながら、情熱的な感情がとてもナチュラルに伝わってきました。
まず、<Ma Ma Ma Ma Ma Ma Ma Ma Ma真夏に咲いた>というサビのフレーズが自然に出てきたので、そのフレーズを広げて形にしました。自分の定義として、“ラテン=R指定”というのがあるので、アダルトな世界観を描いた作品になりました。
──67歳でこんなにも官能的な歌を歌えるところが素晴らしいです。「真夏のInstinto」、とてもエモいです。
以前、チャッピーさん(Chageのファンクラブの会員のこと)とオンラインで、24人同時参加のファンミーティングを行った時に、ある主婦の方から「最近、エロい曲があまりないので、そういう曲を書いてくれませんか?」との要望があって、他の数名の方々も画面越しに大きくうなづいたんですよ(笑)。その時に「わかりました」と答えて、「幸せな不条理」を作った経緯がありました。2023年に「幸せな不条理」という曲を作ったのですが、「真夏のInstinto」はその時に開いた扉のさらに奥に進んだ作品になったんじゃないかな。自分自身、楽しみながら作りました。
──<まぶたの裏で揺れる>など、繊細な言葉の表現も見事です。
瞳を閉じたら、相手の姿は見えなくなるんですが、まぶたの裏にはその姿が残っていて、妖艶に踊っているみたいなことをイメージしながら書きました。ラテン音楽のイメージから言葉が浮かび、言葉遊びをしながらはめていきました。季節は春でも秋でも冬でもなくて、真夏なんですよ。でも今年の夏は猛暑で大変だった印象が強いので、夏にリリースしなくてよかったですね(笑)。秋にリリースということで、酷暑のつらさではなく、夏の良さを思い出していただこうと(笑)。
──サウンド面ではどのようなことを意識しましたか?
ラテン音楽を聴いていて、ひとつの法則にぶち当たったんですよ。それは、ギターはガットギターであるということ。鉄の弦ではなくて、ナイロン弦の“艶”みたいなモノを絶対に入れたいなと思って作りました。曲のアレンジは(十川)ともじ君にお願いしたんですが、もう一つこだわったのは、ともかく短い曲にすることです。
──3分ないですもんね。
ラテン音楽って、短い曲が多いんですよ。音数も少なめにして、アコースティック・バージョンで制作しました。一般的には、最初にフル・バージョンがあって、音数を減らしてアコースティック・バージョンを作るじゃないですか。でも、「真夏のInstinto」は最初がアコースティック・バージョンなので、ここから楽器を増やしていく面白さもありますね。ライブでは、そういった変化も楽しんでいただこうかなと考えています。
──もう1曲の新曲「One Love ~二人だけの軌跡~」はライブで観客がシンガロングする光景が見えてきそうな曲です。
この曲もメロディもシンプルですし、鳴っている音数も少ないんですよ。2曲ともライブを想定しているところはありますね。今年もずっとライブ活動を行ってきたので、自然にそういう曲ができる傾向はありますね。「真夏のInstinto」は11月のバリカタ(※博多弁でラーメンの麺がとても硬いことを表す言葉。ここでは、ハードな曲をたくさんやるバンド編成でのコンサートを指している)でも当然やる予定です。「One Love ~二人だけの軌跡~」は、まずは『Chageのずっと細道』のような人数の少ないライブハウスで演奏して、旅をしながらじっくり育てていきたいなと思っています。「One Love ~二人だけの軌跡~」は令和の「WINDY ROAD」だと、誰かが言ってました。
──「WINDY ROAD」はまさにライブの中で育って、コンサートでは欠かせない重要な曲になりましたもんね。
「WINDY ROAD」は、90年に勃発した湾岸戦争を受けて作った曲でした。2025年の今もあの当時と同じように、紛争が絶えないですし、争いの火種があちこちにたくさんあります。ただし、そのこと直接的なメッセージとして歌うのは僕らしくないので、日常のどこにでもあるような恋人同士の揉め事に託して、歌詞を書きました。国家間の紛争も恋人同士の他愛もない喧嘩も、突き詰めていけば原因は一緒なんじゃないかと考えたからです。
──確かに、互いの違いをいかに理解し、尊重しあっていくかが重要という点では共通しますよね。
現在の混沌とした世界情勢と恋人のいざこざをどう結びつけていくか、書くのが楽しみでもあり、悩んだところでもありました。シンプルなメロディなので、言葉もそんなに乗らない。少ない文字数の中でいかに表現するか。今回のコンセプトは“削って削って”ということだったので、難しさはありましたが、<抱き合い歌おう>というシンプルな言葉が降りてきた時に、これはいけるなと思いました。文字数が多いと、説明くさくなってしまうことがあるので、この言葉数で良かったなと思いました。
──<Woh oh oh oh oh oh oh oh>というコーラスのクレジットに、河野健太郎さんとともに、One Take集団とありますが、これはどんな人たちがどんな雰囲気でやったんですか。
健太郎、(三木)だいすけ、そして僕の3人ですね。3人でマイクの位置を変えたり、距離を変えたり、自分たちのいる場所を変えたりしながら録ったんですよ。僕の声はよく通るので、あえて後ろを向いて壁に向かって歌ったり。そうやって6テイクくらい録って、かぶせました。その間、直しが1回もなかったので、One Take集団と表記しました(笑)。
──歌声もとてもヒューマンです。ボーカル録りでは、こだわったことはありますか?
あまり多く歌わないようにしていました。最近はだいたいスリーテイクくらいで終わっています。まず、ワンテイク目をバーンと録り、そこで欲目を出して、ツーテイク、スリーテイクと録るんですが、結局、一番いいのはワンテイク目なんですよ。2回目以降は純粋でないというか、小洒落たことをしようとか、もう少し色づけしてみようとか、邪念が入ってしまうから。20代、30代だったら、テクニック面での意識も必要だったかもしれませんが、60代となった今は、マイクの前に立って、何も考えず、歌詞と対峙して歌うのがいいみたいです。
──これも“本能のおもむくまま”と言えそうですね。ラブソングを歌う難しさはありますか?
大前提として、自分が歌っている曲は、すべてラブソングだと思っているんですね。今回、直木賞作家の万城目学君に歌詞を書いてもらった「飾りのない歌」のアコースティック・バージョンを収録していますが、この曲も自分の中では究極のラブソングです。この曲を新たにレコーディングする前に、『細道』でもアコースティック・バージョンで歌ったんですね。そこで、歌うごとに歌が自分の中で咀嚼されて吸収されて、自然に言葉が立体化していく実感がありました。ここにヒントがあるなと気が気付いたので、その感覚を重視してレコーディングにのぞみました。








