──実は、昔からキリンジ(現在はKIRINJIに改名)が好きで、アルバムはもちろんエッセイ本も持ってます。
堀込高樹(以下略)ああ、ありがとうございます。
──なんなら学生時代は「Drifter」と「メスとコスメ」の歌詞を学校の机に書いてました。
机に書く!? なんで!?(笑)。
──当時は中学生だったので「この歌詞はどういう意味なんだろう。一回、机に書いてみるか」と思って。
だからって学校の机に書いちゃダメじゃないですか!まあ、文字を掘らないだけ良かったですよ。
──2人体制の頃と比べると、ここ3年間のKIRINJIはこれまでと違う作風になった印象がありまして。前々作の『ネオ』、前作の『愛をあるだけ、すべて』、そして今回の『cherish』とダンスミュージックやHIP HOPにフォーカスした作品が続いてますよね。
『ネオ』はグループとしても手応えがあって、評判も良かったんですね。あの感じでもう1枚作りたくて『愛をあるだけ、すべて』を制作しました。今回は一回経験しているので、どうすれば目指している音になるか当たりがつくわけですよ。だから、より具体的に方法から到達点に至るまでイメージして出来た感じがありますね。
──「最近のポップスは、ダンスミュージックかHIP HOPの影響下にある音楽が主流」と去年のインタビューで話されてましたけど。高樹さんはマーケットを意識して楽曲制作に臨まれているんですか。
それはそうですね。ラジオなりサブスクリプションなりで、世の中の音楽と一緒に混ざって聴かれるわけじゃないですか。そのときに自分の音楽だけ「ローが軽いな」とか「レベルが小さいな」とか、もっと言えば「何か古臭いな」と思われたら悔しいですよね。だから、ちゃんと今の音楽として聴けるもので、なおかつ我々のような世代の人間も満足できるようなハーモニーとかメロディがちゃんとあるものを作りたい。特に今回はそこを意識して作りましたね。
──時代の変化を見極めて音楽を作っている、というのが僕は意外で。KIRINJIって世間の流行りとは違う場所にいる印象があったんですよ。
かつての「メスとコスメ」とかね、ああいう曲を作っていたときって、当時の2000年代初めに流行っていた音楽が全然好きじゃなかったんですよ。自分が表現したいものはそれじゃなかった。でも、あの頃と同じことを今やると、時代にとり残された人の音楽に見えてしまうと思うんですね。ミュージシャンって音楽だけが大事なわけじゃなくて、スタンスとか「こういう意識で音楽をやってます」と伝えることも作品の一部だったりする。だから隠遁した感じで音楽をやっていると思われたら嫌だな、というのがあって。
──世間と離れたところで音楽を作っているような。
先ほど仰った通り、そこって昔はどうでも良かった。だけど今は流れてくる音楽が「カッコイイものが多いな」と感じるようになったんですね。高校1年生の息子がいて、彼はダンスミュージックとかHIP HOPとか、それに準ずるヒットチャートに入るような音楽を聴いているわけです。そうすると最初はどこが良いのか分からなかった音楽——トラップとか「暗いなぁ」とか「重いなぁ」しか思わなかったけど、段々と面白さが分かってきた。「こういう音楽って、自分だったらどうやるのかな」と聴きながら自然に考えるようになって。だからリスナーとしての環境が変わったのが大きいかもしれないですね。
──息子さんに「これ作ったんだけど」と聴かせる機会はあるんですか。
家でKIRINJIに関する話はしたことないけど、どんな音楽をやってるかは知ってるっぽいです。鎮座DOPENESSがウチに来たときは、異常に盛り上がってましたから。
──ハハハ、様子が違うぞと。
ウチのスタジオでレコーディングをするために来たんですけど、「ヤベー人が来る!ヤベー人が来る!」って、いつになく“ヤベー”を連発してて面白かったですよ(笑)。
──今回「Almond Eyes」で鎮座さんをゲストボーカルに迎えたわけですけど、ご一緒したのはどう言う経緯で?
前々から彼の存在は知ってて、いつかお願いしたいと思っていたんです。だけど鎮座くんは接点がなくて、どういうルートでお願いをすれば良いのか分からないのと「そもそもKIRINJIのようなポップスをやってくれるのかな?」と思ったんですよ。頼んで断られたら嫌だしな、とも考えたし(笑)。
──はいはい。
そんなこんなで気にはなりつつ、数年間は接触がなかったんです。それで「Almond Eyes」を作ったとき、これに鎮座くんが参加してもらえたらカッコよくなるなと。しかも彼は、最近FNCYというグループをやってて。それが割とブラック・コンテンポラリーとかAORと呼ばれているタイプの音楽を、現代にブラッシュアップさせたファンキーなポップスなんです。それで「こういう音楽もやっているなら、KIRINJIもやってくれるかも」と思ってお願いしましたね
──実際、ご一緒されてみてどう思いましたか。
まず声が良いんですよ。後半はラップというよりも割と歌い上げるパートじゃないですか。あの人はラップもすごいけど、歌もすごいんだなと思いました。
──ゲストボーカルの話をすると、「killer tune kills me」ではYonYonさんとご一緒されましたね。
ある日、ラジオを聴いていたらYonYonとSIRUPが一緒に歌ってる「Mirror (選択)」という曲が流れてきたんです。新しいタイプの人が出てきた、と思ってビックリして。最初、韓国語が始まったと思ったら途中で日本語交じりになって、この人は何なんだろうと思って調べたら、DJなんだけどシンガーもやっている人だと知って。もっと驚いたのは、韓国のトラックメイカーと日本のシンガーを引き合わせて、かつ自分も歌う。そんなコーディネート的な役割もやっている。それで気になっていたら、ある日インスタでフォローされたのでDMを送ったんですよ。そしたら「全然歌いますよ」とお返事をもらえて。
──「killer tune kills me」は、弓木英梨乃さんとYonYonさんの声が見事にシンクロしてましたね。
そうですね。YonYonの歌う節回しにブラックミュージックのフィーリングがあって、それが弓木さんとのボーカルの対比になって面白いなと思いました。1曲の中に違う人格があるじゃないですか。違うタイプの女の子が同じような感情を抱いてる画が浮かんで、それを2人が歌うことで奥行きが出て良かったです。
──「雑務」は<雑務 雑務 雑務 エンターテイメント>っていうサビが印象的で。「雑務」って、こんなリズム感のある言葉だったのかと気づかされました。
「雑務」という言葉を3連符で乗せて、後ろのトラックは16ビートでスクエアに刻んでいるんです。だから2つのリズムがそこにあるんだけど、それがブラジル音楽っぽいし、ラップ的とも言える。僕も面白い曲が作れたなと思いましたね。
──そういう驚きで言えば「Pizza VS Hamburger」もそうで。<ハンバーガーかピザ 俺、ピザだな ピザだな>の歌詞は面白いのに音はカッコ良いっていう、そのギャップに笑っちゃいました。
ある日、小学4年生の息子が着てたTシャツに「Hamburger VS Pizza」ってプリントされてまして。
──ハハハハ、そこですか!?
それを入れ替えただけなんだけど……まあ、それだけです(笑)。単純にノリの良い曲じゃないですか。リフとかグルーヴで聴かせる曲だから、そこに観念的なことを乗せても面白くないんですよね。だから、意味が分かるように言葉の切れの良さを優先して作りました。
──逆に「善人の反省」は歌詞のメッセージ性が強いですよね。あの発想はどこから湧いてきたんですか。
親鸞の『歎異抄』って知ってます?
──全然読んだことないですけど、仏教の本ですか?
そうです。「善人でさえ救われるのだから、悪人はなおさら救われる」という言葉があるんですけど。その言葉を聞いたとき、意味が分かるような分からないような感じだったんです。で、どういうことなんだろう?と。まあ本を読めば良いんだけど、面倒くさいから読まずに考えようと思って(笑)。
──フフフ、はい。
自分が善人になって良いことをしている時の気持ちを考えると、「“ありがとう”と言われたい」とか「今、拾ってあげたのに“ありがとう”を言われなかった」とかちょっと図に乗ってるじゃないですか。それってイヤらしいなと思ったんです。逆に、悪人というのは自分の中の悪意をちゃんと自覚している。
──俺はあいつを憎んでる、とか。
そうそう。だけど善人というのは、それを隠そうとするでしょ。自分で自分に嘘をつく方が悪人よりもタチ悪いと考えたときに、『歎異抄』の言葉はそういうことかなと思ったんです。で、これは良いなと思って曲にしました。