タイムマシンに乗り込んで、NEW WORLDを探す時空の旅へ。相対性理論の新作『天声ジングル』は、いよいよ人類とコンピューターの境界があいまいになり、かつてのSF映画が現実に変わりつつある中で、我々がこれから向かうべき場所を指し示すかのような、2016年屈指の問題作である。7月22日には日本武道館での自主企画ライブ「相対性理論 presents 『八角形』」の開催も決定。新作とライブについて、やくしまるえつこに聞いてみた。
インタビュー/金子厚武
──やくしまるさんはお父さんの職業が科学者だとお伺いしました。近年のやくしまるさん関連の作品にはその家系を感じさせる作品が増え、それは『天声ジングル』からも感じられました。音楽と科学、その共通点と相違点をどうお考えですか?
魔法に一番近くて最も遠い存在だと思います。
──先日、人工知能Tayの暴走が話題となりました。やくしまるさんはどんな感想をお持ちですか?
彼女は我々から学習しただけ。
──「SOS」から始まって、「おやすみ」に至り、最後に「FLASHBACK」するというアルバムの流れからは、SF/ディストピア的な世界観を感じました。これは意図されていますか?
そうですね。そこに気づいてしまったのなら、また最初に戻ってください。そのためのフラッシュバックです。繰り返すごとに少しずつ上昇してユートピアへ抜け出せますように。
──上で感じた世界観は、ジャケットの印象から来たものでもあります。ジャケットに描かれている女の子について、何か設定があれば教えていただけますか?
NEW WORLDの鍵を持っていることは確かですが、彼女と見つめ合えば、あなた自身が映るはず。
──クレジットを見ると、初めて「ティカ・α(やくしまるえつこの作家名義)」が全曲にクレジットされています。以前相対性理論とソロの違いとして、「スタートラインが大きく違う」とお話されていましたが、その距離感に変化はありましたか?
最終的にその音を出力するのが『やくしまるえつこ』なのか『相対性理論』なのか、という大きな前提の違いは相変わらずです。ただ、『相対性理論』はもともと実体がないようなものだし、やくしまる自身も実体の感覚がどんどん薄れてきているのでその点は似ているかもしれません。
──“弁天様はスピリチュア”は吉祥寺のバウスシアターでのシークレットレコーディングから曲作りをスタートしたそうですが、バウスシアターにはどのような思い出があり、なぜあの場所を使ってレコーディングをしようと思ったのでしょうか?
あそこへはよく映画を見に行っていました。サイレント映画の『月世界旅行』を上映しながら即興演奏をしたこともあります。映画館は密室でありながらあらゆる世界へ連なっています。座標が及ぼす影響や、曲ができあがるころにはすでに時の彼方にある空間という要素も重なって、タイムマシンを作るような気持ちであの場所からレコーディングを始めました。
──“弁天様はスピリチュア”はビートメイキングが印象的です。また、それ以外でも、いくつかの曲はビートミュージック的な色合いが強く、アルバムの印象を規定しているように思います。実際、現在のやくしまるさんの大きな関心事項のひとつがビートミュージックだと言えますか?もしそうであるなら、具体的には、誰のどんな部分に惹かれていますか?
はい、チェスや将棋、囲碁といったゲームにおける人工知能との対局で、人間が自らを歪ませながら生み出そうとする新世界の最善手のように、複雑化した機械によるリズムを超えんとするときの人間のビートの奇妙な揺らぎにはNEW HUMANの片鱗を感じてとても美しく思います。具体的にはマーク・ジュリアナ、マーク・コレンバーグ、クリス・デイヴやリチャード・スペイヴンといった方々に代表されるような新しい言語を持って育ったドラマーたちの『“人間みたいな機械”みたいな人間』『……なのかなんなのかよくわからない』プレイに惹かれます。また、今作では生ドラムからTR-808、人力クラップからBOSSのHand Clapperまで曲によって言語を使い分けています。
──“弁天様はスピリチュア”には「天の声」という言葉が出てきて、『天声ジングル』というタイトルとの関連を感じさせます。実際、『天声ジングル』という言葉はいつ、どのように生まれ、なぜタイトルに選ばれたのでしょうか?
曲を作っているときや、夜明け前の一番暗いときに形作られ、夜明けとともに天の声が降りてくるように。
──“FLASHBACK”の歌詞が象徴的ですが、作品全体から「タイムリープもの」の印象を受け、だからこそ、“弁天様はスピリチュア”で「2014年に閉館した映画館」という具体的な時間と場所を楽曲に閉じ込めた意味があるように思いました。実際、やくしまるさんの中に「タイムリープものとしての『天声ジングル』」というアングルはありますか?
存在しています。前述したように“弁天様はスピリチュア”がタイムマシンを作るように作った曲だったり、“FLASHBACK”は最後の曲でありながらフラッシュバックしていて、ある意味では前も後ろもありません。ループして同じ場所に戻ってきたように見えても、そこはもはやNEW WORLDです。
──もしやくしまるさんがタイムリープできるとしたら、どこに行って何をしますか?
NEW WORLDの先へ。
──日本武道館での自主企画について、お好きな形で予告をお願いします。
武道館を八角形の穴にしたいと思っています。八角形は全方位へ連なる魔方陣です。メビウスの輪であり、方舟であり、どこへでも行ける魔方陣、相対性理論 presents 『八角形』の穴へぜひ落ちてみてください。