有安杏果 弾き語りツアー "A Little Harmony Live"
2023年12月22日(金)東京・SHIBUYA CLUB QUATTRO
有安杏果が、弾き語りツアー“A Little Harmony Live”ファイナル公演を、12月22日、東京・SHIBUYA CLUB QUATTROにて開催した。たったひとりでステージに立ち、5本のアコースティックギターとピアノを操りながら、この日は全20曲を歌い上げた。
ライブの中止・延期や声援の規制があるライブ現場を乗り越えた有安にとって、本ツアーは、ステージに立っているのはひとりであるものの、まさに「ファンと一緒に作り上げる」公演となり、彼女はその幸せを終始噛み締めているようだった。それは幕開けからだ。Shawn Mendes「There’s Nothing Holdin’ Me Back」の開場BGMが鳴る途中に自然と手拍子が大きくなり、曲が終わると、拍手に呼ばれるように三つ編みの有安杏果がステージへ登場。ギターを鳴らしながら「東京!一緒に楽しみしょう!」と叫んで「Drive Drive」へ突入し、サビではフロア中のタオルが回る。冒頭から「弾き語りライブ」とは思えない、まるでロックフェスのような盛り上がりだった。そして「Runaway」を歌い始めると、ステージ前方のぎりぎりまで飛び出し、ギターをかき鳴らしながら集まったお客さんと目を合わせていく。
「ようこそ、“A Little Harmony Live”ツアーへ!」「今年最後のライブなので、思い残すことのないように出し尽くしたいと思います。みんなの想いも私にぶつけてくれたら嬉しいです」と挨拶を交わしてから、Official髭男dismの藤原聡が書き下ろした「TRAVEL FANTASISTA」、風味堂の渡和久が書き下ろした「遠吠え」をピアノで演奏。2019年にソロ活動をスタートさせた有安にとって、2020〜2022年の3年間は思い通りに活動を進められず、悔しさも苦しさも溜め込んでいたはずだが、そのあいだも表では不満も努力も見せずに虎視眈々とやれることややるべきことに向き合ってきた。そのひとつとして有安は今年、渡と小谷美紗子にピアノを習う夢を実現させたという。会場には渡も客席にいて、有安の音楽に浸って恍惚とした表情を浮かばせながら身体を揺らし、演奏後には長い拍手を送っていたことを私は見逃さなかった。
独立、コロナ禍、弾き語り――その試練の中の「孤独」は計り知れない。秦 基博「アイ」、スキマスイッチ「藍」を挟んで伝えた言葉には、有安の本音が滲み出た。「弾き語りだと練習もリハもひとりだから、やっぱりすごく孤独で。みんなの表情を見たら今までの苦労が全部ふっとんだツアーで、やってよかったなと思いました。みんなからたくさんパワーをもらいました」。声を震わせながらそう語ったのだ。歌が手拍子を誘い、手拍子が歌を引き連れていたここまでの演奏は、やはり有安によるたったひとりの公演ではなく、有安とお客さんによるパーカッションのコラボライブのように見えた。
オーディエンスを特に驚かせたのは中盤。「色えんぴつ」を歌い終えた有安はギターを置いて、ステージ前方に立ち、慎重に呼吸を整えた。何が起きるのか予想できない中、大きく息を吸って、歌い出したのは「心の旋律」。そこから最後までアカペラで歌い切ったのだ。音程がブレない彼女の歌唱力に圧倒されながら、一つひとつの言葉に今の想いがズシンと乗って伝わってくる――《ぶれない願い それはただひとつ 歌いたい、歌いたい 握ったマイクもう離さない》。ソロ活動開始後にコロナ禍とぶつかってもマイクを握ることを諦めなかった有安の想いが伝わってくるようであり、もっといえば、28年間ストーリーを歌で浮かび上がらせるようでもあった。有安の目には涙が浮かんでいたが、ステージの光が反射し、その目はキラキラと輝いていた。
有安杏果はようやく長いトンネルを抜けたのだ。それがこの日一番感じ取ったことだった。このツアーで初披露された新曲「靴ひも」からはまさに、トンネルを抜けて青空の下で仲間たちも待っている道を走り出した彼女の姿が見えてきた。「靴ひも」を初めて聴きながらそんな風景を思い浮かべていると、次に歌われたのは《トンネルを抜けると 眩しい光が射し いつか見たままの景色がよみがえる》と始まる「ヒカリの声」。トンネルの出口へと導いてくれるのは、ずっと応援しながら待ってくれているファンであることを、有安は気持ちを込めて伝えているようだった。
最後に歌われたのは、有安自身がまだまだ「夢」を追いかけていくことを伝える2曲。強い気持ちで主張する「夢の途中」は、弾き語りで演奏すると、有安杏果なりのブルースとして響き渡った。そして続けたのは「指先の夢」。「夢の途中」で見せた強さの裏にある弱音も見せるように歌い、《将来の夢 今度会ったら聴いて欲しいな》とファンへ語りかけるようにしてステージをあとにした。
鳴り止まない「杏果」コールに呼ばれてステージに戻ってきた有安は、またとても幸せそうな表情を浮かべていた。アンコール1曲目には、ジャジーなピアノを弾きこなしながら歌い上げる「愛されたくて」を披露。来年は大林武司(Pf)、小川晋平(Ba)、アロン・ベンジャミニ(Dr)とともにビルボードにてジャズライブを行うことが決定しているが、この日の「愛されたくて」は、すでにその準備が着実になされていることが垣間見えるものだった。そして小谷美紗子が書き下ろした「裸」をピアノの音に乗って弾みながら歌い、小さい頃からの憧れであるBoA「メリクリ」をギター弾き語りでカバー。再び涙を浮かべて言葉を詰まらせながら「いつもどんなときも応援してくれるみんながいるから、こうやってライブができています。本当にありがとうございます」と語ってから、「小さな勇気」をアンプラグド(マイクも使わず、ギターもスピーカーを通さない状態)で演奏し、客席にいる人たちそれぞれの感情を知ろうとするかのごとく一人ひとりの瞳の奥までをしっかり見つめて、応援する気持ちを返すように届けた。ここで終わるかと思いきや、「2023年思い残すことがないように、もう1曲やってもいいですか?」と叫び、会場は大盛り上がり。「来年もみんなにいいことがありますように」と言葉を添えて、「サクラトーン」で「A Little Harmony Live」ツアーは幕を閉じた。
「サクラトーン」を初披露したソロ活動開始後初ライブ「有安杏果 サクライブ 2019 ~Another story~」から約5年。弾き語り、バンド、ジャズ――有安杏果としてこれら3つのスタイルを確立させる夢がようやく叶い始めた。コロナ禍では1ミリずつ歩幅を大きくして進みながらも、ときに引き返される想いになる瞬間があったことだろう。トンネルは抜けた。有安杏果はついに自由に走り出す。誰の足跡もない道へ。
SET LIST
01.Drive Drive
02.Runaway
03.TRAVEL FANTASISTA
04.遠吠え
05.アイ(秦 基博 カバー)
06.藍(スキマスイッチ カバー)
07.オレンジ
08.色えんぴつ
09.心の旋律(アカペラ)
10.靴ひも
11.ヒカリの声
12.feel a heartbeat
13.Catch up
14.夢の途中
15.指先の夢
ENCORE
01.愛されたくて
02.裸
03.メリクリ(BoA カバー)
04.小さな勇気(アンプラグド)
05.サクラトーン