はい。富山では、オーバードホール・中ホールの柿落としの一環として公演をさせていただきます。今回出演するダンサーは、ほとんどが海外の大きなバレエ団でプリンシパルやソリストとして活躍しています。みなさんダンサーとして実績を積んで、さらに芸術性を高めていきたいという意欲のある方ばかり。私の方もそのダンサーたちのエネルギーが最大限に伝わるようにプログラムを考えました。内容としては、一部では古典やその後に続くネオクラシックの作品を。2部では『アルルの女』『枯葉』などローラン・プティの5作品のほか、1940年代、プティ氏がパリオペラ座に所属していた頃のコーチでもあったセルジュ・リファールの作品や、日本を代表する振付家・中村恩恵さんの作品も上演します。2部では全員が新たな作品に挑戦するのですが、みなさんがそこに価値を置いてくれていることがとても頼もしく、私も良いリハーサルができるように色々と準備を重ねているところです。
昨年の公演は、ロシアのウクライナ侵攻を受けて危機にあるキエフ・バレエへの支援を呼びかけるものでした。ロシアの侵攻が始まり、ヨーロッパなどでは様々な劇場でチャリティー公演が行われていたようです。ところが日本では、プロフェッショナルなバレエのチャリティー公演は行われていませんでした。ウクライナやロシアは一般的には日本に馴染みのある国ではありませんでしたが、国際的なバレエの世界においてとても大きな役割を担ってきた国々です。日本人同様、ウクライナ人のダンサーも世界中で踊っていますし、ウクライナ国立バレエは毎年来日公演をしています。私はロシアのダンサーと一緒に踊ったり、バレエ団にゲスト出演をしてきましたが、メンバーの中にはウクライナ人もいました。日本人のバレエダンサーにとっては決して遠い存在ではないと思っています。「ウクライナ支援」となると私が主催するチャリティー公演としてはテーマが大きくなりすぎてしまうかもしれないけれど、キエフ・バレエの支援であれば筋が通っていると思いました。バレエの人たちがバレエの人たちを助けることで、「支援する」という形を打ち出せると思いましたし、そこからお客様に伝えられることがあると思いました。協賛金を集めて公演を行い、お客様から集まった義援金はおよそ860万円。それでウクライナ国立歌劇場に、舞台の床の条件を良くする為に敷くパレットと、その上に敷くシートを寄贈しました。ベルギーの会社に発注し、そこからキーウに運ぶ輸送費も入れるとちょうど860万円くらいになり、義援金をパレットに替えて寄贈できたというわけです。まだ侵攻が続いているウクライナの現状では、劇場にお金を寄付しても軍事費に回されてしまう、ということも聞きました。そのなかで新しいパレットが届いたことは、ウクライナ国立歌劇場のダンサーたちにとって、とても励みになることだったようです。大変喜んでいただけました。
幸運だったことは、私の個性のなかに、プティ作品に活かせるものがあったということです。2009年に引退するまでの間に10作品以上踊らせていただいていますが、その経験を通して、私はバレリーナとしての個性を確立できたと思っています。特に『若者と死』と出会ったことは大きなことでした。初めて踊った公演の後のパーティーで、プティ先生は「今まで見た死神の中で一番良かった」と言って下さったのですが、そのくらい個性とかみ合う役だったからこそ、表現を深めることができたのだと思います。プティ先生にみっちりとリハーサルをしていただきましたが、その稽古はそれまでとは全く違う体験のように感じました。新たなフェーズで「踊り」を理解するきっかけになったと思っています。
私自身もルイジさんにはほとんどの作品でコーチをしていただいてきました。初めて彼の踊りを見たのは私がまだ10代の頃。NHKで中継されたマルセイユ・バレエ団の「こうもり」(ヨハンシュトラウスのオペレッタをプティ氏がバレエ化)という作品でした。「バレエでここまで表現できるのか」というほど自由に、俳優のように踊る彼の姿にショックを受けたのを今でも覚えています。なぜなら、バレエでそこまでの表現ができるとは知らなかったからです。あまりにも自分のいる世界とかけ離れているような気がして、その時は「踊りたい」とすら思えませんでした。のちにプティ作品も、プティのダンサーたちも、私にとって特別な存在になっていくのですが、思い起こせば、ルイジの表現力が10代の私に与えた衝撃は大きく、常に「いくら稽古をしても足らない」という気持ちを持ち続けられたこととに繋がっていると思っています。
コロナ禍やロシアの侵攻を経験して、世の中が大きく変わってきています。その中でバレエが担う役割は何なのか?アートが担う役割は何なのか?ということをさらに打ち出していかなければならないことを実感しています。今の私は、「バレエ団」のような組織に関わっているわけではありませんので、できることは限られていますが、今回の公演も、なかなかバレエの公演を観る機会がない学生の方々をご招待するなどして、その要素を盛り込みたいと考えています。
オンラインでリハーサルを始めている人もいますが、みなさん実力があるので習得が早いですし、何しろ踊るモチベーションが高いのです。正に、「踊ることに人生を賭けている」人たちばかり。その勢いのある踊りをぜひ多くの方にご覧いただきたいです。私も芸術監督としてみなさんのコーチをしていきますが、私の挑戦としては、どれだけみなさんにインスピレーションを受けてもらえるか、というところにあると思っています。
昨年のチャリティー公演でも『薔薇の精』の衣装を作ってくださり、提供していただきました。敬太さんがダンサーに「着せたい!」とイメージした衣装はどれも夢があって素敵なのです。敬太さんには2021年の「INFINITY」でも衣装を担当していただきましたが、敬太さんの衣装やセットで作品が本当にスタイリッシュなものになりました。今年は4着作っていただきます。敬太さんの衣装にも注目をしていただきたいです。