ライヴだとアルバムとは また別のアプローチになっていく
──このアルバムは、綺麗な響きの言葉に満ちている作品でもありますね。歌詞とは異なる、詩だからというのもあるんだと思いますが。
三枝今のポップスの傾向として、高低アクセントなどはそこまで重視しなかったりとか、一聴した時に英語みたいに聞こえるような発音をしたりすることも多いと思うんですけど、このアルバムでは、そういうものを丁寧に取り去っているんです。でも、高低アクセントを厳密にやっていくと、1番と2番でメロディーを変えなきゃいけなかったりもするのが難しいんですけど。
小田歌われることを前提に書いていない詩に、曲をつける難しさもあるよね?
三枝うん。あと、曲をつける時はどこで区切るかとか、どこからをサビとするのかっていうのもセンスが問われるところだという気がしない?
小田そうだね。それによって自分が詩をどう解釈しているのかも表れるわけだから。
三枝どの言葉にフォーカスするのかも人によって異なるんだよね。
──このアルバムの制作は、音楽に対する新鮮な視点をいろいろ得る機会にもなったということみたいですね。
小田はい。曲毎に毎回発見がありました。それは歌っているほうとしてもすごく楽しかったです。そういえば数年前に三枝さんが、とある企画で“100曲くらい作るかも”っていうことがあって、私はデモで1分くらいの曲を20曲ほど歌ったんですよ。あのデモで開けていた引き出しのことを考えると、この人にはもっと引き出しがあるなと思っています。
三枝やり方はいろいろあるんだよね。例えば、考える時間があまりない作り方をすると、シンプルなものになっていくし。時間をかけないというのは、ひと筆書きの良さっていうことなんだと思う。
小田そういう点で言うと、このアルバムはどっち?
三枝「わたしが一番きれいだったとき」とかは結構時間がかかっているんだけど、「愛憐」とかは2日くらいしか、かかってないかな。このアルバムの曲は基本的にはあまり時間をかけずに書いたんです。詩がまずあったから、その流れをそのまま出したかったというのがありました。
──「わたしが一番きれいだったとき」に時間をかけた理由は?
三枝「わたしが一番きれいだったとき」は女性の詩でもあるので、ひとつひとつのものに対して注意しながら、“これでいいのかな?”っていうことをじっくり考えたんです。僕は男だから、“結構、感覚が違うんだな”っていうのを、メロディーをつけていく時に思っていました。
──小田さんが作曲した「北へ」も三角みづ紀さんの詩ですから、女性の感覚ですよね。この詩は《陣痛かもしれない》という表現が、とても印象に残ります。
小田陣痛を経験したことのある女性に“陣痛は《かもしれない》というようなものじゃない”って言われましたけど(笑)。
──(笑)。ものすごい痛みを伴う陣痛を《かもしれない》と言っているから面白いんですけどね。
小田はい(笑)。言葉って、こういうことが言えるから面白いですよね。切実な詩なのですが、それを音楽にする時に、そういう少しとぼけた感じが曲全体にもあるといいなと思っていました。
三枝ちょっと白昼夢っぽいよね?
小田うん。全体的にはちょっとサティっぽいというか、ちょっとシュールな世界があると思います。《あの港町までつれていってください》という切実なフレーズをエモーショナルな感じで歌いたい時もあれば、突き放した感じで歌いたい時もあるんですよね。その日の気分によって振れ幅が出る面白い曲でもあります。
──7月17日にめぐろパーシモンホールで行なわれる公演では、どのようなニュアンスで表現されるんでしょうね?
小田おそらく、その前日にあったことに左右されると思います(笑)。
──(笑)。このデュオのライヴならではの面白さに関しては、どのようなことを感じていますか?
三枝そんなに頻繁にやっている状態ではないからこそ、“びっくりしながらやる”みたいなところがお互いにあるんですよね。あと、本人を前にしてこういうことを言うのもあれなんですけど、小田さんは前にどうやっていたのかをどんどん忘れていくところがあるんですよ。
小田そうですね(笑)。
三枝だから、ライヴだとアルバムとはまた別のアプローチになっていくんだと思います。ピアノも特に決まった譜面があったりするわけではないので、その時の自分の状態によって変わっていくでしょうね。
──アルバムのレコーディングにも参加したチェロの関口将史さんも出演されるんですね。
小田はい。せっきー(関口の愛称)も、毎回やることが違うタイプなんですけど。
三枝でも、せっきーはいろんなところに目配りをしてくれるんですよ。
小田私たちのMCが滞っていると、出てきてくれるところもありますし。彼は5人兄弟の3番目なので、いろんな方向に気を使えるのかもしれないです(笑)。7月のライヴは、新曲はあるんですかね?
三枝新曲を書くつもりではいます。
小田7月のライヴはホールですけど、ホールというものに対して敷居の高さを感じている人にも気軽に来ていただけたらなと思っています。ひとつ言いたいのは、“寝ても大丈夫”ということです(笑)。
三枝うん(笑)。眠りながら音楽を聴くのって、豊かな時間ですからね。