Coccoを聴いていると、Coccoを大好きだった友達のA子の事をいつも思い出す。
A子は僕がむかし働いていた店によく来ていたコだった。思い出してみると、もう18年くらい前の事だ。そうか、あれからもう18年も経つのか。
僕が音楽好きだというのを誰かから聞き、音楽の話がしたいとA子の方から近づいてきたのだった。A子はまだ二十歳で、きれいなコで背が高く、少しやせ過ぎなくらい細かった。とても明るくてよく喋る楽しいコだった。
音楽の話がしたいと近づいてきて友達になったA子だったが、僕が自分の好きな音楽の話をしてもそれほど興味を示さず、A子はいつも途中から自分が大好きだというCoccoの話ばかりを自分勝手に僕にしてきた。僕も好きなので、それを飽きもせずいつまでも聞いてあげていた。A子はそれがうれしかったのか、店に来るといつも僕のところに来ておしゃべりをするようになった。
A子は店に来る時はいつも男連れで、連れてくる男も毎回変わっていた。そして、いつもその連れてきた男をほったらかしにして、また僕のところに来ては、いつものようにCoccoのあの曲が好きだとか、ここの歌詞が最高なんだよねとか、僕にいつまでも楽しそうに話し続けた。
A子は店に来ていつも飲み物だけを頼んでいた。食べ物を注文したり、何かをつまんでるとこも一度も見た事がなかったので聞いてみると「自分は拒食症で、何を食べてもすぐ吐いてしまうからだ」とA子は言った。
A子はいつも手もすっぽり隠れるような長袖の服ばかり着ていたが、一度飲み物をこぼして長袖をめくりあげた時にA子のその細い腕と手を初めて見て驚いた。自分で切ったであろうと思われる傷が沢山あった。
もう何度も会っていた、きれいで明るくて男にモテるいつも楽しそうなA子の事を、僕はまだ何も知らないんだと思った。
ある朝、起きてから夜中に留守電が入っていた事に気付き、着信を見るとA子からだった。留守電を再生するとA子がいつも一番好きだと言っていたCoccoの「樹海の糸」が延々と録音されていた。流れる曲のうしろでA子と思われる泣声も聞こえた。
永遠を願うなら 一度だけ抱きしめて その手から 離せばいい
わたしさえ いなければ その夢を守れるわ
僕は心配になり、すぐにA子に電話したがつながらなかった。
その後、何度電話をしてもA子が出る事はなかった。それ以来、A子はパッタリと店に来なくなった。共通の知り合いもほとんどいなかったので、誰に聞いてもA子の消息は分からなかった。それ以来、僕がA子と会える事はなかった。
Coccoがデビューした20年前。第一期の女性シンガー“ディーバ”ブームが起き、今も活躍する何人かの歌姫達もこの時期に多数デビューしたが、その中でCoccoは明らかにひとり異彩を放っていた。
Coccoの楽曲の歌詞はそのデビュー当時から強烈で、ヘビーでシュールなフレーズが多かった。だがCoccoは稀代のシンガーソングライターでメロディメイカーで、そんなヘビーな歌詞を自らの強力なバンドメンバー達と共に、今までになかったような斬新なバンドサウンドと美しいメロディにより優れたポップソングとして完成させ、世に送り出し、次々と大ヒットさせた。
でもCoccoのその張り詰めた歌声と、散りばめられた強烈な歌詞からか、Coccoの歌にはいつもどこか死の匂いのようなものが漂っていた。
そんな中でも、Coccoの人気はますます拡大し続け、素晴らしくも心がヒリヒリするような名曲がどんどん生み出され、ヒットしていったが、ある日、Coccoは突然の音楽活動休止を宣言し、パタリとシーンからいなくなってしまった。
それから数年後。Coccoが音楽活動を少しずつ再開してる事を知った。そして、復活曲となった「音速パンチ」を聴いた時は本当に興奮した。そこには数年の休止期間を経て、以前よりも研ぎ澄まされソリッドになった、ロックで新しいCoccoがいた。
きっとCoccoにも色々な事があったのだろう。しかしその上で、Coccoはより強くなってシーンに帰ってきたんだと、僕は感動した。
その翌年に発表された曲「ジュゴンの見える丘」でCoccoはこう歌った。
悲しみは いらない やさしい歌だけでいい
あなたに降り注ぐ全てが 正しいやさしさになれ
復活して、やさしさや希望や、そして当時はあまり触れる事のなかった地元の沖縄の歌も自然に歌うようになったCoccoの曲を聴きながら、僕はA子の事を思い出していた。
A子もこの曲をどこかで聴いているだろうか、と想像してみた。今どこで何をやってるかもわからないが、どこかで今もCoccoを聴き続けているなら、復活してより強くなり、そしてやさしさや愛を自然に歌うようになった、新たなCoccoへのA子の自分勝手な感想をまた僕に延々と聞かせてほしいと思った。
まもなく、Coccoのデビュー20周年を記念した武道館2デイズスペシャルライブが開催されるが、先日、驚くべき事が起こった。
なんとSNSを通じてA子から突然、僕のとこに連絡が来たのだ。
驚きながら話を聞くと、A子はもうずいぶんと前に結婚して、幸せな家庭を築き、今も聴き続けているCoccoのこの武道館ライブに、同じくCoccoファンで、もうすでに大きくなった自分の娘を連れて観に来るのだという。そして、こんな記念すべきライブなので僕もきっと行くのだろうと思い「武道館で再会できるかも」と思って僕の名前をSNSで探し当て連絡してきたというのだ。
電話で相変わらず自分勝手に楽しそうに話し続けるA子に僕は大笑いしながらも、胸がいっぱいになってしまった。よかった。本当によかった。
今どこで何をしてるだろうとずっと思っていたA子は、Coccoと同じように、より強くなって、そしてやさしい人生を送っていた。
この武道館2デイズライブで、18年前にA子が語りまくったあの名曲たちもきっと聴けるだろう。A子は電話で「昔の曲はいとおしいけど、今のCoccoが一番好き」と言っていた。
そして僕も、A子と、そしてA子が一番好きだという今のCoccoと、この武道館でまた再会できるのだ。
【Cocco】樹海の糸
【Cocco】ジュゴンの見える丘
【Cocco】音速パンチ
横山シンスケ
渋谷「東京カルチャーカルチャー」店長・プロデューサー。その前10年間くらい新宿ロフトプラスワン店長・プロデューサー。司会やライターもやる。Coccoの好きな曲は僕も「樹海の糸」と、最近のCoccoです。東京カルチャーカルチャー:http://tcc.nifty.com/
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