安藤裕⼦「JOURNEY TO 2028“Happy Go Lucky”カバーばっかりの国」
2025年12月24日(水)25日(木)恵⽐寿ザ・ガーデンホール
※取材は25日に実施
【MEMBER】
Ba&Ag&more...:Shigekuni / Key:皆川真⼈ / Dr:伊吹⽂裕 / Gt:設楽博⾂
「3年後のデビュー25周年に向けて、改めて、ライブを見つめ直すホームを持ちたい」という安藤の思いで実現した企画「Journey to 2028 “Happy Go Lucky”」。2025年から2028年までの3年間に亘り、毎年7月はオリジナル楽曲、12月はカバー楽曲という、異なるテーマを掲げたライブを恵比寿ザ・ガーデンホールで開催する予定となっており、2025年7月12日(土)、13日(日)にはファンから募集したリクエストを元に自身のオリジナル楽曲のみで構成したライブが行われ、大成功に収めた。
2003年7月にミニアルバム「サリー」でデビューした安藤裕子は、2004年6月にリリースされた1stシングル「水色の調べ」に収録された矢野顕子「春咲小紅」のカバーを皮切りに、2011年までの7年間に渡って、主にシングルのカップリングとして「大人のまじめなカバーシリーズ」を不定期で収録。2011年3月には集大成となるカバーアルバム『大人のまじめなカバーシリーズ』をリリースした。カバーアルバムとしては珍しく、現在までに2度もアナログ化されるほど、“珠玉の名盤”と称されているが、カバー曲だけのワンマンライブは初めてのこと。デビュー25周年に向けたライブ企画の第2弾「カバーばっかりの国」では果たしてどんな選曲がなされるのか。年代もジャンルも横断した、よく言えばバラエティーに富んだ、悪く言えば少し散漫なセトリになるのではないかと想像していたのだが、最初に結論を言うと、安藤裕子という一人の人間の歴史を音楽で巡るクロニクルのようなライブとなっていた。
今にして思えば、『大人のまじめなカバーシリーズ』のジャケットは彼女の幼少期の写真で、スリーヴには母親や姉との家族写真も収められていた。この日の開演前のBGMがチューリップ「青春の影」だったことも含め、彼女にとって、カバー曲を歌うということは、どこか自身の個人的な歴史を振り返る行為とも繋がっているのだろう。
皆川真人のピアノの伴奏のみで歌い始めたオープニングナンバー「A HAPPY NEW YEAR」(1981年/1987年の映画『私をスキーに連れてって』に使用された)はユーミンのカバー。自分で音楽を作り始めた大学4年生の頃に出会ったという、音楽プロデューサーの藤井丈司に「ゆうこは荒井由実になったらいいよ」と言われたというエピソードは当サイトのコラムを参照してほしい。安藤裕子が紡ぐ言葉とメロディ、コード進行のルーツにユーミンがいるのは間違いない。そして、2曲目は歌声も弾む、ご機嫌なブギーファンクにアレンジされた早瀬優香子「セシルはセシル」(1986年)。原曲は秋元康プロデュースだが、早瀬の映像全般を手がけていたのは、のちにドラマ「池袋ウエストゲートパーク」(2000年)で女優として出会い、アーティストデビュー前の2002年に映画『2LDK』にエンディング曲「隣人に光が差す時」のデモバージョンを起用した堤幸彦監督だ。シンガーソングライターとしてデビューする直前の安藤裕子を回想させる楽曲をもって、「カバーばっかりの国」と名付けられたクロニクルは幕を開けた。
最初のMCでは、1日目のライブを振り返って「カバー曲だけを歌うのは人生で初めてなんですよ。内臓が口から出そうなくらい緊張してて。でも、やってみて気づいたのは、カバーする企画は“私語り”というか、私の人生をみんなに紹介するみたいな企画だったんだなってわかった気がします」と解説してくれた。そして、スロウなラテンビートにShigekuni(Ba)と伊吹文裕(Dr)を加えた3声のコーラスが印象的だったイモ欽トリオ「ハイスクールララバイ」(1981年)へ。原曲は作詞・松本隆×作曲・細野晴臣によるテクノポップだが、安藤が小1の時に好きだったのが、松本が作詞を手がけていたC-C-Bであり、作詞作曲を始めた大学生の頃に買ったCDが、細野がイラストを描いたはっぴいえんど『風街ろまん』だった。余談だが、自身の楽曲「水色の調べ」をアレンジャーに依頼する際に、「岡村靖幸さんの『だいすき』を細野晴臣さんが『ハイスクールララバイ』を作った時の心境でアレンジしてください」と無茶なオーダーをしていたことを思い出した。
「エイリアンズ」(キリンジ/2000年)ではShigekuniが声を重ね、<イヴ金太郎>というレキシネームを授かっている伊吹がレキシの代わりにデュエット相手となった「林檎殺人事件」(郷ひろみ、樹木希林/1978年)という流れは、MV撮影に樹木希林さんが参加してくれたという思い出に加えて、キリンジから希林さんというダジャレの意味もあったかもしれない。
そして、「私の敬愛する松本隆さんワークをやります。私が音楽を始めたときに、日本語の不自然な響きを打破するために研究して出会ったのが、はっぴいえんどというバンドで。そのアルバムの1曲目を歌います」と語り、設楽博臣(Gt)がボトルネックで演奏したブルージーでアーシーな「抱きしめたい」(1971年/前述のはっぴいえんど『風街ろまん』収録)から、ピアノを基調にしたアコースティックなアレンジで情景描写に優れた歌詞世界を浮かび上がらせた「Woman〜Wの悲劇より〜」(1981年/薬師丸ひろ子。松本隆×呉田軽穂)へ。その後のMCで「このライブは、ラジオでユーミンばっかりの国をやりたいなと言ったのが発端です。このライブには彼処に松任谷由美ワークスが散りばめられています」と語っていたようにユーミン、松本隆、細野晴臣の三人は安藤裕子を語る上で外せないアーティストだ。

















