宮本浩次「ロマンスの夜」
2023年11月28日(火)東京国際フォーラム ホールA
星々の光が街に降り注ぐような映像が映し出されて、コンサートが始まった。『ロマンスの夜』という名のファンタジーへの入り口の曲は「ジョニィへの伝言」だ。ピアノが一音鳴り、アカペラで宮本が歌い出す。ステージ上だけでなく、会場内の観客全員の集中力を高めるような始まり方だ。宮本が歌い出した瞬間に、優美かつ繊細な歌声に引き込まれた。そしてそのボーカルを支えるような、ニュアンス豊かなバンドの演奏が始まると、歌の物語がゆったりと動き出していく。バンドのメンバーは小林武史(Keyboards)、名越由貴夫(Guitar)、須藤優(Bass)、玉田豊夢(Drums)。それぞれのポジションが宮本を囲むように近くに設定されている。宮本の歌声には、せつなさだけでなく、開放感も漂っている。『ロマンスの夜』の始まりにふさわしく、旅立つ主人公の清々しさまでもが伝わってくるようだった。
弦の調べを交えながらも、列車の走行音を連想させるSEと、めまぐるしく移り変わる車窓からの景色にも似た映像に続き、<春色の汽車に乗って>という冒頭のフレーズが印象的な「赤いスイートピー」へ。音楽の旅はすでに始まっていた。ステージが赤いライトで染まると、風に揺れるスイートピーが見えてくるかのようだ。さらに「まちぶせ」へ。宮本がなんの違和感もなく、可憐な乙女心や一途な恋心をみずみずしい歌声で表現していく。シルキーボイスという言葉があるが、宮本の歌声はシルクのような艶やかさとなめらかさと肌理の細かさを備えている。と同時に、シルクよりも柔らかで温かで深みがあって、ビロードのようにふかふか。歌声が楽器のようなものであるとするならば、日々鍛錬しているからこそ、この麗しき声色を奏でることができるのだろう。膝をつき、両手を広げてのフィニッシュ。観客に心を込めて歌を捧げている、その姿勢や心意気までもがうかがえる仕草だ。
続いては高橋一生への提供曲であり、自身のソロアルバム収録曲でもある「きみに会いたい -Dance with you-」。小林のピアノに続いて、宮本のフェイクで始まると、会場内に高揚感が漂っていく。「有楽町ベイベー! 会いたかったぜ~!」と宮本が叫んでいる。宮本のエネルギッシュな歌声が、<きみに会いたい><きみを抱きたい>という恋愛の衝動を、ロックの衝動へと変換していく。宮本が歌いながら飛び跳ね、踊っている。ダンスとは精神と肉体の解放だ。バンドのダイナミックな演奏によって、宮本が自在なパフォーマンスを展開していく。観客もハンドクラップして参加している。前回の『ロマンスの夜』との大きな違いは、自作曲の割合が増えていることだろう。名曲のカバーでは、楽曲の作り手と歌い手に対して敬意を抱き、丁寧に歌う姿が印象的だったが、自作曲での宮本は思う存分弾けていた。ドラマティックな歌とダイナミックな演奏に、熱烈な拍手。
季節が春から夏へ、そして秋へと移り変わるように、1曲ごとに歌の色合いも変わっていく。「白いパラソル」「September」「愛の戯れ」など、主人公の心象風景とともに、季節や空気の質感も感じとれるようだった。今回の『ロマンスの夜』で初披露となったカバー曲の一つは「ロンリー・ウルフ」だ。前回の公演では男心を歌った歌は1曲だけだった。数曲入ってきていることも、今回の『ロマンスの夜』の特徴だろう。沢田研二の歌声の持っていた艶やかな色気と哀愁を、宮本が自分のものとしている。主人公の孤独を共有していくような深い歌声だ。乙女から狼まで。この振り幅の広さは、歌い手としての宮本の表現力の豊かさを表している。
「とても難しい歌ですが、素敵な歌で、どんどん好きになりました」とのMCに続いては、宇多田ヒカルの「First Love」。宮本が椅子に座って、ギターをつまびきながら歌い始める。ファルセット混じりの歌声に聴き惚れた。この歌の本質を深く掘り下げるような精神性の高さを感じさせるボーカルなのだ。人間にとっての“最初の愛”とはなんなのか。祈りのような、願いのような、聖なるラブソング。“自分の中で生き続ける存在”への愛の歌。歌い手であると同時に、歌の作り手である宮本だからこそ、到達しえた歌の世界が出現していた。深い余韻の残る一部のエンディングだった。
二部の始まりの曲は、セルフカバーとも言えるエレファントカシマシの1stアルバム収録曲「やさしさ」だった。エレファントカシマシの「やさしさ」が“バンドの奏でるブルース”であるとするならば、宮本ソロによる「やさしさ」は、“歌としてのブルース”というニュアンスが前面に出ていると感じた。淡谷のり子がかつて“ブルースの女王”と呼ばれたように、昭和の歌謡曲はその根底からブルースフィーリングのにじむ曲が少なくない。ブルースは日常の中に存在している鬱屈や苦悩ややるせなさを描きながらも、胸の中に一筋の光を灯そうとする音楽である。この日の「やさしさ」にも、そうした輝きが宿っていると感じた。
二部の構成も実にスリリングだった。宮本とバンドとが一体となり、歌謡曲の名曲にロックテイストを加えて、緩急自在の歌と演奏を展開していたからだ。シャウトとフェイク混じりの「飾りじゃないのよ 涙は」、プログレにしてブルースロックと形容したくなった「異邦人」、グルーヴ感あふれるバンドサウンドで恋の衝動を解き放っていく「ロマンス」、情熱と虚無感とが拮抗する「DESIRE ―情熱―」など。宮本の歌から“凄み”や“爽快感”を感じたのは、1曲1曲の歌の世界に深く没入しているから、そしてそれぞれ大胆に振り切って表現しているからだろう。ダンスしながらの「異邦人」、下手へ上手へと走り、投げキッスしながらの「ロマンス」など、パフォーマンスも縦横無尽だ。
「化粧」では宮本の歌う技術、集中力、歌に込める感情のバランスが絶妙だった。<流れるな 涙>と泣くことを必死でこらえる主人公の健気さに胸を打たれながら、宮本が歌っていることも伝わってくる。「化粧」での宮本は、まるで歌う巫女のようでもあった。愛する人間から愛されないことの深い悲しみに寄り添い、慰撫し、浄化するような歌声だったからだ。「化粧」でのラストの宮本のフェイクと小林のキーボードが、シームレスで「翳りゆく部屋」に繋がっていくアレンジも見事だった。キーボードの音色にレスリースピーカー風のテイストが加わり、ゴスペル色が色濃くなっていく。宮本の歌声は、ここでも深い悲しみを浄化するように響く。「翳りゆく部屋」はエレファントカシマシの2008年リリースの18枚目のアルバム『STARTING OVER』に収録されている曲で、宮本にとって、カバーを歌うという“新たな表現”への第一歩を刻んだ曲でもあるだろう。この曲からは、歌い手としての宮本の探究心も感じ取れる。窓から光が差し込むような照明による演出も見事だった。
「オレたちからもう1曲、みんなに捧げます!」という宮本のMCに続いて演奏された二部の最後の曲は、エレファントカシマシの「悲しみの果て」だった。カバー曲で歌としての表現を追求しているのに対して、「悲しみの果て」では観客に向けての思いが詰まった歌として、ダイレクトに響いてきた。「素敵な毎日がやってきますように」「まだまだやってやろうぜ!」という宮本の言葉が、歌とともに真っ直ぐ届いてきた。
三部の始まりは「あなた」から。宮本のピュアな歌声とその歌声を包み込むようなバンドのヒューマンな演奏が素晴らしい。「いい顔してるぜ! かわいいぜ! コンサートって最高だな。みんなに捧げます」という言葉に続いては、小林武史がプロデュースしたエレファントカシマシの2002年リリースの12枚目のアルバム『LIFE』収録曲「あなたのやさしさをオレは何に例えよう」。ちなみにこのアルバムは、宮本と小林の出会いの作品だ。この曲の演奏中にメンバー紹介をしたのは、必然の流れかもしれない。ちなみにその内容を抜粋すると、「ギター名人・名越由貴夫」「ハートで叩くドラム・日本代表・玉田豊夢」「男気あふれるベース・須藤優」「数少ない理解者・コンサートの司令塔・小林武史」など。宮本の歌と絶妙に連動するバンドのアンサンブルとグルーヴは屈指だ。
『ロマンスの夜』が『ロマンスの聖夜』となったのは「恋人がサンタクロース」だった。観客がハンドクラップで参加して、会場内に祝福感が漂っていた。まるでサンタクロースがプレゼントの袋を担ぐように、宮本がジャケットを肩にかけているのがおかしかった。歌声だけじゃなく、仕草までもが表情豊かで、サービス精神旺盛だ。コンサートの終盤近くになって、『ロマンスの夜』開催直前にリリースされた新たなカバー「Woman “Wの悲劇”より」が演奏された。開演時の映像とシンクロするような、星の光の映像が流れている。神秘的なサウンドに乗って、宮本の歌が始まっていく。儚さとせつなさとともに、深遠と言いたくなる、底知れない響きがある。時空を超えて響くような歌だ。スケールの大きなバンドサウンドも圧巻だった。
列車の走行音をきっかけとして、歌謡曲史上の屈指の名曲「木綿のハンカチーフ」へ。互いを思い合っていた男女が、遠距離と時間の流れの中で、別れを迎えてしまう歌だ。宮本の歌声は親密かつ温かく響く。彼の歌声をビロードボイスと形容したが、木綿の肌触りの素朴さや身も心も温かくするヒートテック機能も備えているようだ。女性の健気さや素直さだけでなく、男性の愚かさや悔いにも等しく寄り添って歌っている。悲しい歌ではあるのだが、温かさが漂っているのは、宮本の人間性によるところも大きいのではないだろうか。
三部のフィナーレに演奏されたのは、宮本のソロとしての初シングル曲「冬の花」だ。オリジナル曲ではあるが、一連の歌謡曲カバーの起点となった曲でもあるだろう。“花の儚さ”と冬に咲く“花の強靱さ”とが混ざり合った、歌謡曲の要素とロックの要素とが融合した曲でもあるからだ。花びらが舞うような照明の演出に続いて、赤い紙吹雪が舞う中での歌。曲が展開するほどに、歌からもバンドの演奏からも、生命力のきらめきと表現したくなるような、エネルギーがほとばしっていく。全員がステージから去ったあとに、拍手の中、メンバーが再登場して、宮本が挨拶した。「尊敬する素晴らしい仲間と五人衆でお届けしてきました。お互い、幸せだね、コンサート」という言葉に続いて、最後の曲は沢田研二の「サムライ」だった。この曲の持っているハードボイルドなタッチと宮本の歌声とが見事にマッチしていた。<俺は行かなくちゃ いけないんだよ>という歌詞など、宮本が書いてもおかしくない。宮本には旅立ちの歌が似合っている。
一部から三部まで合わせて24曲。ジョニィへの伝言を託して旅立つ「ジョニィへの伝言」で始まり、ジェニーに<あばよ><ありがとう>と語って旅立つ「サムライ」で終わる構成は、入り口と出口がきれいな円を描いて繋がる構成でもありそうだ。『ロマンスの夜』とは、ラブソングの数々によって繰り広げられた一夜のファンタジーでもあったのではないだろうか。宮本浩次という歌い手が希有の存在であるのは、時空も性別も年齢も超えて、人間の根源的な感情や衝動を描けるところにあると思うのだ。“歌”の可能性を追求したステージといえるかもしれない。
と同時に、この日のコンサートを観て感じたのは、“人が人を愛すること”の尊さやかけがえのなさ、そして音楽の素晴らしさだ。愛がもたらすものは喜びだけではない。悲しみや苦しみ、痛み、孤独感、喪失感、無常観などをもたらすこともあるだろう。宮本の歌がそれらの感情を受け止め、寄り添い、浄化していると感じる瞬間がたくさんあった。宮本がMCで「ミュージシャンってかっこいいだろう?」と客席に語りかけていたが、全面的に同意する。ミュージシャンとは、“懸命に生きている人の糧となる音楽”を奏でる人たちのことだからだ。『ロマンスの夜』は宮本とバンドによる“人間賛歌”でもあった。
SET LIST
一部
01.ジョニィへの伝言
02.赤いスイートピー
03.まちぶせ
04.きみに会いたい -Dance with you-
05.白いパラソル
06.September
07.愛の戯れ
08.ロンリー・ウルフ
09.First Love
二部
10.やさしさ
11. 飾りじゃないのよ 涙は
12.異邦人
13.ロマンス
14. DESIRE ―情熱―
15.化粧
16.翳りゆく部屋
17.悲しみの果て
三部
18.あなた
19.あなたのやさしさをオレは何に例えよう
20.恋人がサンタクロース
21.Woman”Wの悲劇”より
22.木綿のハンカチーフ
23.冬の花
24.サムライ