田島貴男「弾き語りツアー 2021」
2021年4月4日(日)東京国際フォーラム ホールC
ステージに現れると、田島貴男は軽く手を挙げて、客席にあいさつをした。にこやかな表情を浮かべ、ステージ中央のイスに腰掛ける。それが、かけがえのない夜の始まりだった。
そしてアコースティックギターを弾きながら唄いはじめたのは「I WISH」。オリジナル・ラブ、1993年のアルバム『EYES』収録の曲である。
まず感じたのは、声の出がいいということだった。ソウルフルと称されることの多い彼の歌声は、もちろんセクシーで、エモーショナルで、その実力に疑問符など付くわけがない。ただ、去年以降、ライブという生演奏の場を奪われっぱなしの音楽シーンでは、コンディション作りやステージ上の勘を取り戻すのに苦心しているミュージシャンも散見される。しかしこの夜の田島は1曲目から本当によく通る声を響かせていたし、アコギのプレイもじつに集中力が高かった。
この弾き語りツアーは、初日の大阪に続いて、今夜が2公演目。それに加え、このところの田島は自身のパフォーマンスを配信という形でファンに届けたり、また、弾き語りアルバムの『骨tone BLUES』をスタジオでのライブレコーディングという形で制作したりと、生演奏の感覚を継続させてきたところはあるのだろう。ホールに響きわたる歌声の強さ、深さ、その鳴りの優しさ、ふくよかさ。不安を感じさせるものは何もない。
「ありがとうございます! お元気ですか。おひさしぶりでございます。よろしくお願いします、今日は!」
声は出せずとも、歌をじっくり堪能しようとする客席には、いい空気が漂っている。
「だいぶあったかくなってきたんで、ちょっと夏っぽい曲を。行かせていただきます」
そう言って唄われたのは1992年のシングル「ヴィーナス」で、そのメロディーがつい懐かしさを誘発する。田島はギターのほかに、右足でキック(バスドラの音)を、左足ではタンバリンを鳴らす。たったひとりの歌と音で、ホール中との幸せな対峙がくり広げられているのだ。
「次の曲ね、えー……エレキを持ったところまではいいんだが、何だったっけ?というね(笑)。こういう感じで、めっちゃゆるくいきますんで、今回、ひとつよろしくお願いします」
ここで田島は、今夜のライブでは、あらかじめ決めていた演奏曲は序盤の3曲だけで、あとはその場の雰囲気で決めていることを明かした。
「こうやって曲をステージの上で決めるライブ、いつかやってみたかったんですね。昔のフォークの歌手の方とか、今でも井上陽水さんとか、やってますよね。最初だけ決まってる、みたいな。(中略)だから今回、スタッフが(曲ごとの演出や準備に対応するために)めちゃビビってる、みたいな状態なんですけどね。その中でやっていくのが<しめしめ>という感じがするんです」
そう言ってまた笑う田島だが、ひとたび唄いはじめると、オーディエンスはまた歌の深みに包まれる。このくり返しが、じつに心地のいい場を実現させているのだ。
前半の最後は、今年、配信という形で続けている「ディスコグラフィー・コンサート」でも取り上げられた「黒猫」(1996年作『Desire』収録)。エキゾチックなムードが印象深い曲で、その漆黒の描写をアコギ1本によって唄いあげて表現する迫力に、強く引き込まれた。
「換気タイム」の10分間をはさんでの後半は、エレキを弾く「Your Song」(1995年作『RAINBOW RACE』収録)から。続いて田島は、先ほどの「ディスコグラフィー・コンサート」と、そこで演奏した2000年リリースのアルバム『ビッグクランチ』について触れた。
「よくわかんない、得体のしれないアルバムなんですけど。自分の中でのSF映画を自分で作って書いてるような、そんな感じの曲がありまして……」
彼はそう言って「地球独楽」をプレイする。『ビッグクランチ』の中でも壮大なスケールを見せていた曲で、僕自身、リリース時のライブで聴いて、圧倒された記憶がある。とくに後半にかけてのサウンドがどんどんすさまじい展開を見せる歌なのだが、今夜の田島はその部分もアコースティックギターによって見事に表現していった。このあたりは、こうしたひとりでの演奏を何年間も継続し、磨いてきたスキルとクリエイティビティの賜物だろう。
そして田島は、次の曲の前にはこんなMCをした。
「当時は<この歌詞、(世の中の雰囲気に)フィットしてるかな?してないのかな?>って感じだったんだけど。このコロナの状況になって<あ、これ、今フィットしちゃってんな>みたいな、そういう曲をちょっとやろうかなと思ったんだよね。聴いてください。これはシングルのB面だったような気がしたんだけど」
ここで唄われたのは「ティアドロップ」(1993年のシングル「サンシャイン ロマンス」のc/w)だった。この歌の<Baby世界の悲しみに/打たれそうな夜は/君に口づけて祈りを捧げよう>というフレーズなどは、たしかに現在の世界の空気に符合している。
さて、ここまでの流れでおわかりと思うが、今夜のライブのメニューは、その場で決められているとはいうものの、田島というか、オリジナル・ラブの足跡を少しずつ振り返りながら進んでいっている。今年でデビュー30年を迎えたオリジナル・ラブだが、彼は今回、その長い時間を、とても軽やかに翻りながら唄っているのだ。そしてまた、MC。
「これはずっとひとりごとのように、こうやって、やりますが……ね。ひとりごとなんで、適当に曲始めますからね。すいません(笑)」
またまた静かな笑いに包まれる場内。話されるのは本当に、飾らない言葉ばかりだった。ぶっちゃけてるとも思うが、ただ、そのウソのなさがどこかうれしくもあった。それは日々、聞こえてくるニュースや現実がウソにまみれていて、その虚無はいつも悲しみを呼んでくると僕が感じているからだろう。
だから田島が、ジョークも交えているとはいえ、「ひとりごと」と断って演奏しているさまには、すがすがしさすら感じた。その感じは、彼の部屋に……日頃、制作を行っているアトリエかどこかに招かれて歌を聴いているような気がして、だから舞台と客席との精神的な距離が、すごく近い。そのカッコつけてない言葉とたたずまいが、最高にカッコいいのだ。
やがてライブは名曲「接吻」(1993年発表)に到達した。ギタープレイにジャジーな要素を含む、味わい深い演奏である。
こんなふうに、田島の人となりに触れながら、その濃密な歌声に浸っていて、強く感じたことがある。
オリジナル・ラブのそれぞれの曲には、その時々の田島が没入していた音楽の要素が垣間見える。そして、その中に浮かび上がってくるイメージの多くは、どうしようもなくロマンチックで、どうしようもなくセンチメンタルで、とてつもなくエモーショナルな人間の姿である。それは冒頭で書いたような、彼のソウルフルな歌のイメージそのままだ。まっすぐで、感情にあふれていて、正直そのもの。愛を求め、時にくじけ、転び、また時には涙する。その熱さ、ひたむきさこそが、オリジナル・ラブのソウルの源流だと思う。
もっともキャリアの途中からは、そうしたものからはみ出すような世界も唄われるようになった。先ほどの「地球独楽」はその最たるものだろうし、田島はそうして音楽で表現する世界を広げてきた。しかしさまざまな世界や場所に行ったとしても、帰ってくるのは、やはり彼という人間をそのまま反映したような歌であり、音楽なのだと思う。
「ありがとうございます。えー、30周年がさんざんな世情と言いましょうか、状況になってますが。でも構わず、ニヤニヤしながら30周年、これからやっていきたいと思いますのでね。お付き合いいただきたいと思います。よろしくお願いします」
田島は、それこそ現実のしんどさを吹き飛ばしてくれそうな言葉で前置きしたあとに、本編ラストは「フィエスタ」(1994年作『風の歌を聴け』収録)で締めた。もちろん、現実のしんどさを吹き飛ばしてくれるような、ホットなパフォーマンスで。
この後のアンコールを含み、きっかり2時間。ヒットシングルに名曲、ひさしぶりの曲、レア曲。その中に観客それぞれの思い出の歌、思い入れのあるナンバーがあったことだろう。手拍子でしかリアクションできない客席だったが、それでも集まったオーディエンスは心ゆくまでこの夜を楽しんだことと思う。
そして、思った。田島自身がどれだけ意識しているのかはわからないが……生の音楽に簡単に触れられない状況が続いている今、こうしてオープンな空気の中で歌に浸れることはなんて幸せなんだろう、と。
音楽を生で聴き、感じ、何かを思い、思い出をたどり、はたまた自分の中の何かを刺激してくれる、そんな弾き語りの空間だった。ステージの田島は、コロナ以降のことについて、サラッと話す一瞬はあっても、そこからシリアスなトーンには引き込まなかった。いつも笑顔で、自然体で、明るく。そして歌で、声で、音楽の力で、こちらを高揚させたり、せつなくもさせてくれたりしたのだ。
彼は最後も手を挙げ、にこやかに去っていった。それは本当に、かけがえのない2時間だった。
なお、文中で触れたとおり、オリジナル・ラブはメジャーデビュー30周年を迎えており、それを記念したツアーの開催が決定している。そこではバンド編成で、輝かしいキャリアをさらに深堀りするような世界を見せてくれることだろう。
それはもっともっと、かけがえのない時間になるはずだ。
SET LIST
01. I WISH
02. ラヴァーマン
03. 春のラブバラッド
04. ヴィーナス
05. 心
06. ショウマン
07. 黒猫
<換気タイム>
08. Your Song
09. 地球独楽
10. ティアドロップ
11. 築地オーライ
12. 接吻
13. ミッドナイト・シャッフル
14. フィエスタ
ENCORE
01. R&R