Heart to Heart 2020 ~Covers~
2020年10月31日(土) 15:00公演 彩の国さいたま芸術劇場大ホール
出演アーティストが日本の名曲をカバーするというコンセプトで、9月27日からスタートしたツアー『Heart to Heart 2020 ~Covers~』。このレポートは、中島卓偉、鈴木愛理、Bitter & Sweetの3組が出演した、ツアー4本目となる10月31日、彩の国さいたま芸術劇場大ホール公演の模様をお届けしていくのだが、当日の様子をお伝えする前に、このツアーの試みについて説明したいと思う。
コロナ禍での開催ということもあり、『Heart to Heart 2020 ~Covers~』は、感染拡大予防ガイドラインを遵守。密集を避けた分散入場や規制退場、入場時の検温と消毒(手指はもちろん、靴の裏もマットでぬぐう徹底ぶり)に、場内ではステージに近い客席前方エリアと、各座席を1席ずつあけたソーシャルディスタンスの確保など、来場者が安心してライブを楽しめる環境作りがしっかりと行われていた。また、ライブ中は完全着席、歓声や手拍子は禁止(拍手はOK)という、このご時世的にどうしても制限が生まれてしまってはいるのだが、『Heart to Heart 2020 ~Covers~』は、そんな状況を逆手に取った演出が施されている。
というのも、このライヴは、基本的に伴奏は「ピアノのみ」というアコースティック形式。ライティングも、各曲の魅力を引き出していく美しさはありながらも、比較的シンプルだった。それゆえに、いつも以上に出演者の「歌」にスポットが当たる構造になっていて、シンガーとしての実力や魅力をじっくりと堪能できるものになっている。そこがこのツアーの醍醐味だ。
少し長くなってしまったが、ここからは当日の模様をお届けしていこう。場内がゆっくり暗転。ピアニストの荒幡亮平がしっとりと音を奏で始めると、鈴木愛理が登場。「三日月」を切なげな声で、言葉のひとつひとつに気持ちをじっくりと込めて歌い上げる。続いてはBitter & Sweetによる「SWEET MEMORIES」。ステージ下手側から田﨑あさひが姿を現わし、柔らかな声で歌い始めると、上手側から長谷川萌美が登場。2人が織りなす美しいハーモニーを場内に響かせた。そして、中島卓偉が「接吻」を披露。生々しい息遣いまで伝わってくる静かな始まりから、一気に弾み出したピアノと絡まり合いながら歌を届けていく。
珠玉のラブソング3連発で、オープニングから客席をどっぷりと歌の世界に引きずり込んでいたのだが、どれもそれぞれの個性がかなり際立つものになっていた。また、それと同時に、このステージでそれぞれが見せたいものがよく表れたパフォーマンスでもあったと思う。
曲ごとに出演者が入れ替わるオープニングを経て、ここからは各出演者がブロックごとに登場していく。まずはBitter & Sweetから。「亜麻色の髪の乙女」を、軽やかなピアノに合わせ、瑞々しくてキラキラとした歌声を笑顔で届けていく。続く「変わらないもの」は、途中で立ち位置とメインパートを入れ替わりながら、優しくも伸びやかに歌い上げた。この日のMCで「ハーモニーを届けていきたい」と話していた2人。事実、Bitter & Sweetの強みでもある柔らかで透明感のあるハーモニーが、やはりとても美しい。また、ユニゾンもかなり心地よく、なかでも「長い間」は、ハモリパートと、ユニゾンで聴かせるところのバランスがなんとも絶妙。場内には温かな空気が満ち満ちていた。
そんな雰囲気を、怪しく躍動するピアノが一気に塗り替える。続いて登場したのは鈴木愛理。曲は「少女A」だ。クールに、ナイーブに、それでいて力強くぶつけるように歌い上げ、ヒリヒリとした空気が場内に張り詰める。曲を終えて挨拶をすると、ライブ当日がハロウィンだったこともあり、「ハッピーハロウィン!」と、鈴木。一気に緊張が和らいだ。そこから親しみを持って話しかけるようにMCをしていた彼女だったが、いざ曲が始まると表情が一変。まるで歌詞の主人公が乗り移ったんじゃないかと思わせるほど、楽曲と一体化する。いまにも泣き出しそうな声で届けた「そっけない」や、過去の傷や後悔を爆発させるように歌い上げた「ひと恋めぐり」と、結果、全曲まったく異なった表情を見せていた。そして「自分の背中を押す気持ちも込めながら、毎日頑張っているみなさんが、楽しく毎日を生きたいと思ってもらえるように」と、最後に披露したのは「夢をあきらめないで」。明るく凛とした歌声でエールを送り、笑顔で締め括った。
鈴木からのバトンを受け取って登場した中島卓偉は「風のエオリア」から。歌い出しから身体全体で響かせるようなパワフルな歌声を客席に放ち、それが曲の持つ感傷的な空気をより色濃くさせていく。「ここからは2曲続けて、女性シンガーの曲を」と予告し、届けられた「Piece of My Wish」が包容力に溢れていて素晴らしかったが、そこから続けて披露された「情熱」が、とにかく白眉。演奏はピアノ一本ではあるものの、フィンガースナップや靴音で刻んでいたリズムも手伝って、歌からビートやグルーヴを強く感じさせる。卓偉の歌に呼応するように、荒幡亮平のテンションもあがっていき、2人で一緒に転がっていくようなスリリングな展開がとにかく強烈。アウトロで繰り広げられるソウルフルなスキャットも圧巻の一言だった。このイベントツアーでは「日本の名曲の中でも、ソウルっぽさを感じる曲を選んでいる」とMCで話していたが、ラストの「レイニーブルー」も、ブラックミュージック特有の甘美さや熱をまじまじと感じさせる、ドラマティックなものになっていた。
最後は3組揃ってのパフォーマンス。卓偉が出演者を呼び込むと、ハロウィンということもあって、Bitter & Sweetの2人は頭に可愛らしい帽子を、荒幡はゴリラのマスクをつけ、ウサギの耳をつけた鈴木愛理が、アコースティックギターを手に取った卓偉に、小さめの魔女の帽子を渡す。すると、「今日は朝から“ハロウィンですよ”っていう鈴木愛理の圧が強くて」と言いつつも、その帽子をかぶる卓偉に、喜ぶ出演者と拍手を送る観客。気心の知れた者同士による笑顔の絶えないMCに、自然とこちらも笑みがこぼれる。そして「前向きになれるように、この会場を出た後に、また明日から頑張ってもらえるように」と、「PRIDE」を披露。4人は優しく、美しいハーモニーを響かせた。
この日のMCでも話に出たが、日本では少しずつ様々なものが緩和されてきているものの、まだまだ先の見えない状況でもある。そんな日々移り変わる状況に疲れてしまった心を、優しく、温かく包み込んでくれるステージだった。『Heart to Heart 2020 ~Covers~』は、12月20日まで続くことになっているので、あなたの街の近くに来たときには、ぜひ足を運んでいただけると幸いだ。