5月15日夕刻、お騒がせ屋のLIPHLICHから突如として「緊急発表」が投下された。
そこに記されていたのは、意味深な公演タイトルと「2019.06.09(sun) TOKYO」という殴り書きの様な概要。
しかし、この不親切さこそ彼らが「策士」と称される所以であり、これまでに仕掛けてきたいくつもの謎解きめいた罠はどれも秀逸なものであった。
この公演が何を意味するものなのかを思い思いに考察するファンの声がネットの海に広がっていく様を見て、LIPHLICHの頭脳であるVo.久我新悟がどこかでニヤついていたことなど想像に容易いことだ。
日が近付くにつれて少しずつベールが剥がされ、本公演が「緊急発表」と題したトークイベントと「運命的公演」と銘打ったライヴとの二部構成で開催されることが明らかになった。
会場は、今年1月12日に前任ベーシストである進藤渉のラストステージとなったSHIBUYA O-WEST。
彼の脱退後にSNSを介した公募によって一度は新ベーシストの加入が発表されたが、止むを得ない事情により、それが帳消しとなってしまったことをメンバーの口から聞いていただけに「(本公演に)不安を感じる必要はない」という久我の前置きを受け取っても尚、ファンの中には不安が渦巻いていた。
公演の発表から一ヶ月足らずで訪れた6月9日。
急な発表であったのにも関わらず、ただならぬ雰囲気を察知した大勢のファンで会場外の待機スペースは溢れ返っていた。
ステージには公演タイトルが大きく照らされたスクリーンと長机が一卓、そして三脚のパイプ椅子。
想像し得る様々な予感が脳裏をかすめる中、開演時間ちょうどに場内は暗転した。
スクリーンには過去のMVをメンバー別に切り抜いた映像が流れ、小林孝聡(Dr)、新井崇之(Gt)、久我新悟(Vo)の順に壇上へ姿を見せる。
緊張を掻き消すかの如く鳴り響いた拍手のなかで、スーツに身を包み神妙な面持ちで一礼しては静かに着席するメンバーひとりひとりにファンの全神経が注がれた。
久我は、今日にまで至る経緯を改めて説明し、切々とその詳細を語った。
姿勢を正し、全く表情を変えない新井・小林の姿からも耐え難い緊張感が漂う。
あらゆる覚悟を決めた様子で久我の言葉を受け止めるファンを前に、彼はこう続けた。
「公募で決まった方との御縁がなくなったすぐ後に、僕ら3人が是非一緒にやり合いたいと思える人物が突如出現致しました。そうです。本日は、LIPHLICHから新ベーシスト加入のお知らせでこうしてお集まりいただきました」
その一語一語を追うにつれて、徐々に希望の予兆を感じていくファンの高揚が場内に蔓延し、その新メンバーが竹田和彦(ex.MASK)であると明かされた瞬間には、悲鳴とも取れる歓声と大きな拍手があがった。
その様子を見て、先程まで無表情を貫いていた新井・小林が揃って口角を上げたときの「してやった感」たるや文字に起こせない程だ。
満面の笑みで馴れ初めを語る久我と、その傍らで照れくさそうにはにかんでいる竹田の御両人が醸すオーラはさながら結婚会見のそれであり、背後のスクリーンを金屏風と見紛う程のハッピータイムにファンは大いに湧いた。
膨大な緊張と緩和の波により、永遠にも思えたトークイベントも過ぎてみればたった30分の出来事。
祝福の声に温められたステージを去る4人の笑顔はとても誇らしく、この後に待つライヴに更なる期待が寄せられた。
2時間程の間を置いて、ついに場面は「運命的公演」へ。
各々が会場まで持ち寄った負の要素が抜け、再度多くのファンで溢れかえった場内には、先程までと同じ会場とは思えない程の穏やかな空気が流れていた。
定刻に暗転。静まり返る場内に映写機の音が鳴り響く。
そこへ「何度でも死に、何度でも生きる」というLIPHLICHの理念が注がれた『リインカーネーション』のオーケストラアレンジが重なると、木漏れ日の様に柔らかなライトがステージ一面を煌々と照らしてみせた。
その神秘的なライティングに魅入ったファンだったが、一番手に登場した小林がその神々しい雰囲気を覆すかの如く肉声を振り絞り、フロアに声を求める。すると、「LIPHLICHの再生」に胸躍らせた客席からは最上級の声が返された。
あの場で小林が声をあげたことによって、まだ解け切ってはいないほんの少しの緊張感から抜け出せたファンは、その後に登場するメンバーにも同様の歓声と拍手を送った。
センターについた久我が両手を広げながら目を閉じ、頭上を見上げる。
白色のライトと祝福の声を胸一杯に浴びた彼が頭上でくるりと右手を回し、静かに礼をした瞬間、開演を告げるブザーが耳を貫いた。
暗転の先に待っていたのは忍び寄る蛇の威嚇音と、空間を歪ませるまでの音圧を誇る小林のドラム。
新生LIPHLICHの第一声に選ばれたのは『ウロボロス』であった。
「破壊と創造」を象った、この夜の前菜に相応しいハードナンバーだ。
初手からの猛攻撃を察知したフロアは、起爆剤となる「Be a snake」の合図と共に「求愛」と呼ぶには少々荒々しすぎる怒号の様な声を上げる。
今日に至るまでずっと抱え続けてきた不発弾たちを容赦なく爆発させる4人の破竹サウンドから、ここが「振り出し」なのではなく「続章の起点」であることを知らされた。
いつだって感情の満ち引きが劇的なLIPHLICHのステージ。
『ウロボロス』から一転、不穏な鐘の音がフロアを直撃すると、客席全体を卑しい眼差しで舐め回した久我が上客を手招く。
「4人の人生が織り成す見世物小屋をとくとご覧あれ。さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。Something wicked comes here.We are LIPHLICH」
その一秒先に待つ観衆の驚嘆を待ちきれないかの様な悪しき声を震わせ、『リフリッチがやってくる』で我々を劇中へと誘った。
続けざまに、LIPHLICHファンの名称「Wendy(ウェンディ)」の起源でもある『猫目の伯爵ウェンディに恋をする』が放たれ、そのミュージカルの様なステージパフォーマンスから一転、今度は『MANIC PIXIE』で牙を剥き出しにし、客席を襲う。
会場に集いし全生命のテンションを「躁」へとシフトさせるキラーチューンを前に、理性を吹き飛ばされた数百のWendyは文字通りの狂乱ぶり。
その熱に感化されてか、ド頭から二巡目のAメロの詩へとタイムリープしてしまった久我。
しかし、そんな彼を余所に加入初日であるにも関わらず正しい歌詞を完璧に口ずさんでいた竹田の姿を目の当たりにして、いかに彼がこの短期間でLIPHLICHの楽曲を骨身に叩き込んできたかを思い知らされた。
力の限り愛機を弾き倒す竹田の元へ駆け寄り、しゃがみこみながら彼の後頭部に当てた手をグイッと力強く引き寄せ、額同士を密着させながら熱唱する久我のアクロバティックな姿は、愛すべき新メンバーに「LIPHLICHの熱」を注ぎ込んでいるかの様にも見えた。
息つく間もなく久我が「Wendy!Wendy!」と叫ぶようにフロアへ呼びかける。
普段、フロアに多くを要求しない彼がこの日ばかりは「聞かせろ!」と何度も暴力的な声を振り翳す姿は実に新鮮だ。
そして、ここでLIPHLICHの在り方とWendyへの誓いを強く唱えた『FLEURET』が演奏される。
フロアからの激烈なる声を受け、満足げな表情を浮かべた彼が歌い出し前の一瞬に漏らした「ありがとう」の言葉には、「ただいま」にも似た安堵の念が宿っていた。
かつて仲間との別れに涙を流しながらこの唄を歌っていた彼が今、自信と希望に満ち溢れた表情で口にする「僕だけの小さな世界へと君だけを連れ込んでみせる 思い出も一緒に連れた先に涙はない」という詩の説得力はあまりにも強烈で、楽曲が在るべき姿に戻った喜びを痛い程感じさせられた。
塊の様に迫る4つの音が止み、照明が落とされたステージの奥で力強く掲げられた新井の握り拳は、演者が得たこれ以上ない「手応え」の表れだろう。
そして、「LIPHLICHの神髄」のひとつである湿度の高いメロウナンバー『脳裏のドロ』が幕を開ける。
一流サスペンスホラー顔負けの猟奇的な世界に身を置いた主人公に憑依する久我の所作ひとつひとつと、激情に揺れる渾身の歌声に魂ごと奪われ、静止画の様に立ち尽くす聴衆。その異様な光景に「LIPHLICHの魔術」を感じざるを得なかった。
麗しい殺人劇の余韻も冷めやらぬ中、極めて硬質で凶悪なフロアタムがWendyの頭を殴りつける。
ひとつの楽曲に無数のアレンジを施すLIPHLICHは、「導入部だけでは次に何の曲が来るのか分からない」というドキドキ感をくれる物珍しいバンドだ。
「一体何が始まるのか」と固唾を飲むフロアの頭上に「!」を灯したのは、QUEENの『WE WILL ROCK YOU』を模した小林の重厚なリズムだった。
視線をズラせば、そこにはタクトを手にした久我が待ち構えており、一同は『HURRAH HURRAY』へとなだれ込んだ。
「頭振りませんか?一緒に頭ブン回しませんか?一緒に首壊しませんか?」という久我の熱いエスコートを受け、LIPHLICHが誇るノーリミットナンバー『ホロウ』が炸裂!
新井・竹田の弦楽器隊がステージの先端で足をしっかりと踏みしめ、腰を屈めながら弦を掻き鳴らす。
全く同じ体勢な上、一糸乱れぬリズムで頭を振る二人の姿に並々ならぬシンクロニシティを感じさせられた。
そして、未だ音源化には至っていないピカピカの新曲『西風に運ばれて』『ファンタジスタ』が続けざまに披露される。
ライヴでも数回しか演奏されていないこの2曲をじっくりと堪能するWendyの瞳はまるで宝物を眺める子供の様だった。
自身の愛するバンドが幾度のピンチを迎えても尚、挫折することなく新しい世界を作り続けてくれているという喜びを噛みしめる姿は実に美しく尊い。
二度目のMCでは、唐突に「やったよぉ!メンバー見つかったよぉ!」と、久我がおどけた声色で大きな喜びを爆発させた。
シラフとは思えぬそのアッパレなテンションにファンも頬を緩ませながら、惜しみない拍手を送る。
演奏中のシリアスな面とは真逆の、フランクで少々自由が過ぎるメンバー同士の会話に笑い声は絶えず、ひとしきり盛り上がった後に久我が「これからまた新しいLIPHLICHの歴史をこの4人で創っていきたいと思いますので、この夜に乾杯させてください」と言い、この日から会場で発売された赤ワインを一口嗜んだ折、小林のお洒落なフィルが鳴り響き、珠玉の哀歌『VESSEL』へ。
個々のプレイヤーが抱える「素の音」だけで構築された脆く儚いバラードの中に、何年にも渡ってずっとそこで鳴っていたかの様にも思える温かで真摯な竹田のサウンドが調和していた。
4人の人生を引き寄せたものが紛れもなく「LIPHLICHの音楽」であることを決定づけた運命的共鳴が確かに存在していたことをここに記しておこう。
そして、ライヴはいよいよ終盤戦。
シアトリカルワールド全開のイントロで早々に観衆を撃ち抜く『陽気なノワール』で、場内は再加熱!
穏やかな熱気を逃がさんとばかりに『グロリアバンブー』が繰り出され、この曲のお約束である「G a Grolia Be Bee Bamboo Oh Yes」という呪文めいた言葉がステージ・フロア間で豪快に酌み交わされた。
久我は、奥ゆかしい性格の竹田の元へニタニタと歩み寄り、執拗にマイクを押し付け、何度も彼にそのパートを委ねる。
少々困惑しながらも竹田が力一杯に発した歌声を全身全霊で迎え入れるWendyの復唱には、「契り」と呼ぶに相応しい相思相愛の形が成されていた。
LIPHLICH随一のダンスナンバーであるこの楽曲の肝は、何と言っても凄まじいうねりをみせるベースラインだ。
今までのLIPHLICHにはなかった新しい音色でその核を見事に担ってみせた竹田の堂々たるプレイは実に頼もしいものだった。
ルーニー・テューンズの世界から飛び出して来た様な新井の軽快かつコミカルなアクションと、そのキュートな動きの上で繰り出されているとは思えぬ超技巧派ギターソロに刺激され、場内の熱量は天井知らずに上昇を続けた。
会場ごと蒸発させてしまう様な灼熱の熱気を最狂ナンバー『SEX PUPPET ROCK'N'DOLL』で更に炙るNEW LIPHLICH!
スツールから立ち上がり、鬼の形相でフロアを睨みつけながらクラッシュシンバルをしばき上げる小林の圧に触発され、久我が驚くべきハイキーでタイトルコールを叫んだ瞬間、会場の意気が一斉に前のめりになったのを感じた。
「本能」を擬人化した数百の生命体がステージへ向けた絶叫は、愛すべき4人が打ち鳴らす轟音をも喰い尽くしてしまった様だ。
全ての音が止んだ後、会場に響いたのは熱を鎮める様な新井のギターだった。
空間を寒色に染め上げるその美しい音色の上で、久我はこの日の最後に選んだ『夜間避行』を前にこう語る。
「僕の人生はLIPHLICHです。メンバーも皆そう思っています。このバンドが終わらずに続き、皆さんひとりひとりを星空の様に眺めながら、これからも"夜を行くバンド"として、10年15年20年とどこまでも飛び続けられるバンドになりたいと思います」
夢と理想を追い求めて夜を行くLIPHLICHを「飛行機」になぞらえ、それを照らす「無数の星」をWendyと定義したこの楽曲が抱えるメッセージは、彼らの置かれた状況によって万華鏡の様に表情を変えるが、この日の『夜間避行』は確実に希望に満ちていた。
本作の作曲者である新井が持ち前の大きな口を開け、笑顔でサビを口ずさみながらメンバーひとりひとりを愛しそうに眺める姿が何よりも印象的だった。
未来に焦がれる祝福の熱がいつまでも冷めない余韻を宿しながら、運命的公演は幕を閉じた。
LIPHLICHは、つくづく心臓に悪いバンドである。
しかし、この日の公演を目にした人々の多くが「もう、この先に悲しいことはない」と、そう感じたのではないだろうか。
そう確信する程に前向きなパワーで飽和した最高の舞台であった。
明確な活路を見出した4人の歩む道が、更に多くの星々に照らされることを願ってやまない。
SET LIST
01. ウロボロス
02. リフリッチがやってくる
03. 猫目の伯爵ウェンディに恋をする
04. MANIC PIXIE
05. FLEURET
06. 脳裏のドロ
07. HURRAH HURRAY
08. ホロウ
09. 西風に運ばれて(※新曲)
10. ファンタジスタ(※新曲)
11. VESSEL
12. 陽気なノワール
13. グロリアバンブー
14. SEX PUPPET ROCK'N'DOLL
15. 夜間避行