
デビュー40周年を迎えたパール兄弟が2026年10月3日(土)LINE CUBE SHIBUYAで「パール兄弟40周年 未来はパール2026」を開催する。
2024 年に「ROAD to KINGDOM 〜目指せ、渋公!3カ年プロジェクト〜」をスタートさせ、オリジナルメンバー4人(サエキけんぞう、窪田晴男、バカボン鈴木、松永俊弥)による活動を本格化させてきたパール兄弟。昨年は小室哲哉をゲストに迎えた配信シングル「RUN-NEWバックステージ」、アルバム『ぼくらはここにいる』をリリース。さらに35年ぶりの東名阪ツアーも成功させるなど精力的な活動を継続している。
8月、9月、10月にかけて「パール兄弟 40周年CD3ヶ月連続リリース」企画も開催。新たなピークを迎えつつある4人に、バンドの現状と40周年ライブについて聞いた。
2024 年に「ROAD to KINGDOM 〜目指せ、渋公!3カ年プロジェクト〜」をスタートさせ、オリジナルメンバー4人(サエキけんぞう、窪田晴男、バカボン鈴木、松永俊弥)による活動を本格化させてきたパール兄弟。昨年は小室哲哉をゲストに迎えた配信シングル「RUN-NEWバックステージ」、アルバム『ぼくらはここにいる』をリリース。さらに35年ぶりの東名阪ツアーも成功させるなど精力的な活動を継続している。
8月、9月、10月にかけて「パール兄弟 40周年CD3ヶ月連続リリース」企画も開催。新たなピークを迎えつつある4人に、バンドの現状と40周年ライブについて聞いた。
──2024年から始まった「ROAD to KINGDOM 〜目指せ、渋公!3カ年プロジェクト〜」が今年で3年目を迎えます。ここまでの手ごたえはどうですか?
サエキけんぞう(Vo)補足しておきますと、2013年にドラムの松永俊弥、キーボードの矢代恒彦を含めた5人でライブを再開したんですよ。2016年が30周年で、2022年に矢代が亡くなって。その後スタートしたのが“3か年プロジェクト”なんですよね。矢代がいなくったときは「もうやれないんじゃないか」と思ったんですけど、ギターの窪田晴男さんががんばってくれて、4人で活動を続けてきて。昔の曲もライブでやってますけど、以前とはかなり違う感じになっていると思いますね。
バカボン鈴木(Ba) そうだね。矢代くんが加入した1990年以降はキーボード・プレイヤーがいる前提で制作やアレンジをやってきて。彼が突然いなくなったわけだから、同じようにはできないんですよ。不可能ではないですが、超えるべきハードルは非常に高いと思います。昔の曲ばかりやるわけにもいかないし、今の4人で新しい曲を作る必要もあって。バンドを続けるのであれば、そうやって活性化せざるを得ないですからね。
松永俊弥(Dr) パール兄弟はもともとギターバンドのイメージがあったので、そこに戻った感覚もありますね。キーボードがないからといって、ドラムの役割をひろげたり、電子楽器を使うのではなく、逆にシンプルにやったほうがいいなと思っていて。年齢を重ねるといろいろ余計なものも付いてきちゃうし、それを削ぎ落したいなと。
──やはりカギになるのはギターだと思うのですが、窪田さんは4人体制のパール兄弟をどう捉えていますか?
窪田晴男(Gt)みなさんが仰ってるように、矢代がいなくなってしばらくは、どうやってパール兄弟を続ければいいかイメージできなかったんです。だからといってヤッシーの代わりのプレイヤーを入れるのも違うし、どうすればいいのかなと考えているうちに時間が過ぎていって。4人でやった最初のライブって、追悼ライブですよね?
サエキはい。
窪田ちょうど1年後くらいなんですけど、4人でステージに立って。そのとき「この二人(バカボン鈴木、松永)がいればサウンドはするんだなということがわかったんです。また話が遡るんだけど、結成当初はニューウェイブな感じをどうやって歌謡曲にしてくか?ということに取り組んでいたんですよ。
サエキ1980年代ですね。
窪田その方向性に特化すればいいのかもしれないけど、キーボードありきでアレンジしている曲はそうはいかなくて。きっかけになったのは、2024年11月のライブのときに、いまみちともたか(BARBEE BOYS)がゲストで来てくれたときですね。
彼と一緒に演奏していて、竿モノ(ギター、ベース)だけでも今の音楽がやれるかもしれないという気がして。そこでようやく踏ん切りがついたんだけど、とはいえギターは1本なので大変は大変ですね(笑)。
彼と一緒に演奏していて、竿モノ(ギター、ベース)だけでも今の音楽がやれるかもしれないという気がして。そこでようやく踏ん切りがついたんだけど、とはいえギターは1本なので大変は大変ですね(笑)。
──ギターバンド然としたソリッドなサウンドになったことは、サエキさんのボーカルにも影響があったのでは?
サエキ「しがらみクラブ」という初期の楽曲があるんですけど、当時は窪田さんがハーモナイザー(エフェクター)を使っていたんですよ。それを再現してほしくて機材を持ってきたもらったことがあるんだけど、昔のままの音だと上手くいかないんですよ。こちらの耳が進化しちゃって、当時と同じ音だとどうしても古びて聴こえてしまう。そのことにショックを受けたし、やっぱり新しい曲が必要なんだなと。去年12月にリリースしたアルバム(『ぼくらはここにいる』)に「RUN-NEWバックステージ feat. 小室哲哉」という曲が入ってるんですけど、その曲のギターのサウンドは、初期の頃に窪田が使っていたポリスのような感じをイメージしていて。実際そういうふうに聴こえるんだけど、昔よりもすごく繊細な音になっているし、空気感は明らかに違うんです。まったく異なる次元に放り込まれた感じというのかな。そのなかで歌を位置付けなくちゃいけないんだけど、それが冒険みたいなんですよね。じつはアルバム全体がそうなんだけど、歌の乗せ方が昔とはまったく違っていて。昭和の木造建築から、新建材の空間に引っ越したと言いますか(笑)。
バカボン鈴木(笑)その言い方は適当なの?
松永装いは昔のままで、中身が違うんでしょ? 古民家を買って、部屋のなかをハイテクにしてるというか。
サエキリノベーションですね。たとえば「江戸時代の恋人達」なんかも、アレンジは変わってないように聴こえると思いますが、実際に出ている音はまったく違うので。ベースも音も変化してるでしょ?
バカボン鈴木いやあ、そうかなあ(笑)。
サエキあんまり感じてないんですか?(笑)
バカボン鈴木細かいタイミングだったり、ちょっと聴いただけではわからないような違いはあるかもしれないけどね。もしかしたらそういう差が全体の印象を左右しているのかもしれないし。自分ではね、そんなに進化しているとは思ってないんですよ。
「昔より上手くなった」って言われれた、もちろん悪い気はしませんけど、自分ではそんなに……。まあ、今は味で勝負とでも言いますか。
「昔より上手くなった」って言われれた、もちろん悪い気はしませんけど、自分ではそんなに……。まあ、今は味で勝負とでも言いますか。
松永これはドラム全般の話ですけど、今は個性よりもフィジカルが重要になっていると思っていて。スポーツと一緒で身体的に優れていないとドラムは叩けない時代になってるんですよ。昔に比べたら自分のフィジカルも少しずつ落ちているわけで、やっぱり味で勝負せざるを得ない(笑)。あとはさっきも言ったように、シンプルなドラムに原点回帰することが大事なのかなと。
窪田僕はすごく変化を感じてますね。順を追って話すと、パール兄弟はニューウェイブバンドとして始まったんだけど、作品を重ねるごとにオーケストラ的なロックバンドに変化していって。さらに90年代のクラブムーブメントの時期は、ギタリストとしてどうしたらいいかわからなくなっちゃったんです。実際、しばらくはパール兄弟をやろういう気にならなくて。そこからしばらく経って、懐かしいさではなく、「今なんじゃない?」という感じになったのが2000年代に入ってからなんですよ。
サエキ確かに90年代のクラブサウンドの時代は、バンドにとっては厳しい時期でしたね。打ち込みのほうがスッキリ聴こえるし、良いとか悪いではなくて、それが新鮮だったので。状況が変わってきたのは『宇宙旅行』(2003年)というアルバムをリリースした頃かな。たとえばポール・マッカートニーのソロとかもすごく上がり調子になったり、ロック界全体がバンドサウンドに向かって再び走り出した感じがあったので。僕らも時代の後押しみたいなものを感じていましたね。
──今現在も、ロックシーンの動向を意識しているんでしょうか?
サエキ今はロックシーンというより、ポップス界ですね。サブスクのなかで並んだときに選んでもらえる楽曲にしたいというか。「RUN-NEWバックステージ」は小室哲哉さんをフィーチャーしているし、MVは全編AIで作っているので、いいところまで来てると思うんですよね。
松永スマホで音楽を聴く人がほとんどだと思うので、映像が目に入ったときに「なんだこれ?」と気にしてもらわないとダメですから。












