──結果としてこの音像の中ではプリミティヴな質感が打ち出されることになっているように感じますが、歌詞には“量子”ですとか“オープンソース”といったIT的なフレーズたちが随所で使われています。この対比もまた、独特の世界観を生み出していますね。
キリト(Vo) Karyuが音の面で民俗的なものとデジタルなものを組み合わせたという事実が、この歌詞を書いていく上でも反映されていったんですよ。それと、「RITUAL」というのは儀式という意味の言葉なんですけど、実はこれって仮タイトルの時点では「Neo Spring」だったんですよね。つまりこれは、いわゆる“アラブの春”をモチーフにしたものなんです。
──チュニジアの“ジャスミン革命”に端を発して、2010年頃からエジプトなどアラブ諸国で連鎖的に体制崩壊が起きていった現象のことですね。
キリト(Vo) 長い間、中東では時代の変化に逆らいながら歴史と文化そして古くからの体制を護ってきた経緯があるけど、SNSを通じて広く共有する情報というものを民衆が得た時に、民衆の不満や不安は狂気へと変わっていって、ついに体制側は護り続けてきたものを護りきれなくなったわけでね。その流れをこの歌詞では描いてます。
──同時に、この歌詞は昨今の香港で起きているデモなどとも重ねることが出来ますね。
キリト(Vo) 一部の支配層が、民衆を抑圧するということが難しくなってきてるのは事実だと思いますよ。自分がスタンスを変えようとしてなくても、流れは速いスピードで変わっていくわけですから。その中でも、これまでのやり方にあくまでしがみつくのか。あるいは、考え方を変えて柔軟に対応していくのか。それによって全てが変わってくるんじゃないですか。
──ただ、“アラブの春”に限って言えば革命がもたらしたのはメリットばかりではなく、後に反動によってさまざまな悪影響が生まれたという見方もあります。
キリト(Vo) 狂気が伴って破壊とか破滅が生まれたとしても、それを選んだのは民衆なんだからということにもなってしまう。だから、僕なんかは昔から自由という言葉を皮肉で捉えて使う場面がよくありますよ。自由=素晴らしいこと、だとは安直に思えないですね。自由を得ることは、同時に責任を持たなければならないことでもあるし、その責任が破滅につながってしまう危険性だってないわけじゃない。それはそれで受け容れていくしかないですよね。このへんはエネルギー問題なんかにも言えることで、一度でも手にしてしまったらあとは使っていくしかないんですよ。それがいずれ破滅に向かう行為なんだとしても、手にした以上は良いだの悪いだのと叫んでもしょうがない。逆らえない流れっていうのは、あると思いますね。
──では。話はやや脱線しますが、先だって環境破壊について国連発表を通じ世界に強くアピールした少女・グレタさんについて、キリトさんはどのように感じられました?
キリト(Vo) その件についてはよく知らないですけど、誰が何を信じるかはその人の自由なんじゃないですか。でも、同じバンドのメンバー同士でさえ物事に対しての考え方は違ったりするわけです。そうなったときに、無理やり画一化しようとして「この意見が正義であなたは悪ですよ」ってやり始めたら、もうあとは戦争しかなくなるでしょうね。
──言わんとされるところは、とてもよくわかります。
キリト(Vo) 何事に関してもですけど。これは許せない、これはダメだ!って頑張って主張してる人のことを否定するつもりは全くないです。だけど、僕からすると「良い悪いとか以前に、もう現実として片足突っ込んでんねん」って思っちやうところはあって(笑)。そうやって生きてきたのが人間っていうものなんじゃないの、って。
──ことAngeloの場合は、なにかしらで意見が対立した場合はこれまでどのように解決してきているのですか。
Karyu(Gt)あー、どうですかねぇ。アレンジなんかに関して言えば、メンバーそれぞれが作ってきたものをお互いに受け容れて、とにかく作品そのものを良くしていこうよっていう方向で話がまとまることが多いです。モメるとかは別に無いですよ。
キリト(Vo) 自分の中には無かったアイディアが他のメンバーから出て来たとしたら、それをどれだけAngeloのものとしてより良く出来るのか、っていう観点で常に考えてますね。
──今作『FAUST』も、そのような進歩的な現場から生まれてきたからこそ、これだけ充実した仕上がりになっているのでしょう。そうした中、「止まない雪」についてはストーリー性に沿っているだけではなく、キリトさんの個人的な主観も歌詞に多く含まれているものであるように感じられました。こちらはもしや、キリトさんご自身の幼少期を回顧したものになりますか?
キリト(Vo) そうですね。これはファウストが悪魔的なメフィストの声に誘導される場面を描いたもので、何か大事なものを引き換えにして犠牲を払ったとしてでも、行きたい場所があると決心するエピソードなんですけど。そこに僕自身の過去がまんま投映されている、というものでもあります。悪魔と契約してでも…という気持ちがあると同時に、この詞は書いていて途中までは凄く“死への願望”とか“死への憧れ”とか、全てが終わることがゴールである、みたいなことをずっと意識していたにも関わらず、結局そうじゃないっていうところに行き着いたんですよ。この詞を書いて行く中ではそういう自分の気持ちの変遷があったし、最終的には雪の中に倒れていた自分がやがて起ち上がって前に向かって歩いていく、っていう“絵”が見えたから。ポジションとかネガティヴっていう言葉で語れるような次元ではないところで、命ってそう簡単に自分の判断でどうにか出来るものじゃないんだな、っていうことをあらためて感じました。人間ってそういうものだよね、っていう思いのひとつをこの詞を書くことで得られた感じがあります。
──フィクションとノンフィクションの狭間で、大切なことに気付かれたのですね。
キリト(Vo) 誰でもきっとあるじゃないですか。「死にたいな、でも生きなきゃ」とか「ヤメたいな、でも続けなきゃ」みたいなことって。そこには揺らぎが常にあって、結局その中で何をチョイスしていくか?というのが人間なんだろうなぁ、と思いますよ。この曲の中に込められてるのは、その揺らぎですね。
──そんな「止まない雪」は、大別すればバラードと呼べるような繊細かつ綺麗な雰囲気の曲ですが、音の面でKaryuさんが重視されたはのどんなことですか。
Karyu(Gt)メロが良くて泣ける曲だし、キリトさんの作ってきたデモがサビまでのプロセスが良い意味で普通じゃなかったんで、その特徴を最大限に活かしていくようにしました。これも凄い気に入ってます。
──良い意味で普通ではない、という褒め言葉。それは曲調こそ違えど、8曲目の「BUTTERFLY EFFECT」にもあてはまりそうな言葉ではありませんか?
Karyu(Gt)多分、これは音楽に詳しい人には作れない曲だと思います(笑)。キーとか転調っていう概念を、超えた作りになってますからね。音楽理論的には完全に間違ってるんですけど、Angeloとしてはこれが正解だし、今回のアルバムの中で自分が一番回数を多く聴いてるのはコレです。
──ちなみに、「BUTTERFLY EFFECT」というこの曲タイトルに冠されている言葉自体は、近年そこここで良く聞くようにはなりました。キリトさんが、その言葉を今ここに持ってきた理由は何ですか。
キリト(Vo) 物事っていうのが全て偶発的なものなのか、そうではなく実は意図的なものなのか。そこに対する答えは、未だに出ていないわけじゃないですか。これは自分の中で量子力学とそこを重ねあせているもので、偶然なのか法則があるのかどっちでしょうね?っていう詞だから、タイトルもこうなりました。
──キリトさんは、相変わらず勉強熱心ですねぇ。理数系の知識には乏しいのもあり、量子コンピュータの原理などわたしには全く理解が出来ておりません。ただ、ニュースサイトに掲載されていた量子コンピュータの画像が、いかついスパコンとは違って美しいオブジェか豪華なシャンデリアのように見えたのは、とても意外だったのですけれど(笑)。
キリト(Vo) 昔から書物マニアなのもありますし、こうやって20何年も詞を書いていたりすると、視野を拡げて時にはこういう領域に踏み込むことになるんですよ。そして、量子力学っていうのは僕からすれば物理や数学の範疇の話というよりも、むしろ文学的に捉えられるものでもあるんです。
──…量子力学が文学的??ますますお話が難解になって参りました。
キリト(Vo) これは人間の抱えている矛盾みたいなのものとも繋がってくる話でね。簡単にいうと、何かを測定する場合。その何かが+なのか-なのかは、測定後までは解らないわけでしょ?量子力学ではそういう時、ひとつの考え方として測定前は「+でもあって-でもある」っていう捉え方をするんですよ。つまり、アインシュタインの時代までは最も小さな物質を素粒子としていたけど、現代ではその素粒子をさらに分解していくと、素粒子とは点ではなく量子を含むヒモの揺らぎのようなもので構成されているものなのではないか、という仮説が生まれたわけです。
──聞いたことはあります。超弦理論、超ひも理論と呼ばれているもののことですね。
キリト(Vo) 素粒子が点だった時代と違って、超ヒモ理論では揺らいでいるヒモをつかまえた瞬間が結果とされるんですよ。だけど、揺らいでいる以上はヒモにはつかまえられる場所がたくさんあるわけで、量子力学の中でそれは11次元あるっていうことなんですけど。それを観測した瞬間にモードが決まる、っていうね…(苦笑)。
──もう何が何やら(笑)。
キリト(Vo) とりあえず、量子力学では「測定するまで結果がわからない」ではなくて、「測定した瞬間だけはそれがひとつの結果となる」っていう考え方をするんです。それで、測定するまでは「+でもあって-でもある」っていうことになる。「BUTTERFLY EFFECT」っていうのはそういう世界を持った曲です(笑)。
──ご説明ありがとうございます。いずれにしても、これが曲・詞ともに既存の概念を超えたところで生まれたものである、ということだけは非常に良く分かりました(笑)。なお、この楽曲が定石にはとらわれないものになっているだけに、その次のメジャー感あふれる「SCENE」が実にわかりやすく明快なものとして晴れやかに聴こえてくるのは、わたしだけでしょうか…?
Karyu(Gt)これはわかりやすい曲だと思います、俺も。具体的に感じるかはわかんないですけど、自分なりにはちょっとラテンぽさを取り入れた曲なんですよ。
──Angeloとラテンですか。イメージとしては少々結びつきにくいですが、聴いていて感じるこの躍動感は、血湧き肉躍るラテン音楽のニュアンスともつながりそうですね。
Karyu(Gt)音楽的にラテンをそのままやってるわけではなくて(笑)、ニュアンスを少し意識しましたっていうことですね。
──この詞はラストの「STOP THE TIME, YOU ARE BEAUTIFUL」を前にして、ファウスト目線で語られる今作中最後のものとなります。〈ストーリーにはまだ続きがある〉という一節が何とも意味深ですね。
キリト(Vo) これは、開き直っている感じかなぁ。悪魔と契約することで知識欲を充たした彼が、宇宙の真理や人間の本質だとかいろいろなことを知ったうえで、行き着いた感情というか。何が正しくて何が悪いとか、破滅するとかしないとか、そんなことじゃなくて今ただ見えてくる空の美しさの方に気持ちが動いている様ですよね。「で、何?いいじゃん、これで」って言ってる感じ(笑)。
──かくして、今作『FAUST』は受け手の感じ方によってもさまざまな解釈が出来るものへと仕上がりましたが。今作をライヴに場に転じさせていくとなった場合は、どうなっていくのでしょうね。今作の発表を受けて始まる[Angelo Tour 2019-2020「THE CONTRACT DEADLINE」]についてのヴィジョンも、ぜひお聞かせください。
Karyu(Gt)曲を作る時点でライヴのことを想定したりするケースもあるんですけど、今回のアルバムに関してはほぼライヴのことは考えずに作ったので、けっこう未知数ですね。ライヴでやった時にどんな感覚が生まれていくことになるのかは、自分でも今から凄い楽しみです。
キリト(Vo) やってみないとわかんない、っていうのは僕もありますよ。多分、ライヴでは何かに憑依されていくことになるんじゃないですか。
──憑依?!
キリト(Vo) 僕は霊媒師みたいなところもあるんで(笑)。アルバムを作っている時には自分でもわかっていなかったことが、ライヴの場で何かに憑依でもされたかのように突然「あぁ、こういうことだったのか」って気付く瞬間があったりしますから。ここからステージの上で何が起きていくことになるのか、自分も期待してます(笑)。
──いやはや、これは我々としてもツアーが楽しみです!それから、最後にもうひとつだけ質問をさせてください。戯曲「ファウスト」での主人公は悪魔・メフィストフェレスと契約して自分の望みを叶え、最後にはその代償を払うことになってしまいました。今もし、おふたりの前に悪魔が現れたとしたらどうなさいますか?
Karyu(Gt)代償を払うのはイヤなんで、悪魔には頼らずなんとか自分でもがく派ですね。あ、でも条件によるかな(笑)。
キリト(Vo) 僕は相手にしません。やりたいことは自分でやるし、放っておいたって人間なんて何時かは死ぬんだし。わざわざ他人とか悪魔とかに叶えてもらいたいことなんて、何もないですよ。うさんくせーヤツが来たな、で終わりです(笑)。
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