映画『野性の証明』における大野雄二の音楽[DI:GA ONLINE×大人のMusic Calendar共同企画]第5回

コラム | 2018.02.18 12:00

1976年に東映を離れた高倉健が次はどんな映画に出るのかと、まだまだ注目の集まる時期のこと。複数の殺人事件が折り重なるように巻き起こる背後に政治家やヤクザが蠢くクライム・サスペンスとして…。また、対テロ特殊部隊の存在や対ゲリラ密林戦の様子を『地獄の黙示録』(1979)や『ランボー』(1982)よりも先に日本人にリアルに見せつけた戦争スペクタクルとして…。そして薬師丸ひろ子の鮮烈なデビューを記録したアイドルムービーとして…。薬師丸が演じる少女:頼子が持つ「予知能力」というSF風味までをオマケに付ければ、まさに70年代ヒット映画要素の「全部入り」。実際、1978年度の邦画配給収入で第1位、『スター・ウォーズ』や『未知との遭遇』など並み居る強敵を含めた全体ランキングでも第4位となる大ヒットとなっている。角川映画 第4作『野性の証明』(1978年10月公開)とは、そんな驚くべき映画であった。最初から映画化を前提とした原作を、角川春樹の依頼によって森村誠一が執筆している。「お父さん、こわいよ!なにか来るよ。大勢で、お父さんを殺しに来るよ!」という劇中のセリフに加え「Never give up」を惹句とした大掛かりなメディアミックス広告も思い出深い。

「野性の証明」(C)KADOKAWA1978 監督:佐藤純彌 脚本:高田宏治

『野性の証明』の音楽は、『犬神家の一族』(1976)、『人間の証明』(1977)に続き、作曲家:大野雄二が担当している。この時期の大野は、『犬神家』で一躍注目を集め、テレビアニメ『ルパン三世』(NTV/1977~1980)で火がついた人気によって、殺到する仕事の依頼にひたすら忙殺される日々だったという。1978年の大野の仕事をざっと挙げてみると、松田優作の2nd.アルバム『Uターン』、ソニア・ローザ『サンバ・アモール』等のプロデュースに加え、自身のオリジナルアルバム『SPACE KID』も完成させている。また、テレビアニメ『ルパン三世』は継続放送中なのに加え、4月開始の刑事ドラマ『大追跡』(NTV)でも音楽を担当。更に、この年に第1回放送となった日本テレビの夏の風物詩『24時間テレビ 愛は地球を救う』では音楽監督を務め、その中の手塚治虫アニメスペシャル『100万年地球の旅 バンダーブック』(1978年8月27日放送)でも音楽を担当している。このアニメ作品、手塚治虫自身の品質への徹底したこだわりや制作体制の遅延・混乱などにより、音楽製作もまるで冗談のようにわずかな日数の中で進んでいったのだとか。10月公開の『野性の証明』の音楽製作は、この『バンダーブック』とほぼ同時進行で行われたため、なおさら大野にとっては忘れがたい「修羅場」として思い出に残っているのだという。そして『野性の証明』公開直後には、テレビアニメ『キャプテンフューチャー』(NHK/1978年11月~1979年12月)の放送開始、更に映画『ルパン三世 ルパンVS複製人間』(1978年12月公開)の封切りが控えているという状況。1978年が大野雄二にとっていかに常軌を逸した忙しさであったか、これだけでも想像して頂けるのではないだろうか。

そんな中で作られていった『野性の証明』の音楽だが、一切の弱気や妥協のない充実した仕上がりで、『犬神家の一族』、『人間の証明』よりも更にポップなサウンドとなり、第一級のフュージョン・アルバムとして十分に通用するクオリティを誇っている。『ベン・ハー』風の大迫力で陸上自衛隊特殊工作隊の山岳行動訓練を描くあのメインタイトル曲は、映画公開に先駆け9月に発売されているオリジナルサウンドトラック盤『野性の証明』LPレコード(日本コロムビア)においては「野性への序曲」と題されている。また、物語の発端となる山村での連続惨殺事件の瞬間や、物語中盤、大場成明(舘ひろし)が死に至る中戸組との乱闘シーン等で流れるメインのアクション曲は「戦慄の青い服」、哀しげなシンセサイザーのメロディが印象的な、映画のエンドロールを飾るバラードテーマは「悪夢は頼子と共に」として収録されている。ただし、この頃の大野雄二サウンドの代名詞とも言える、アープ社の「ソリーナ・ストリング・アンサンブル」を巧みに使った小編成の曲など、細かなサスペンス系/バラード系のBGMの多くがアルバムに収録されていないのが誠に惜しいところ。

そして忘れてはならないのが、主題歌「戦士の休息」(作詞:山川啓介、作編曲:大野雄二、歌:町田義人)の存在だろう。劇中で、頼子の仇であるかつての上官:皆川二等陸佐(松方弘樹)のヘリを討ち取るとともに劇的に流れだすその瞬間は、誰もが涙を禁じ得ないはずだ。元「ズー・ニー・ヴー」のヴォーカル:町田義人が、1978年夏の映画『キタキツネ物語』に続いて主題歌歌手を担当し、オリコン最高位6位、累計売上29.5万枚のヒットを記録している。2017年に惜しくも世を去った名作詞家:山川啓介が書き、大野が紡いだこの歌を、『野性の証明』という作品を超えた高倉健終生のイメージソングとして、あるいは自分自身の人生を見つめ直すため「座右の唄」として、今なお胸の奥深くに仕舞い込んでいる男たちは、けっして少なくないだろう。また、B面曲「銀河を泳げ」は、残念ながら映画本編では流れることはないが、そのメロディを使ったアレンジBGMはしっかりと劇中で活かされている。

大野雄二のサウンドトラック・メーカーとしてのキャリアを眺めると、ジャズをルーツとし、バート・バカラックをポップスの師と仰ぎつつ、『おひかえあそばせ』(1971)、『パパと呼ばないで』(1972)、『水もれ甲介』(1974)等の石立鉄男主演のユニオン映画ホームドラマ(NTV)でコメディ系BGMの手法を体得し、同時期に『火曜日/土曜日の女シリーズ』(NTV/大野の音楽担当は1971~1974)でサスペンス/ミステリー系のBGM音楽の経験値を上げている。続く『ルパン三世』ではその両方が要求される現場を更に経験。加えて、長い『ルパン』放送期間中に、刑事ドラマなども含めたアクション系BGMの手腕を上げていく……といったところだろうか。『野性の証明』は、まさにその期間の作品にあたり、特に、銃撃戦や戦車戦までが含まれる戦争スペクタクル映画の経験として活かされることで、アクション系のBGM音楽の出来栄えがここで大きく開花しているように思える。現在、広く世間に認知されている「大野雄二サウンド」なるものは、この『野性の証明』でいよいよ全てのパーツが出揃い、翌1979年の映画『ルパン三世 カリオストロの城』で、ついに一つの到達点、完成の域へと至っていくのである。

記事提供:大人のMusic Calendar
大人のMusic Calendar

角川映画 シネマ・コンサート

公演情報

DISK GARAGE公演

角川映画 シネマ・コンサート

●日時
2018年4月13日(金)開場 18:00 / 開演 19:00
2018年4月14日(土)開場 13:00 / 開演 14:00
●会場
東京国際フォーラム ホールA
●料金
全席指定 ¥9,800(税込)※未就学児入場不可
●上演作品
「犬神家の一族」「人間の証明」「野性の証明」
※各映画の上映は全編上映ではございません。各映画のオリジナル映像を元に特別に編集されたハイライト映像に合わせて、生演奏の音楽でお楽しみ頂く、最新のライブ・エンタテインメント=シネマ・コンサート形式で上演致します。予めご了承ください。

●出演
・大野雄二と“SUKE-KIYO”オーケストラ
大野雄二(音楽監督・Piano,Keyboards) / 市原 康(Drums) / ミッチー長岡(Bass) / 松島啓之(Trumpet) / 鈴木央紹(Sax) / 和泉聡志(Guitar) / 宮川純(Organ) / 佐々木久美(Vocal、Chorus) / Lyn(Vocal、Chorus) / 佐々木詩織(Vocal, Chorus) / MiMi(Hammered Dulcimer) / 他

・ゲストボーカル:松崎しげる:「戦士の休息」歌唱決定! / ダイアモンド☆ユカイ:「人間の証明のテーマ」歌唱決定!

・スペシャル・トークゲスト:石坂浩二

≪著者略歴≫

不破了三(ふわ・りょうぞう)

音楽ライター、CD企画・構成、音楽家インタビュー 、エレベーター奏法継承指弾きベーシスト。CD『水木一郎 レア・グルーヴ・トラックス』(日本コロムビア)選曲原案およびインタビューを担当。

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