デンマークラジオ・ビッグバンド(DRBB)の首席指揮者、オランダのメトロポール・オーケストラの常任客演指揮者を務める作・編曲家で指揮者の挾間美帆がメジャー・デビュー10周年を記念したアルバム『ビヨンド・オービット』を9月13日にリリースする。アルバムの発売を記念したツアー『挾間美帆m_unit 日本ツアー 2023』を9月15日からスタート。インタビューでは、5年ぶりのアルバムに込めた思いと、29日に東京・文京シビックホール 大ホールで行う公演について聞いた。
——メジャー・デビュー10周年おめでとうございます。まずは5年ぶりにリリースするアルバム『ビヨンド・オービット』のお話を聞かせてください。アルバムは2012年に結成した13人編成のジャズ室内楽団「m_unit」と制作されたものです。同バンドとはこれまで3枚のアルバムを発表してきましたが、バンドを結成したきっかけから教えていただけますか。
挾間ユニットを結成したのは、大学卒業後にアメリカに留学した大学院の卒業リサイタルがきっかけでした。学生時代にビッグバンドで演奏した経験があり、卒業演奏会をすることが決まったときに、小さい頃から自分の頭の中で鳴り響いている音楽をステージで表現したいと思ったんです。私は11月13日生まれなので、11人か13人がいいなと思って、13人編成のジャズの室内楽団を組んだのがm_unitの始まりです。
——5年ぶりの新作は、どのようなテーマで制作を進めて行ったのでしょうか。
挾間2019年からデンマークラジオ・ビッグバンド首席指揮者に。その翌年から、オランダのメトロポール・オーケストラ常任客演指揮者に就任しました。この5年の間に生まれたのは、「自分の仕事は自分だけのものではない」という思い。誰かの人生を背負っていると感じるようになりました。各国に出向いて指揮をするなど、自分に費やせる時間も以前より減りました。10年と言う節目に今できる範囲の中で、等身大の自分を素直に切り取った作品を作ろうと考えて行きました。
──アルバムタイトル『ビヨンド・オービット』にはどのような思いを込められたのでしょうか。
挾間全8曲の中には、タイトルの『オービット』という言葉が入った「エリプティカル・オービット」という曲があります。この10年間の軌道を超えるものを、未来を照らして、光の方へと誘ってくれる希望のような作品にという願いを込めました。
──今、あげて下さった「エリプティカル・オービット」から始まる3曲は組曲ですね。スリリングな楽曲で幕開けしたアルバムは、この「エリプティカル・オービット」から、色が何層にもなっていく深みを感じました。楽曲がコロナ禍に制作されたと聞きました。
挾間はい。2020年に初めてロックダウンを経験して、精神的によくない状態が続きました。周りにいたミュージシャンもみんな一気に仕事を失って、途方に暮れていました。拠点を置くニューヨークは物事が動くスピードが速い場所。情報過多になり、他者に対して不寛容になっていく矢先に、大統領選挙もあって。人間や社会に対して思考を巡らせることがイヤになってしまったんです。私個人は、社会的なステイトメントを音楽に込めることは自分のスタイルではないと考えているので、昔から好きだった月や星について想像をふくらませるようになりました。宇宙について考えを巡らせるようになって生まれたのが、この3曲です。「エリプティカル・オービット」では、クリスチャン(・マクブライド)がゲストで参加してくれて、想像を超えたベースラインを聞かせてくれています。
──「m_unit」の作品には、毎回カバー曲が収録されています。新作では、アース・ウィンド・アンド・ファイアーの「キャント・ハイド・ラヴ」を選曲されました。
挾間編曲は普通、クライアントがいて「ジャズアレンジに」など依頼をいただくのですが、「m_unit」のカバーについては、誰のどの曲を選ぶのかなど、全て私の自由なので、ここは原点回帰をしようと大好きなアース・ウィンド・アンド・ファイアーの曲を編曲することに決めました。実は10歳くらいのときに、初めてお小遣いで買ったのがアース・ウィンド・アンド・ファイアーのベスト盤だったんです。お気に入りは「レッツ・グルーヴ」で、この曲が入っていた17曲入りのアルバムを、500円で手に入れて。何度も繰り返し聞きました。
──オリジナル以上ににぎやかな曲になっていますが、背景には熱い思い出があったのですね。
挾間そうなんです。「レッツ・グルーヴ」は好き過ぎるので、「キャント・ハイド・ラヴ」に決めました。オリジナルは歌もので、歌詞が入っていますが、「m_unit」には歌手はいないので、歌詞に込められた思いをそれぞれの奏者が表現してくれています。私自身は平和主義者なのですが、この曲では「オレを好きなことを隠せないんだろ」と上から目線の男性に対して、「応えてあげるわ!」と売られたケンカは買うという勢いで臨む女の子の心情を感じてもらえたらうれしいです。とってもクレイジーな曲になりました(笑)
──2012年にジャズ作曲家としてメジャー・デビューされました。10年の間には、2018年にリリースした前作『ダンサー・イン・ノーホエア』が、第62回グラミー賞「最優秀ラージ・ジャズ・アンサンブル・アルバム部門」にノミネートされるなどその才能を開花させています。
挾間10年をひと言で表すなら、「10年前に今のようなキャリアを積んでいるとは、思わなかった」ということです。10年前は、すぐに有名になって、仕事がバンバン来ると思っていました。仕事をいただく一方で自分が好きな音楽を表現できるm_unitを続けていると思っていたのですが、けた違いに競争率が高いニューヨークで仕事を見つけることは容易なことではありませんでした。ニューヨークで暮らしているジャズの奏者の多くは、海外など別の場所に出稼ぎに行くか、ニューヨークで音楽を教えるかなどして生計を立てています。私自身もデビューしたのはいいけれど、その後4カ月くらい仕事がなく、路頭に迷っていた時期がありました。何にもすることがない時間を経験したことは、いい意味で自分に失望した期間でもありました。
──苦しい時期を耐えることができたのは、なぜですか。
挾間アメリカに滞在できるビザの期限が迫って来て、このまま帰国したら「私は負け犬だ」と思いました。「負けないぞ!」という気持ちもありましたが、好きじゃなければやっていられなかったと思います。もし誰かにやれと言われたことだったら、続けていられなかったかもしれない。無職の4カ月間には半分鬱のような状態だったけど、打ちのめされるような経験があったから地道に進もうと考えられるようになりました。5年ぐらい前からは、ようやく歯車がかみ合って来たという感覚もあって、亀の歩みのようにゆっくり、ゆっくりでも、前進できているのかなって。
──10年の間には、3月に亡くなられた坂本龍一さんとのコラボレーションもありました。
挾間坂本さんのことは、音楽家として尊敬しています。オリジナルはもちろんノイズ音楽や、ピアノソロなど、何をしても坂本龍一になるということは本当にすごいこと。坂本さんがカメレオンになって合わせていくのではなく、ジャンルが坂本龍一になると表現したらいいのでしょうか。お仕事は坂本さんの曲を編曲してほしいという依頼をいただいたのですが、3管編成のカラフルな楽譜を提出したら「僕がイメージしたものと違う」と却下されて、提出しなおしたんです。でもその曲をコンサートで聴いたときに、白と黒しかない水墨画のような美しさがあった。坂本さんの美学を見せつけられた思いがしました。オーケストラでさえも、坂本龍一に寄せられるのかと驚きました。
──貴重な経験でしたね。さまざまな経験をされた10年間。ファンにとっては広がった表現力を体感できるコンサートが9月に控えています。29日には、東京・文京シビックホール 大ホールのステージに立たれます。
挾間はい。アルバムは奏者をイメージして、あて書きをした部分もありましたが、日本公演では日本人の奏者が中心になります。ヴィオラの吉田(篤貴)さんなど、アルバムにも参加してくれたプレイヤーもいますが、アルバムとはまた違う音色を楽しんでいただければと思っています。今回のツアーメンバーとニューアルバムの曲を演奏するのは初めてになります。ライブならではの掛け合いも楽しみたいです。過去にリリースした3枚のアルバムからも節目にふさわしい曲を選んでお聴かせできればと思っています。
──奏者の掛け合いなどは、コンサート会場で奏者を生で見るからこそ分かるものでもありますね。
挾間そうですね。音源を聴いているだけでは分からない。音がブレンドされていく様子、個性ある奏者の動きを“種明かし”だと思って楽しんでほしいです。アルバムは3D感や音像にもこだわって作りましたが、コンサート会場には録音物とは違うもの。耳で聴いているだけでは分からなかったものが見えてくるはず。13人の奏者による音のシャワーを感じられるチャンスなので、ぜひ会場にお越しください。
──最後に10年の節目を迎えて、今後の目標について教えていただけますか。
挾間小学校のときに、竹中直人さんが主演したNHKの大河ドラマ『秀吉』にハマりました。それ以降、大河ドラマが大好きになったので、いつか大河の音楽を手掛けたいです。そんなこと言うなんておこがましいと思っていたのですが、口にすることで夢が叶う一歩になればと思っています。
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