ピアニスト、作曲家、音楽プロデューサーの梁 邦彦がソロデビュー30周年を迎えた。1980年代半ばに浜田省吾のバンドのメンバーとして音楽活動を開始。ソロとして1stアルバム『The Gate of Dreams』をリリースしたのは、1996年11月4日だった。節目となる今年は、旧作に手を加えた作品のリリース、11年ぶりの新作アルバムの制作、さまざまなプロジェクトへの参加など、多彩な活動を展開中だ。これまでの歩み、近況、新作アルバム、さらには12月4日にキリスト品川教会グローリア・チャペルで開催される『Holly Piano Night 2026~New Horizon~』について、話を聞く中で浮かび上がってきたのは、すべての活動が結びつき、連結していることだった。過去、現在、未来とが交錯していくような言葉の数々には、30年分の重みが詰まっていた。
──30周年のタイミングで旧作に手を加えた作品をリリースしたのは、どんな意図からですか?
これまでは、デビューして何年経った、といったことはほとんど意識していませんでした。というのは、僕の仕事の進め方は、性格的なこともあって、“突っ走り系”だから(笑)。次から次へとさまざまなオファーに応えて、ひたすら走り続けてきたので、振り返る機会のないまま、ここまで来てしまいました。その反省というわけではありませんが、30という数字を見た時に、これまでやってきたことを、自分の中でもう1度、咀嚼し直すことも必要なんじゃないかと考えました。
──9月にリリースされた『ECHOES (Reimagined)』と『茶馬古道 OST (Remastered)』はその一環なんですね。
自分にとって大事だった作品を、世に戻すというか、改めて、皆さんにも聴いていただきたいと思いました。CDだけの時代にリリースした『ECHOES』はオンラインではリリースできていなかったので、この機会にリミックス、リマスターを施して、さらに新たな演奏も加えて、『ECHOES (Reimagined)』としました。『茶馬古道 OST』はドキュメンタリー番組のサウンドトラックですが、僕にとって契機となった作品なので、新たな技術でリマスタリングを施して仕上げ直しました。
5thソロアルバム『ECHOES』
──『ECHOES (Reimagined)』はワールドミュージック的な要素が色濃く反映されていますが、感覚や意識の流れも含めて見事に音楽として表現されていて、想像力を強く刺激されました。梁さんにとっては、どんな位置付けのアルバムなのですか?
『ECHOES』は大きな変化があった時の作品です。5枚目のソロアルバムなのですが、4枚目までは東京に住み、ロード&スカイという会社に所属していた時期の作品でした。独立して東京を出て、現在住んでいる山の中のスタジオで全てを作り始めたのが『ECHOES』。韓国での活動が本格的に始動した時期と重なっていたこともあり、非常にアクティブな時期の作品で、さまざまな刺激を取り込みながら作りました。僕が初めてミックスも含めて全部、自分で作った作品です。最近になって聴き直してみた時に、時代的なことも含めて、足りないと感じた部分があったので、新たに手を加えてリリースすることにしました。
──“Reimagined”することで、新たな発見はありましたか?
掘り起こしていくと、ここはやり直したいなというところが出てくるんですよ。そうやって深く入り込んでいくことで、当時の自分とシンクロできたところがありました。これがやりたかったんだろうなということを、改めて、現在の自分が納得できる形にできました。30という数字が僕にやらせてくれたんだと思っています。
──2004年にご自身が描いていたイメージを、2026年の今の技術と表現力でブラッシュアップした作品ということでしょうか?
そういった面もあると思います。ただし、あまりやりすぎないことも大切だと考えていました。というのは、作り変えすぎると、当時の鮮度が落ちてしまうからですね。
──「A Dream on a Sunny Hill」の後半、プログレッシヴロックのハモンドオルガン的なプレイが入るなど、自在な発想での展開にも心が躍りました。
丘の上で夢見てるような、ヒーリングされてる気持ちで始めた曲なんですが、そこから違う世界に行ってしまうことも当然あり得るわけで。あの流れは自分の中では自然でした。これがやりたかったんだなって、ルーツが露わになったところはありますね。
「A Dream on a Sunny Hill」
──プログレッシヴロックもルーツの一つなんですね。
そうですね。プログレや70年代のロックですよね。1stアルバムの『The Gate of Dreams』を作った時は、アジアのアーティストのプロデュースや、北京交響楽団との共演などもあって、アジア一色でした。その後、たまたま僕のライブ舞台監督をやってくれてる伊藤薫さんが、パット・メセニーの舞台監督もやることになり、リハーサルを見学させてもらい、パットに挨拶して、『The Gate of Dreams』を渡したんですよ。2日連続公演だったので、翌日も観に行ったら、パットが「君のアルバムを聞いたよ。僕が君に一つだけ言えることがある。君みたいにシンフォニックなインストゥルメンタルをやる人だったら、アビーロードスタジオで録音するといいよ」とアドバイスしてくれました。
そうなんですよ、その時の会話がずっと残っていて、2枚目のアルバム『into the light』を作る時に、ダメ元でアビーロードスタジオを使えないか、イギリスでコーディネーションをやっている友達を介して聞いてもらったら、「日程が詰まっていて、無理です」との返答があった。やっぱりそうだよなって思っていたら、1週間後に連絡があって、「梁さん、ラッキーだよ。キャンセルが出たから、できるよ」という話になり、『into the light』を向こうで作りました。
そこが自分にとってのスタートでもありますね。その時、僕はロンドンでのオーケストラの録音を続けなきゃいけないんだなと思ったんですよ。1回行ったことによって、「ここで通用するように自分を維持しなければいけない」という視点が生まれました。
──アビーロードスタジオでオーケストラの音を録音する良さはどんなところにありますか?
1つは単純にミュージシャンとしての憧れですよね。第1スタジオはでかくて、オーケストラに最高なんですけども、憧憬という意味でいうと、僕はビートルズよりもピンクフロイド。彼らの『狂気』というアルバムを作った場所で録音することは、自分の中で目標になっていました。スタジオに入った時に、「ここか」という感慨がありました。あともう1つは、やっぱり響きが違う。豊潤で密度が濃くて、音を出した時に、広がっていく感じが素晴らしいんです。
──ピンク・フロイドにも「エコーズ(Echoes)」という曲がありました。
その影響は大きいですね。当時から「エコーズ」というタイトルがとても好きでしたし、“エコーズ”という概念は自分の音楽の核心にあるものですね。そもそも音楽って、響きあうものですから。
30周年の話じゃないですけど、作ったものが自分にも跳ね返ってくるんですよ。他の人たちとのプロジェクトで得た経験や刺激が僕に跳ね返ってきて、“これこそがエコーズだな。さまざまな経験がその後の自分の作品にも反映されるんだな”って、年数が経つにつれ実感しています。
──『茶馬古道 OST』は五感で味わえるところが素晴らしいです。リマスタリングの作業の過程で再確認したことはありますか?
いろいろな映像作品に関わってきましたが、韓国の国営放送局KBSとNHKが共同制作した『茶馬古道』は、その中でも自分にとって大事な作品なんですよ。モンゴルやチベットが大好きなので、NHKから音楽のお話をいただいた時に、もちろん即答しましたし、“ついに来たか”と思いました(笑)。
『茶馬古道』
その時、一つだけ条件を出しました。「僕を現地に連れていってください」という内容。実際に向こうの景色や空気を自分で感じて、音楽を作りたかったんです。ところが撮影チームから、「危険すぎて、責任を持てない」と断られました。お茶の交易のために何百年前に作られた道なんですが、標高何千メートルの崖の険しい場所もあって、馬ごと人が転落する事故もよくあるとのことでした。
──命にかかわるとなると、さすがに同行するのは難しいですよね。
結局、現地に行くことは諦めましたが、毎週、ラフに編集された映像が送られてきて、「音楽を入れる場所は、梁さんが決めていいよ」と言っていただいたので、脚本と映像を見て、音楽をつけていきました。その中には、五体投地(チベット仏教の礼拝方法。両手・両膝・額をつけての祈り)のまま、何千キロも離れた聖地ラサへ這いながら巡礼する修行者の映像もあって。“人間とはなんてすごいんだ”って、涙を流したり、驚いたりしながらの制作でした。そうした経験も含めて、自分にとって大切な作品になりました。自分が作ったというよりも、引っ張られたというか、作らせてもらったという感覚がありました。
「Asian Corridor in Heaven Main Theme」
──そうしたプロジェクトへの参加が梁さんの創作のモチベーションや、インスピレーションの源泉になっているわけですね。
自分では事後確認することしかできませんが、おそらく、そうなんだろうなと思います。
──最近の動きのひとつとしては、韓国・寧越(ヨンウォル)の「端宗文化祭」60周年記念テーマ曲として、「Rebirth」を制作されています。これは今年に入ってから作られたのですか?
今年の3月ですね。2027年1月に日本でも公開される映画『王と生きる男』で描かれている非業の死を遂げた若き王、端宗が15世紀に幽閉されていたのが寧越なんですよ。その王の魂を慰めるために始まったのが「端宗文化祭」。その40周年記念テーマ曲の依頼が来て、「Rebirth」を制作しました。なので、僕が映画音楽を担当したわけではないのですが、歴史背景は共通しています。
──「Rebirth」はどのようなイメージで作曲したのですか?
端宗の魂を現代に新しく蘇らせたいということで、「Rebirth」というテーマで作りました。音楽的には伝統的な楽器もピアノも入れて作りました。僕が担当したのはそこまでですね。
──アニメによるMVも素晴らしくて、「2026 MUSE Creative Awards」の「Platinum Winner」を受賞しています。
本来、計画にはなかったんですが、せっかくだからMVを作ろうということになって、AIを使って制作したら、受賞したとのことでした。
──登場するピアニストの演奏する姿や指の動きは、梁さんを彷彿させるなと思いました。梁さんがモデルとなっているのですか?
僕がコンサートで弾いてる画像をデータとして取り込んで、制作したようです。最初に見た時はびっくりしました。主人公は当時の王様の端宗だから若いわけじゃないですか。しかもイケメンとして描かれている。まさか、これを僕だと思う人はいないだろうけど、現代だからできるテクノロジーを使った表現ですよね。
──30周年の記念アルバムとして、『New Horizon』というアルバムを制作中とのことですが、どのようなことをポイントにしていますか?
これまでに活動してきた数々のことが結びついて、今があるということを踏まえて、30周年からまたさらに次に向かうことをコンセプトにしています。音楽もそうですし、人もそうですよね。さまざまな結びつきがあって、“New Horizon”に向かっていくんだろうなと。一見、関係のないことのように見えても、実はどれもがつながっていて、結果として今がある。年齢を重ねるにしたがって、そう感じるようになってきました。“unified”、連結していることがあっての今なのかなって。だから感謝の気持ちもありますし、今はその次に見えるものを探している状態ですね。
──アルバムに関して、今の段階で「こんな作品になりそう」と告知していただけることはありますか?
僕はピアニストなので、ピアノが基本にある作品ですよね。そして、僕の音楽の大半を占めているのは、シンフォニックなものなので、オーケストラのレコーディングもする予定です。
──アビーロードスタジオでもレコーディングされる予定なんですよね。
はい。これもありがたいお話なんですが、『新羅王京デジタル再現事業』という、新羅王京を3DVRで復元する国家プロジェクトに関わっていて、その音楽を担当しているんですね。かなり予算にも余裕があるとのことだったので、「アビーロードスタジオを使用したいです。そこで僕のアルバムも同時に制作していいですか?」と相談したら、快諾していただきました。
そうなんです。そういう“unified”がたくさん起こっています。自分の中でもそういう方法論を学んできた結果でもあるのかなと思います。2つの異なるプロジェクトのタイミングが合うと、“unified”が成立する。そして、それぞれ有効に活用して、その結果で得られるものをそれぞれで行ったり来たりして反映させられたら、お互いにハッピーになるんじゃないかなと思っています。
──そうした“unified”が可能になっているのは、梁さんの発想が自由で柔軟だからなんでしょうね。かつて『ECHOES』の制作で、「アビーロードスタジオで通用するように自分を維持しなければ」と考えたことが、現在でも実現しているところが素晴らしいですね。
アルバムに関しては、アビーロードスタジオだけでなく、日本、韓国のさまざまな場所で制作しています。基本は自分のスタジオです。もちろんピアノもあるし、スタジオ機材もかなりマニアックに追い込んでいるので、30年の節目として、それらの機材を駆使して、最終的なところまで自分で仕上げることにチャレンジしようと思っています。
──12月4日には、年末の恒例となった品川教会グローリア・チャペルで『Holly Piano Night』が開催されます。どのようなコンサートになりそうですか?
これまでは時期的なこともあって、品川教会ではクリスマスコンサートとして開催してきました。今回はあえて、クリスマスという枠に縛られないものがいいかなと考えています。僕が今見えているもの、目指しているものを、“New Horizon”というテーマのもとに、構成していくつもりです。当然、その頃には完成しているアルバム『New Horizon』の曲も演奏するでしょう。次に向けて、塗り変わろうとしている僕を皆さんに見ていただけたら。
そこもまだ未定なんですが、今のところ、潔くソロでやるのがいいのかなという方に気持ちは傾いています。どんなコンサートになるか、正直なところ、僕にもまだわかりません。なぜなら、今、塗り変わろうともがいている最中だから。生まれようとしている瞬間のものって、おそらくは二度と再現できないものだと思うんですね。だからこそ、ひとりでやる意味があるのかなと思ったり。
──スリリングな要素もある、貴重なコンサートになりそうですね。
これまでの30年と次に向けての今、その最大限をフル活用して、皆さんに“New Horizon”をお伝えできたらいいなと考えています。
──最後に、30周年以降の活動のビジョンについて、教えていただけますか?
僕は明らかに変わると思うんですよ。自分の内側でも“変わろうとしてる感”が蠢いているというか、もがいているというか、何かを生み出そうとしている予感がします。なので、先々、活動のペースや方式が多少変わるんじゃないかな。ただし、完全に予測できているわけではなくて、変わろうとしている真っ最中なので、自分でもどうなっちゃうのかが、とても楽しみです(笑)。
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