──エルスウェア紀行のライブでの編成は、アコースティック形態の“微光奏”、バンド編成での“遠景奏”の大きくふたつに分けられます。バンド編成のライブを始めたのは2021年からだそうですよね。
トヨシ “実家バンド”と呼んでいるベースの千ヶ崎学さん、ギターのqurosawaさん、ピアノのsugarbeansさんが集まったのが2022年です。錚々たる方々なので、千ヶ崎さんは「最初は70人だったよね。そこからどんどん景色が広がっていくのが楽しいよ」と軌跡を楽しんでくれていますね(笑)。
安納 サポートメンバーの存在は年々大きくなっていると思います。音楽の中だけで、あまり言葉がなくても充分に信頼できる嬉しさや背筋が伸びる感覚も好きですし、自分たちの人見知りな性質や栃木在住だったこともあって、これまで現場以外で何かすることはほとんどなくて。でも、出会ってからの歳月も長くなってきて、昨年から実家以外にもサポートメンバーが増えたり、メンバーふたりとも完全に都内に引っ越しをしたり。タイミングもあってか、ご飯やボウリングに行ったりすることも増えました。サポートメンバー同士自分が出演しないライブのリハにも遊びに来てくれたり…(笑)。
安納 大先輩も下の世代も同世代もいるので、たしかに家族感がありますね。長くふたりでやってきて、2024年までバンド編成でできるのは「夢幻飛行」のときくらい、年に1回程度だったんです。WWW以降は、バンド編成の頻度が増えたことでチャレンジしてみたいことの幅も広くなっていて。サポートメンバーの皆さんがエルスウェア紀行の音楽を愛してくれていることがありがたくて、自信になっています。
トヨシ それもあってSNSなどでアップしているライブ写真や映像は、サポートメンバーをフィーチャーしていることも多いかもしれない。
安納 エルスウェア紀行はメンバーの人数やパートなんかを知ってもらうまでに時間がかかるアーティストだと思うんですけど、わたしたちにとっても皆さんはメンバーに近い存在ですし、トヨシさんと自分を基盤にいろんな形態があるから、サポートの皆さんのことも知って欲しい気持ちがあるんです。同時に、エルスウェア紀行はやっぱり明らかにふたりなんだなとも思います。一見わかりにくくて掴みづらいかもしれないけど、ちょっと掘り下げてみると面白いと思ってもらえるかな、そうだといいなと思います(笑)。
──遠景奏の魅力のひとつに、バンドメンバーの演奏にプレイヤーとしての理論や技術だけでなく、衝動や集中力がほとばしっているところが挙げられると思います。おふたりをバックアップしているだけではないピュアな情熱を感じるんですよね。
トヨシ 千ヶ崎さんがリハのときに「“ギリギリ弾けるかっこよさ”ってあるじゃない?」とおっしゃっていて、その言葉が心に響きました。エルスウェア紀行で皆さんがそれをできていると感じてくださっていたら、それはとても光栄なことで。「こういうジャンルの楽曲だからこんな感じで弾いておけばいいだろう」というスタンスの方はいらっしゃらないですよね。
安納 皆さんのプレイから泥くささやむき出し感が届いてくる感覚があって嬉しいです。
トヨシ 今年の6月からは両翼ギター編成でライブをすることも多くて。
──「YATSUI FESTIVAL! 2026」「70号室の住人 LIVE!!!! THE GARAGE」と、遠景奏のギターにはqurosawaさんに加えて坂本遥さんが参加しています。
安納 (qurosawaと坂本は)同世代なので、ふたりの間に認め合いつつも良い意味でバチッとした空気を感じていて。三人のフロントラインで出せる熱も楽しいです。すごく当たり前かもしれませんが、演奏者が一人違えば全体の空気も変わってくる。「本当はバンドがやりたのでは?」と言われたりするんですが、微光奏と遠景奏は表現方法だけでなく自分たちから見える景色や焦点も違うので、二重生活のようで良いバランスがあります。毎回新鮮です。
トヨシ 微光奏の場合は会場の空調の音も聴こえてくるので、それを静寂の表現に使ってみたり。ギリギリまで音を小さくして演奏するという楽しみは微光奏ならではですね。
安納 今年3月にリリースしたメジャー1st EP『ghost walk e.p.』の「温度と一部」が、「決めきれない、言い切れないものを肯定したい」というテーマになったのは、エルスウェア紀行自体が決めきらない存在だということも影響しているんだろうと思います。微光奏では部屋で一人きりのときにしか出せないような顔や弱さも赤裸々にできて、遠景奏では遠くの景色を臨むカラフルで力強い歌が歌える。どちらも大事にしたいです。
エルスウェア紀行「温度と一部」Official Video
──「温度と一部」と言えば、今年2月に開催された「“strange town” 2025-2026」ツアーファイナルの日本橋三井ホール公演で、2人編成の微光奏の同曲で幕を開け、遠景奏の同曲で本編を締めくくったのも印象的でした。
安納 最初と最後が未発表曲かつ同じ曲というのは大胆すぎるかな?と思いつつ、微光奏でも遠景奏でも演奏することで、そのあわいにあるもの全部を肯定したかったんだと思います。
──日本橋三井ホール公演は「“strange town” 2025-2026」のツアーファイナルでありつつも、これまでの「夢幻飛行」と通ずる演出や、新しい試みもたくさん詰め込まれていました。やりたいことを一旦すべて実現させた公演だったそうですね。
安納 「夢幻飛行」ではこれまで『JET STREAM』のオマージュで、今は亡き祖父の声をアナウンスに使っていたんですが、だんだんと足りない言葉が出てきてしまって。録り直すことは出来ないので、日本橋三井ホールではAI音声を使いました。活動初期から頭の中にいくつかあった演出のイメージを、たくさんの人の力を借りて実現できたことが嬉しかったです。旅に必要な窓を吊るしたり、つなぎのSEで場面転換をしたり、さまざまな種類の光や街灯をステージに配置したり。ポエトリーリーディングのような口上を入れたのも初めてでした。
トヨシ 「strange town」ツアーはずっと微光奏で回っていて、ファイナルの日本橋三井ホールでは各地で演奏してきた微光奏で始まり、遠景奏に移る二部構成にして。ツアータイトルは「マイ・ストレンジ・タウン」という楽曲タイトルから引用したものなので、ファイナルではこの曲をボサノバ風のアレンジにしてみたり、何か仕掛けたいという気持ちはいつもあります。あとは微光奏と遠景奏をどちらもひとつのライブでやるのはあの日が初めてで、その結果ちょっと味を占めてしまいまして……。
安納 「マイ・ストレンジ・タウン」はエルスウェア紀行の始まりの曲で、“strange town”というワードも“エルスウェア紀行”と“夢幻飛行”に通ずるものがあると思っているんですよね。今年の「夢幻飛行2026」でも微光奏と遠景奏、どちらもやります(笑)。
──それはかなり盛りだくさんになりそうです。想像力をたくさん刺激されるだろうなと。
安納 日本橋三井ホールでは、抗えない終焉や諦めの奥にあるものについて書いた「ひかりの国」で微光奏を終えたあと、「ひかりの国」の音源を逆再生させたSEから”再生”をテーマに作った「ムーンドライバー」につなげたんですが、それに気づいている方がいらっしゃったり、口上の内容を考察してくださっている方もいました。「夢幻飛行2026」も、自由に解釈してもらえる公演にしたいと思っています。
エルスウェア紀行「ひかりの国」MusicVideo
エルスウェア紀行「ムーンドライバー」MusicVideo
──9月リリース予定の「雨と光線」も聴けるということですよね?
トヨシ そのつもりです。メジャーデビュー作の『ghost walk e.p.』は「地に足をつけずに、より実験的に自由なEPを作る」というコンセプトだったんですが、「雨と光線」はインディーズ時代の方式で制作していて。僕がレコーディング、ミックス、マスタリングまでを担当して、それ以外の全部を安納がやってくれています。『ghost walk e.p.』では封印していたエレピやコーラスをかけたギターも使っていたりと、地に足をつけていますね(笑)。
安納 音周りをトヨシさんに頼る分、アートワークを自分が作ったり、MVを監督と構想から作らせてもらったり。夢幻飛行のグッズや演出も含めて、メジャーデビュー前と変わらずできること全てに挑戦しています(笑)。二人で出来る最大のことをやろうというのは、とても大変だけどやり甲斐のあることですよね。時間をかけることで滲み出てくる味もあると思っていて、ミックスまではじっくり地元の栃木で作りました。
歌詞は「無添加」や「素直」のようなひとりの人間からの視点、生活に焦点を当てて書くことに向き合いたいなという感覚と、ここ数年考え続けてきた別れや悲しみとの手のつなぎ方の先に向かうような情景を重ねています。
──先ほどの「幌をあげる」の話に通じますね。背伸びをして先を見てみたいという欲求から生まれたものなのでしょうか。
安納 あまり順序立てて作った感じはなくて、はじめにあったイントロのリフと、溜まっていたメモ帳にある言葉を起点にして直感的に書いていきました。雨の音は、ある時はノイズに感じるけれど、穏やかなときには自分とじっくりと向き合える贅沢なBGMのようにも感じることがあると思うんです。ひとつ前に出した「温度と一部」では、アウトロに ”さよなら 風に流したらはじめられる” というフレーズを乗せていたんですが、その”さよなら”の先にあるものが、この曲の”あなたが教えてくれた 自分の中にある光を、今一人でも思い出せるよ”という感覚なのかなと思ったんです。
──となるとEX THEATERは、日本橋三井ホールと地続きでありながら、新たな景色を臨むライブになりそうですね。
安納 そうですね。「今回はどんな新しいものを見せられるだろう?」という思考をいつも持っているけれど、同時にそれは本質ではないなとも思ったり。EX THEATERでは「前回とここを変えよう」ということになるべく囚われず、肩肘を張らずにありのままでいる、よりニュートラルでいる、という新しさに挑戦したいです。自分の心の中に潜るのはある意味恐怖を伴うし、億劫でもあると思っていて。エルスウェア紀行のライブではそれが怖くない、それぞれが安心してひとりになれる空間を作りたいと思っています。そんな一人ひとりが集まると街になるんじゃないかなと思って、それは見たい景色だと思うんです。
トヨシ EX THEATERは安納と音楽をやり始めた頃に一緒にKIRINJIのライブを観に行った会場で、そこでステージに立つ千ヶ崎さんを観たんです。だからエルウェア紀行として、実家バンドで一緒にあのステージに立てるのは感慨深いなと思います。
公演としては、とにかく皆さんがお腹いっぱいになるライブをしたいなと思ってます。この公演に足を運んでもらっただけでも、エルスウェア紀行のライブに行ったことがある人生としてプラスになるものにしたい。まだ自分たちとEX THEATERでの公演が結びついていない部分もあるので、ちゃんと想像していかなきゃなと思います。安納はイメージできてる?
安納 尊敬する部分が変わらない信頼がありますね。任せられることがお互いに増えて、役割分担も年々はっきりしてきたなぁと思います。出会った頃なかなかわかりあえなかったお互いの感覚がいい具合に分かるようになって、一緒に音楽を作りやすくなってきたような。
トヨシ 僕らの共通言語として、よく「丸い曲を作りたい」と話しているんです。
トヨシ ちょっと言語化が難しいんですけど……。激しいテイストであっても、メロウなテイストであっても、丸い曲にしていきたいんですよね。僕が昔作ったものは四角くなることが多かったけれど、だんだん初手から丸いものを出せるようになってきて。
安納 確かにわたしが「四角すぎるかも」とか、「もうちょっと展開したい」とわがままを言ってぶつかったりしてたよね(笑)。
トヨシ それが新しいものを作るのにかなり重要なんだと思います。だから「少し泣く」以降プログレっぽい要素が入るようにもなってきて。
安納 少し背伸びをして、そこに追いつけるように力を尽くしながら前に進んできたから、きつい時期があっても(エルスウェア紀行に)飽きることはないよねという話を最近ふたりでしました。将来的に今のペースを維持できるかどうかは体力勝負ですね…(笑)。生きている限りは、どこでもない場所を旅する記録をつけ続けたいです。
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