
エルスウェア紀行 単独公演 「夢幻飛行2026」
2026年9月13日(日)EX THEATER ROPPONGI
この日のMCで安納 想(Vo/Gt)は「長く一緒に生活してきた悲しいことや苦しいことが、いつの間にか古い友人みたいな感覚になることがある」と話した。その言葉を借りれば、夢幻飛行2026でのエルスウェア紀行は悲しみも苦しみも、喜びも感謝も、人生という年月もすべて味方にした、大所帯の音楽隊だったのではないか。
2022年にスタートした「夢幻飛行」、その2026年版が9月13日にEX THEATER ROPPONGIにて行われた。エルスウェア紀行にとって過去最大キャパの単独公演となったこの日の公演はソールドアウト。
これまでの文脈を財産にして新たなフェーズへと進んだふたりがつくり出す、濃密な音楽を旅する一夜となった。
ステージに配置された間接照明が灯る。薄暗く厳かな空気のなか安納とトヨシ(Dr/Gt/Cho)が現れてステージ前方の椅子に腰掛けると、今年3月にリリースされたメジャーデビューEP収録曲の「for the unseen」を2人編成で演奏し、アコースティック編成の微光奏(びこうそう)セクションで本公演の幕が開ける。"子守唄"らしい同曲の妖しげで穏やかなトヨシのギターのアルペジオと、空気を多く含みながらも芯のある安納のボーカルが響く。
会場一体が明るくなると、ノ上(Pf)を加えた3人編成でカントリー調のアコースティック曲「いつか」を披露して柔らかな空気で会場を包んでいた。続く「まなざしはブルー」は前身バンド時代の人気ナンバー。安納もアコースティックギターを持ち、さらにトヨシが通称“足ドラム”を加えて鮮やかな音像を作り出す。アコースティックというカテゴリでありながらもグラデーションのように多彩な表現を実現させる姿は、"微光=微かな心の機微に光をあてる "という概念そのものだった。
安納は集まった観客に感謝を伝えると「ひとりひとりの夢幻に潜っていくような、わたしたちだけの音楽の旅をぜひ最後まで自由に楽しんでください」と話す。続けて歌い出したのは「ひかりの国」。"音のない 革命ののろしも 遠くへは届かない"という諦観を感じる歌詞とは裏腹に、3人の息を呑むような切実なアンサンブルで微光奏セクションを締めくくった。
演奏が終わると、リバース音が流れ、静謐な夜と旅立ちを彷彿とさせるインストへとシームレスに移行する。演出のなか“夢幻飛行社”を名乗る人物による出発のアナウンスが流れた。期待に胸が躍るのに呼応してステージはバンド編成の“遠景奏(えんけいそう)”へと変貌する。qurosawa(Gt)、千ヶ崎学(Ba)、sugarbeans(Pf)を招いた“実家バンド”編成が揃うと、メジャーデビュー曲「のびやかに地獄へ」でこのセクションがスタート。ローファイなサウンドからプログレッシブにオーケストラを従えた壮大なスケールへと変化するサウンドで、羽を広げるように出立を体現した。
続く「少し泣く」では躍動感に富んだアンサンブルで"まぼろしの銀河"へと景色を変え、この数年のあいだ安納が繰り返し口にしてきた「間に合う」という言葉が妖しげなサウンドとともに心を軽くする。ラジオニュースを彷彿とさせる不気味さのあるインタルードでつないだ「ムーンドライバー」では、照明の妙で星空や月が浮かび上がり、ロマンとタフネスが両立した歌声と演奏が心地よく広がる。"古い武器は捨てる"と歌うこの曲が作る新しい月に照らされ、ライブタイトルそのままに夢や幻のなかを漂うような感覚が全身を覆った。
ここで安納が冒頭の言葉を口にして「長く付き合ってきた悲しみや苦しみを思い出さない時間が続くと、心の中の誰かが寂しく思う感覚になることがあるかもしれない。ハッピーサッドという言葉がエルスウェア紀行の腹の底にある。悲しいまま幸せ、幸せなまま悲しい、ないまぜでも割り切れないままでもいいのではないか」と思いながら作った曲と、"ありのままの自分とはいったいどういうものなのだろう"と考えることがもうありのままの自分なのではないか"という思いをしたためた曲を演奏すること、そう思えたのは、頑固で臆病で、厄介な熱を持った自分のことを面白がってくれるメンバーのトヨシや仲間、リスナーのおかげであることを告げ、「素直」と「無添加」を続けて披露した。安納の声と言葉が一際ダイレクトに届くこの二曲はそれまでとはガラッと変わった身近なスケールで、隙間がありながらも緻密にうねり合うアンサンブルはプレイヤー一人ひとりの呼吸が聞こえてくる。
千ヶ崎学(Ba)がエレキベースからウッドベースへ、qurosawa(Gt)がエレキギターからアコースティックギターへと持ち替えるなか、2020年にリリースしたセルフタイトルアルバムに収録されている「タンタカタンロック」に触れ、安納は「すごく昔に飲食店でアルバイトをしていた頃、"鍛高譚"を知らずに聞き間違えから作ったダジャレのような曲。テーマのある楽曲ができていくうちに、この曲をいつ歌ったらいいのかわからなくなってしまったけれど、案外皆さんが愛してくれている」と、この機会にライブで初披露し、観客と一緒にサビを歌いたいと話す。一斉に歌う箇所の練習を呼び掛け、少しずつ観客の歌声が大きくなるとふたりの表情もこの日最大限に緩んだように見え、フロアとともに築くピースフルな時間だった。
続けて、ピアノとアップライトベースが織りなす気品ある長めのイントロアレンジから、音源とはまた違った顔を見せるジャジーな「マイ・ストレンジ・タウン」で瑞々しい浮遊感を作り出したと思うと、ここでステージはふたたび暗転。
天国の雑踏を想起させるSEに安納が口上を乗せ、一人弾き語りで「天国暮らし」のイントロを弾き始める。彼女がひとりで空からこの世界を見下ろすような、優しさと寂寥感がないまぜになった歌声とギターを聴いていると不思議な感覚になる。エルスウェア紀行は"天国"をさまざまな角度から描くが、この曲は安納の歌声と相まって一際寂しくあたたかい感触を胸の奥に残していた。
アウトロを終えると、間髪を入れずにトヨシのドラムソロへと突入。微光奏のライブではギターを弾いているトヨシの自認がドラマーであることをまさに実感するような、非常に的確で正確だが隅々にまでパッションがほとばしるテクニカルなビートに突き動かされて、観客もじょじょに胸の高鳴りを仕草で示した。
再び実家バンドのメンバーがステージに揃うと、鮮やかに「天才は今度」へとなだれ込む。突き抜けた音色を掲げて力強く駆け抜け、その後も「ロマンチックサーモス」「あなたを踊らせたい」と、シティポップの要素がありながらもプログレッシブな人気曲で色彩豊かな音を届けて会場のボルテージは最高潮に。実直に音楽と向き合うことでこの夜にたどり着いた、二人の歩みのたくましさと夢に溢れた演奏に、観客も賑やかなクラップを贈った。
エルスウェア紀行の中でも鋭さとしなやかさが随一の「冷凍ビジョン」、メンバー紹介から曲に入りバンドの新たな扉を開いた楽曲でもある「鬱夢くたしかな食感」を続けたあと、安納のアカペラではじまった「ベッドサイドリップ」は"悪い予感"を抱き締めるような切実さに溢れながらもバンドの化学反応に圧倒される。
ひと呼吸置いた安納が最新リリース曲「雨と光線」に触れ、"部屋の中で急かされるようなノイズに聞こえていた雨が、じょじょにひとりの世界に潜っていくための贅沢なBGMとして感じられるようになるまで"の情景をイメージした楽曲であると語る。そして、ここ数年「別れの先に何があるのか、悲しみと手を繋いだ先に何があるのか」と思いを巡らせながら曲を書いてきたこと、音楽を続けていく中で、そろそろ、その向こう側を書けるのではないかと思ったことをきっかけに制作したことを明かした。「自立とは自分の中にある良いところや光を自分自身で思い出せるようになることなのではないかと思った」と続け、「今日この曲を聴いて、これまで皆さんが人と関わるなかで教えられた自身の光の部分や、もしかしたら今夜の公演で見つけてくれた光をひとりのときにも思い出してもらえたらいいなと思います」と話した後、同曲の邦画サウンドトラック的なイントロダクションが始まった。
その後に続けた「温度と一部」は、テクニカルかつ熱のあるトヨシのドラミングやアレンジと変化していくリズムが印象的だが、強さと優しさが同居した佇まいでもって、言い切れないままでも跳ねるような景色を弾ける演奏にのせて描く。
「皆さんと作るこの夜は、間に合わないことや後悔があるなかでも消えないものだと信じたいと思って歌っていました。とても胸がいっぱいです」と、長きにわたり支えてくれる人々やたくさんの人の力を借りてこれまで続けてきたからこそ今日を迎えられたと話す安納。本編ラストの「とわの祭り」は、この旅が終わることへの寂しさの中に、今夜の公演が別れのない音楽であることを実感するような圧巻の演奏だった。
アンコールではまず、メンバーの安納とトヨシが二人で登場。トヨシが「エルスウェア紀行のバンド名の聞き間違えに(トヨシの)父の"ラファエルのりゆき"ラジオ局警備員さんの"エルスエアキコ"などがあったが、だんだんと知ってくださる人が増えた中で最近は正しく覚えてもらうことも増えた。しかし、新曲MVのコメント欄で発見したのが"ヘルスケア 健康"」と話すと「新しい聞き間違えを発見したらきっと教えてください(笑)」と安納。トヨシは年々長くなる単独公演に触れて「何度でも足を運んで欲しいけれど、何が起きるか、次があるかは分からないからお腹いっぱいやりたいと思っている」と話した。
ここでTVアニメ『アオのハコ』season2 の書き下ろしエンディングテーマ「blue in」を10月5日にリリースすることを発表し、同曲を初披露する。エルスウェア紀行ならではのなだらかさと切なさを帯びた、聴き手も様々な感情を寄せられるミドルナンバーにふたりの目が捉えた青春が詰め込まれていた。
そして、長らく「もっとドラムが叩きたい」が願いだったがしばらく遠景奏での公演が多かったことから今度は「もっとアコギを弾きたい」というトヨシの希望で決定したと笑いながら語った、微光奏で回る「strange town tour 2026-2027」と、遠景奏での「夢幻飛行2027」を東京と大阪の二都市で開催することを発表。
「strange town tour 2026-2027」はふたりの地元栃木県にある陽だまり保育園を皮切りに、名古屋の秀葉寺、京都の紫明会館、ファイナルの東京はヤマハホールを会場とした4都市4公演を巡る。微光奏ならではの選曲かつ編成は各公演で変化があるそうで、個性的な由緒ある会場で彼らの音楽を近距離でじっくり堪能できるツアーになりそうだ。
大阪での遠景奏での単独公演は「夢幻飛行2027」が初となるとのことで、ふたりも活動が新たな領域に広がることを喜んだ。
安納は「わたしたちはエルスウェア紀行として、奇妙であたたかい街を作れたらいいと夢見ながら明日からも活動していきたい」「夢幻飛行は年に1回なので、健康診断みたいにお互いの元気を確かめ合う約束にできたらなと思う、これからもいろんな場所で皆さんの顔を見られたらうれしいです」と告げ、トヨシは一言「来てね!」と満面の笑みで呼び掛けた。
最後は微光奏で登場したノ上(Pf)も加わり全員で「イマジン」を演奏し旅の終わりを告げる。再会を約束するような優雅なラストは、まるで"水の底を泳ぐ"ように隅々まで澄み渡る。
"どこでもない場所を旅する記録"というバンド名の通り、その時に浮かび上がるテーマや自分自身、互いの表現へ真摯に向き合いながら、歩みを止めることなく進むエルスウェア紀行。彼らの描く少し奇妙で美しい街は、彩りと深みを帯びながら大きくなっていくだろう。
support member
遠景奏
- Ba 千ヶ崎学
-Pf sugarbeans
-Gt qurosawa微光奏
- Pf ノ上 pic.twitter.com/6KIhytsDVM— エルスウェア紀行 (@elsewherekikou) September 14, 2026
SET LIST
01. for the unseen
02. いつか
03. まなざしはブルー
04. ひかりの国
05. のびやかに地獄へ
06. 少し泣く
07. ムーンドライバー
08. 素直
09. 無添加
10. タンタカタンロック
11. マイ・ストレンジ・タウン
12. 天国暮らし
13. 天才は今度
14. ロマンチックサーモス
15. あなたを踊らせたい
16. 冷凍ビジョン
17. 鬱夢くたしかな食感
18. ベッドサイドリップ
19. 雨と光線
20. 温度と一部
21. とわの祭り
ENCORE
01. blue in
02. イマジン


















