TEXT・PHOTO / 桑田英彦
サンタモニカ・ピアからコロラド・アベニューを北東方面に車で10分ほど走ると、ジャクソン・ブラウンが所有する『グルーブ・マスターズ・スタジオ』に到着する。今年の春にはLAメトロのエキスポ・ラインがサンタモニカ・ダウンタウンまで開通したので、スタジオの前を路面電車が通り過ぎる。駐車場にはジャクソン・ブラウンの愛車、トヨタのハイブリッド4WDが停まっている。古いレンガ造りの町工場のような外観で、もちろん看板などは一切なく、鉄製の大きなドアの横に小さなインターフォンがあるだけだ。中に入るとすぐに小さなキッチンがあり、たくさんのステッカーが貼られた大きな冷蔵庫が置かれている。ジャクソン・ブラウン自ら煎れてくれたコーヒーを飲みながら話を聞いた。
レコーディング、トラックダウン、マスタリングからツアーのリハーサルまで、ジャクソン・ブラウンはほとんどの作業をこのスタジオで行っている。ツアーで長期間ロサンゼルスを離れるときには、レンタル・スタジオとして他のミュージシャンが使用するときもあるという。
「スタジオ内は広いので、バンドでライブ・レコーディングも可能だよ。ベーシック・トラックの多くはバンドのメンバーが勢ぞろいして一発録音だね。すべてをデジタルでレコーディングして、トラックダウンでアナログに変換するんだ。そのサウンドが大好きでね。あとはエンジニアに任せるよ」
コントロール・ルームに置いてある自身のMacbook Proを見せてもらうと、YouTubeで伝説のブルースマン、マジック・サムの映像を集めていた。ジャクソン・ブラウンは大のブルース・ファンなのだ。
「マジック・サムは僕のアイドルだ。昔はこのような古いライブ映像を手に入れるには大枚をはたいたもんだけど、今は便利だね、検索するだけでほとんどの映像が手に入るんだからね」
ジャクソン・ブラウンの曲作りのアイテムは上の写真に写っているSONYのポータブルMDレコーダーだ。コンサートで日本に行った時、秋葉原で数台まとめて購入したという。いつでも数十枚のMDディスクが入ったケースとともに持ち歩いているという。曲のモチーフが頭に浮かんだらすぐに録音ボタンを押して記録する。MDディスクのインデックスには細かいメモが残されており、これを見るだけでどんな曲のモチーフだったかがわかるようになっているという。先日のツアーの時にホテルのベッドの上で録音したという素材を聞かせてくれた。アコースティックギターを爪弾きながら単語とハミングを適当に交えながら歌っていると、突然部屋の電話が鳴り、その会話も録音されていた。今一緒に暮しているガールフレンドからの電話だと教えてくれた。
ジャクソン・ブラウンは自分の書いてきた膨大な作品についてこう語ってくれた。
「今でもいつも新曲を書いて、現在、そして新しい時代に目を向けるようにしている。昔作った曲を聴くことはまったくないんだよ。その時代に自分が考えたことや疑問に思ったことを歌にしてきたから、昔の曲を今聴いてもあまりピンとこないんだ。ファンが喜ぶからステージでは演奏するけどね。しかし、若い頃に疑問に思ったことは、今でも変わらず疑問のままだな(笑)。世の中、何も解決していないんだよね。アコースティック・ギターだけでソロ・ツアーをやるたびに実感するけど、古い曲であれ新しい曲であれ、弾き語りでやるということは、つまりメロディと歌詞以外のものをそぎ落として演奏するわけだよね、すると曲の中にある時代に左右されない普遍的な要素が明確になってくるんだ。これが心地よいんだ。自分の原点回帰っていうか、自分の作品の価値や立ち位置がよく理解できるからね」
桑田英彦(Hidehiko Kuwata)
音楽雑誌の編集者を経て渡米。1980 年代をアメリカで過ごす。帰国後は雑誌、エアライン機内誌やカード会員誌などの海外取材を中心にライター・カメラマンとして活動。ミュージシャンや俳優など著名人のインタビューも多数。アメリカ、カナダ、ニュージーランド、イタリア、ハンガリー、ウクライナなど、海外のワイナリーを数多く取材。著書に『ワインで旅する カリフォルニア』『ワインで旅するイタリア』『英国ロックを歩く』『ミシシッピ・ブルース・トレイル』(スペースシャワー・ブックス)、『ハワイアン・ミュージックの歩き方』(ダイヤモンド社)、『アメリカン・ミュージック・トレイル』(シンコーミュージック)等。