女王蜂単独公演『強火』
2025年7月23日(水)東京ガーデンシアター(有明)
ニューアルバム『悪』を3月5日(水)に発売し、5月7日(水)東京から7月12日(土)岡山まで、全13本のリリースツアーを行ったが、そのツアーが始まる直前の4月30日(水)の段階で、もう新しいEP「強火」がリリースされている。その「強火」も『悪』のツアーで披露されたが、その後こうして改めて、「強火」をタイトルにしたアリーナサイズでのワンマンを行った、ということだ。全20曲で、『悪』からの7曲と「強火」、それ以外は歴代の代表曲で構成されたセットリスト。というのは、『悪』のツアーと同じくらいの割合だが、『悪』からの曲のセレクトも、それ以外の曲のセレクトも、大きく変わっていた。
白いファーの大きな女優帽をかぶり、客席に背を向けて立っているアヴちゃん(Vo)が、イントロ終わりでスッと振り向いて「油」を歌い始めてから、「いばらの海」を歌い終えてステージを去るまで、約1時間16分。アンコールはなし。
いつものように、その1曲目の「油」が終わって次の「ヴィーナス」に入るタイミングで、「どうもこんばんは、女王蜂です!」とドスの効いた声で挨拶したのと、曲間やイントロやアウトロで数度「ありがとう」と口にした以外、MCらしいMCはなし。
アヴちゃん、やしちゃん(Ba)、ひばりくん(Gt)+サポートメンバーのながしまみのり(Key)、山口美代子(Dr)の5人ともに、それぞれが自分のお立ち台の上で演奏していて(もしくは歌っていて)、そこから降りてステージ上を動き回ったりすることは、ほぼない。ライブのタイトルになっている「悪」(19曲目)の時、アヴちゃんがゆっくりと360度回転しながら歌う、という演出はあったが。
東京ガーデンシアターというアリーナクラスの会場であっても、ステージ上のメンバーを映すLEDビジョン(画面)は、なし。
ほとんどの曲と曲が、シームレスにつながっている。つながっていなくて曲間が空く時も、なぜここで空くのか、だから何秒空くのだ、という理由がある。つまり、曲の並べ方だけでなく、つながり方や空き方の一瞬一瞬までが、表現になっている。
中盤で披露した「BL」でアヴちゃんが去り、しばしインストゥルメンタル状態で演奏が続き、衣装替えを終えたアヴちゃんが戻って来てボーカルで加わる。次の「山狩り」を経ての「MYSTERIOUS」では、メンバーがはけてアヴちゃんひとりになり、バック・トラックと共にしばし歌唱。途中で衣装替えしたメンバーが戻って来て生演奏に切り替わった。
以上のいずれもが、言わば、「他のバンドのライヴではまずありえないが、女王蜂においてはいつもこう」で「普通」なことである。
なので、女王蜂のワンマンライヴをよく観ている方からすると、こんなふうに一項目ずつ箇条書きにすること自体が、ピンと来ないかもしれない。
「え、そうですけど? 知ってますけど。そんなこと今さら書かれても」というような。
ただ、一応、10年前にひばりくんが入って再始動した頃から女王蜂のライヴを観ていて、かつ普段から他のバンドもいっぱい観ている立場からすると、言いたくなるのだ。
これ、異様なことなんですよ? こんなライヴをやっているバンド、他にいないんですよ? いや、やりたいバンドはいるかもしれないけど、できないんですよ? 女王蜂にしかできない、ここでしか観れないものを、今我々は観ているんですよ? ということを。
「歌っている時だけでなく、イントロや間奏、あるいは音が鳴っていない時まで含めての、アヴちゃんの表情、顔の向き、腕の動き、両足の形、全身のフォルム。決まっていない瞬間が、一瞬たりともない。いつどのタイミングで観ても、すさまじく絵になっている。きっと、どの位置から、どの角度で観ても、そうだろう」。
「しかも『アヴちゃん個人が絵になっている』のではなくて、その瞬間の、他のメンバーや照明等まで合わせた、ステージ全体が絵になっているのだ」と、以前のライヴレポで僕は書いたことがある(こちら)。
2024年には、アヴちゃんの体調不良と休養というアクシデントがあって、心配したが、その期間を経て、失速するどころか、その特異としか言えない表現力に拍車がかかっている状態なのが、今の女王蜂だ、ということを、この日のパフォーマンスは表していた。
特に、メンバーも含めての一体感が、いっそう高まったように感じた。アヴちゃん以外の4人のうち、メンバーは2人で、あとの2人はサポート・メンバーであるという事実が、うまく呑み込めないくらい。「女王蜂をサポートするミュージシャン」ではなくて、「女王蜂」にしか見えない。キーボードのながしまみのりは、かなり長く一緒にやっているが、ドラムの山口美代子はまだ3年くらいなのに。で、ふたりとも、他の仕事もいっぱいやっているミュージシャンなのに。どういう仕組みになっているんだろう。演奏やパフォーマンスのしかたも、脳内も。
という、ワン・アンド・オンリーなライヴをとことん突き詰めてやっているバンドの場合、集まるファンのリアクションや、ライヴへの参加のしかたもそうなることを、女王蜂の現場に足を運ぶ度に実感する。
あの、最初は自然発生的に生まれた(なので、すっかり浸透してからも当分の間、女王蜂サイドはグッズでそれを発売することはなかった)「ジュリ扇を振る」という習慣。
あれは、前例のないステージ・パフォーマンスを目の当たりにしたオーディエンスが、どうリアクションすればいいかわからない状態だったところに、偶然、わかりやすい反応のしかたがひとつ提示されたので、みんな飛びついたのではないか、と思う。
この日も、開演から終演まで、東京ガーデンシアター超満員の客席いっぱいに、赤いジュリ扇が振られた。ただ、そんな状態でありながら、曲が終わって次の曲に行くまでの間の時に……普通、曲が終わったら、ドーッと拍手が湧いたり、歓声が飛んだりするじゃないですか。でも、曲終わりで、「このタイミングは拍手をしていいところ? しない方がいいところ?」という判断がつかなくて、曲が終わったのにシーンとした状態が続き、そのまま次の曲が始まる、という瞬間が、この日、少なくとも、二度あった。
そんなこと、他のアーティストのライヴでは起こり得ない。こんなアリーナサイズの会場なら、なおさらだ。そんなことが起こる異様さも、女王蜂というバンドのオリジナリティと、ファンがそれを正しく受け止めていることを表している、と感じた。
なお、女王蜂の次のワンマンライブは、恒例8月8日(金)の『蜂月蜂日〜08〜』、今年はZepp Haneda(TOKYO)にて開催となる。