──その後、ピンク・フロイドのライブは?
翌1972年3月に早くも2度目の日本公演が実現するんですけど、これもまたすごくてね。オープニングでね、ニック・メイソンの後ろからスルスルスルスルっと照明と思われるものが上がっていくの。で、てっぺんのところに赤い光がパーンと点いて始まるわけ。これがすごいの。誰も聞いたことない曲なんだから。
──新曲ですか?
『THE DARK SIDE OF THE MOON』なんだよ。
──ええ?そんなときに?
そうなんだよ。完全再現。
──『狂気』まるまる再現?
そうだよ!これからレコーディングするのを試してるわけよ。とにかく誰も聞いたことがなかった。石坂敬一(当時のピンク・フロイドのディレクター)さんも知らなかった。SEは足りなかったけど、1曲目なんかあのままだよ。でも前年に「エコーズ」をやっていたわけだから、何がきても不思議じゃないとみんな思ってたよね。すごく盛り上がっていたんだけど、誰もその曲を知らないっていう(笑)。
──すごいなあ。
すごいでしょ?タダモノじゃないですよ、あのバンドは。
──メンバーもまだ若いんですよね。
若い若い。初来日の時なんかギルモアは26歳くらいじゃない?着てるものだって普通のTシャツだったからね。でもあの世代って、ちょっとミュータントみたいな世界…つまり我々と同じ人間ではないかもしれない(笑)。ちょっと考えられないんだよね。想像つかないことをやっているからね。ロックの幻想性ってあの辺にあるんじゃない?
──ピンク・フロイドは私にとってもフェイバリットなんですが、唯一残念なのがデヴィッド・ギルモアとロジャー・ウォーターズとの確執…あれはなんとかならないんですかね。
ダメだね。あれは無理でしょう。ハイドパークでチャリティコンサート(2005年アフリカ貧困救済チャリティー・コンサート<ライヴ8>)を演ったとき、ギルモアにインタビューしたんですけど、彼が言ってましたね。「やっぱりダメだ」と。「ロジャーは仕切り癖が直ってない」って。
──そんな。
ロジャーは自分の思うとおりにバンドを動かしたくてね…協調性がないんだって。チャリティの時も、みんなが「そうじゃないだろう」って言っても、結局ロジャーが仕切ってね、ギルモアは「もうこれが最後だと、割り切って演った」というニュアンスのことを言ってました。
──もういい年なんだから、少しは丸くなって…。
ならないですよ(笑)。ロジャー・ウォーターズはイデオロギーの塊なわけですよ。自分のやりたいことを曲げないんだね。もちろんギルモアだって曲げない。だからお互いぶつかるんでしょう。僕はロジャー・ウォーターズの『ザ・ウォール』完全再現も観たし、<US+THEM>TOURもニューヨークで観たけど、『ザ・ウォール』は左翼思想が非常に強く出ている作品だし、「Pigs(Three Different Ones)」では映像にトランプとか出てくるわけ。トランプが赤ちゃんでハイハイしている映像とかね。明らかに反トランプで左的な思想をガンガン打ち出してくるわけ。ニューヨークでは反トランプがものすごくウケるけど、トランプが人気がある南部でもやってるんだよ。また、ラストベルト地帯…つまりトランプが選挙で勝った地域もね。もう、物投げられたりとか全然気にしないんだよ。
──じゃあまだまだ元気で、めんどくさい人なんですね。
めんどくさい。同じ時期にロンドンのロイヤルアルバートホールでデヴィッド・ギルモアを観たけど、ほんとにピンク・フロイドなんだよね。なぜかって、いろいろ意見はあるだろうけどピンク・フロイドの世界観って、ギルモアのギターの一音で決まるから。
──100%同感です。
あのストラトから出てくる独特なギルモアの音が「ピンク・フロイドだわ」っていうね。あれで決まるわけ。よく「ロジャー・ウォーターズがいた時代とロジャー抜けた後のピンク・フロイド、どっちが好き?」なんて論争になるんだけど、どっちかと言うと自分はギルモア派なんだね(笑)。どっち好きかってほんと難しいんだけどね。一緒になることはもうないわけだから。
──ないのか。
ないねえ。イデオロギーはロジャーだろうけど、ピンク・フロイドのスタイルを継承しているのはギルモアなんだよね。45年ぶりにポンペイの円形闘技場でライブをやるというような、スタイルとしてのピンク・フロイドを継承しているのはギルモアでね、ロジャーはそんなのは要らない。プロジェクションマッピングや最先端の技術を使って自分の思想を出して行くのがロジャー。それが合体していたのがピンク・フロイドだったと思うんだけど、そういった思想性がぐっと出てきたのが『アニマルズ』とか『ザ・ウォール』だよね。それまでの『原子心母』『おせっかい』『狂気』『炎』は、そこまで左翼的な思想じゃないからね。
──『アニマルズ』から露骨に思想が出てきましたからね。
そうなんですよ。あのあたりからバンドのバランスが少しずつロジャーの方へ置かれていくようになるんですよね。
──逆に言えば、それまでよくバランスを取ってこれましたね。
そうだよね。でね、リック・ライトが亡くなったでしょう?最後までギルモアのツアーでも弾いていたから、ギルモアに「リック・ライトってどういう人だったんですか?」って聞いたら、「いやあ、リックはとてもめんどくさい人で…」って(笑)。ピンク・フロイドはやたらめんどくさい人が多いんだよ。
──かもしれませんね(笑)。
ニック・メイソンは何も言わないけどね。キャラの強い人たちが集まっていたバンドだったんだな。でも1970年代は、それぐらいの個性がないとロックバンドとして成立しなかったんだよね。今はみんな仲良しで演奏しているけど、1970年代は「表現」してたんだよ。演奏するのと表現するのはアプローチが違って、頭から出てくるパルスの信号が違うんだ。表現者と演奏する人の違いが、1960年〜1970年代のバンドと1980年代、あるいは現代のバンドと決定的な違いじゃない?
──演奏の裏に表現されていたアートに、僕らは惹かれてきたんでしょうね。
そりゃそうでしょう、ロックってアートだからね。ロックの幻想性ってさっき言ったけど、高校生の頃には、これから自分が進んでいく先にすごい人生が待っているような勝手な幻想があって、そういう考えの中で歩んで来れたのは良かったかなって思うね。
ブリット・フロイドは原型にあるのはショー。「見るピンク・フロイド」
──今回来日を果たすブリット・フロイドが素晴らしいのは、本家にはできないこともできちゃうところですね。
ブリット・フロイドの前身は、ジ・オーストラリアン・ピンク・フロイド・ショーというピンク・フロイドのトリビュートバンドだったの。これが相当でかい存在でね、ウェンブリーアリーナとか1万人クラスでやってた。そこにいたダミアンというのが作ったのがこれなのよ。ブリット・フロイドはダミアンが自分がやりたかったことを具体化したもので、原型にあるのはショーなんだよ。だから「見るピンク・フロイド」なんだよ。
──みんなが見たいであろうピンク・フロイドを見せてくれるショーなんですね。
ピンク・フロイドが実際やっているのはショーとは違うんだよね。彼らのライブはショーではない。ショーとしてのピンク・フロイドを見せるという究極的に割り切って突き詰めたのが、このブリット・フロイドだね。
──そこにはデヴィッドとロジャーがいて、本家ではやってくれない曲もやってくれたりするという、夢を描いたショーなんですね。
そうだね。だってピンク・フロイドはもう演ってないからさ。というか、存在してないって言ってもいい。もちろん最近ピンク・フロイドのファンになったという人もたくさんいて、好きになったときにはピンク・フロイドは存在していなかったわけで、そういう空白感を埋めてくれるバンドのひとつがトリビュートバンドなんだね。ジ・オーストラリアン・ピンク・フロイド・ショーの時からそうなんだけど、ブリット・フロイドはマニアックでね、例えばギルモア担当のギターはギルモアと全く同じ機材セットを使っているんだよ。
──機材も全部?
もう全部。決して同じ音にはならないけど、近い音を出そうとしているわけね。そういうマニアックなところが面白いんだよ。ブリット・フロイドはショーだって言ったけど、演出的にはピンク・フロイドを超えている。演出って自分たちのプレイに合わせたものだけど、ブリット・フロイドはそれをデフォルメしてるわけ。ピンク・フロイド独特の円形スクリーンの中では、ストーム・トーガソンが作った映像が流れるんだけど、ピンク・フロイドが使っているアナログっぽい世界じゃなく、今のデジタルを駆使した「ピンク・フロイドは使わないでしょ」ってくらいの強力な映像を使うんだよね。
──それは見たいなぁ。
だからショーなんだよ。すごく曲に合った最先端のコンピュータグラフィックが流れてくるからね。彼らのショーは、3度目の日本公演…1988年、あのときのピンク・フロイドのイメージだよ。初期ピンク・フロイドじゃなくて、むしろロジャーがいなくなったくらいの今のギルモアのピンク・フロイドに近いんだな。セットリストもよく分析されている。
──人気作品のオンパレードですからね。
日本はトリビュートバンドって言うと「偽物か」って感じになると思うけど、トリビュートバンドに対する日本とヨーロッパの考え方には大きな違い/ギャップがあると思いますね。イギリスでは1万人動員とか当たり前でね、ピンク・フロイドのトリビュートバンドはアメリカ、カナダ、ヨーロッパにもいるけど、ブリット・フロイドが一番でかい。
──映像を見ると、その魅力がわかります。自分の知っている魅力をきっちりと再現してくれる気持ちよさがあります。
だからショーなの。ピンク・フロイドにはいない監督という存在がいてね、それがダミアンなの。ダミアンが総監督で、「ちょっと、そこ動き違う」とか指示を出す。ダミアンも自分の頭の中にあるコンセプトとピンク・フロイドへの愛がすごくて、もちろんみんなフロイドが好きで集まっているんだけど、スクリーンから何から全部の監督が演出しているから、変な話、映画っぽい感じもあるんだよ。ピンク・フロイドを素材にしたひとつの完璧なショーなわけ。演奏もうまいよね。
──これは見た方がいいですね。
そりゃそうでしょ。これはトリビュートバンドへの偏見の突破口となる可能性があるね。楽しみですよ。
PRESENT
Brit Floyd “40 YEARS OF THE WALL” In Japan 2020のポスターを3名様に!
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