……込み入った話になるんですけど、いいですか?(笑)
今の時代、特に将来のことを考えずとも大学に行けるし就職もできる。生きているだけなら深く物事を考えずとも毎日を進んでいけるので、空しい時代だなとも感じていて。でも生活するうえでいちばん大事なのは自分の心の声、自分のなかで燃え滾っている熱い気持ちだと俺は思っているんです。そういうものを出せる空間を作りたいし、自分たちの音楽を聴いた人も熱狂してほしい。熱くなりたいし、熱くしたい――そういう気持ちで音楽を作っています。
はい、そう思いますね。それを前は「熱狂」という言葉で表していたんですけど、「情熱とユーモア」という言葉のほうがしっくりくるなと。
昔は歌詞も音楽も、伝わらなくてもいい、自分らで満足できる音楽が作れたらいいと思ってたんです。でもメジャーデビューのタイミングで出した『PANORAMADICTION』の「フカンショウ」という曲が自分の想定してなかった層にまで届いて、パーソナルな想いや叫び、熱はちゃんと人に届くんだと知りました。届くんだったら、同じようになんとなくで生きちゃってた人や、流されて生きてきた人の想いを変えたいという想いが強くなってきたんです。
僕自身、バンドで生きていきたいと思ったのが大学生でこのバンドを組んだ時なんです。それまでは正直、やりたいことがあんまりなかったし、なんとなーく大学まで行ったところがあって。でも心のどこかで、やりたいことを見つけたい、将来についてじっくり考えたい気持ちはあったんですよね。
もし自分がやりたいことを見つけられてなかったら、「なんとなく」で職業を選んでいたかもしれない。もちろんそれでも生きていけるけど、1個1個の選択に意味があるほうがいいなと思うんですよね。自分の直感を信じてほしいし、めちゃめちゃ生きてると感じる瞬間を大事にしたほうがいい。
いや、でもそんなに真面目なものでも、信念でもないんです(笑)。ただ「なんとなく」で生きていくことが気持ち悪い。その気持ち悪さを避けたいんだと思います。「$UJI」は名前があるのに出席番号で呼ばれることの気持ち悪さ、なんでも無理してカテゴライズしたり決めつけられることの気持ち悪さを感じるから。あるひとつのものに決めつけられた瞬間に、それ以外の自分の持ち味や特技も捨てられてしまう。でもその捨てられるところに、その人の個性や面白さがあったりしますよね。簡単に言い表せられないことこそ、その人の味だと思うんです。
どれだけ親しい人にも表に出さない部分を誰もが持っていると思うんです。自分ひとりでいる時間で考えたり思うことはすごく大事だから、自然とそういうメッセージになるんだと思いますね。なんとなくで過ごすことや予定調和はラクだけど、そこにどれだけ抗えるかが表現だとも思うんです。
ああ、たしかにそういう考え方もありますよね。でも同じ曲を何度も演奏するのは、言葉と同じようなものだと思うんですよ。「おはよう」とか「お疲れさま」とか、毎日言う言葉だけどその時々で意味が変わってくるじゃないですか? ライブで演奏するのもそういうことなんじゃないかなって。その日の人と人との感覚を大事にしたいし、来てくれる人に歌いたい気持ちはすごく大きいです。