──6月末までMTR&Yのツアーが続いていましたが、新作『カンタンカンタビレ』はその合間をぬってレコーディングしてたんですか。
そういう感じですね。ツアーが始まる前はこれをずっとやってたんですけど。
──ツアー中、ライブのない日は休むよりもこのレコーディングをやるほうが楽しいですか。
楽しいとか楽しくないとか言うよりも…、もちろんこれは嫌々やってるわけじゃないから(笑)、基本的には楽しいんですけど、その空いた日にわざわざ予定を入れて遊ぶというのもなかなか面倒というか…、もっとたくさん空いたら話は違ってきますけど、そんなことはないですから。そういうちょっとできた時間にしっかりとやっておくと後で楽だという思いもあってやってるんですけど、でもじつは終わりはないっていうね(笑)。
──(笑)。以前、PUFFYのお二人や木村カエラさんにお話を聞く機会があったときに「奥田民生プロデューサーからはどういうことを言われましたか?」と聞くと、みなさん異口同音に「レコーディングというのは楽しいものなんだということを教えてあげるから、と言われました」と答えてくれたんですが、やはりレコーディングというのは楽しいものですか。
そうですね。仕事と言いながら、やってることは楽器を弾いたり歌ったりしてるわけで、遊んでるのと同じですから(笑)。
──(笑)、とは言っても、やっぱり仕事という背景があるので、遊んでばかりもいられないんじゃないですか。
曲を作ったり歌詞を書いたり、ということについては産みの苦しみみたいなものがありますよね。だから、そこはあまり楽しい作業ではないんですけど、それができて録音する段階になると…、そこはライブも同じですけど、もうやるだけですから、それはもう楽しいですよ。逆に言えば、その楽しいことをする前に、ちょっと苦労しないといけないということなんですけどね。
僕がいろいろ経験してきたことを伝えようっていう、そういう気持ちもちょっとあります
──実際、YouTubeで随時公開されている奥田さんの作業のようすは実に楽しそうですよね。
特にこの場合は本当のレコーディングよりも規模が縮小されているし、使う機材のくくりもある分シンプルですから、細かいことで悩むようなことにならないんですよ。例えば“この音色は…”みたいなことを気にしてもしょうがないというかね。そういう意味でも楽だから、やっぱり楽しいですよ。
──「使う機材のくくり」ということでいうと、ここでは例えば8チャンネルのレコーダーが使われていますが、そのくらいのチャンネル数で作業が進むのが僕らにもわかりやすいです。
そこは、例えば16チャンネルでもよかったんですけど(笑)、8チャンネルだとちょっと頭を使わないといけないというか、“これとこれを混ぜて、それからピンポンする”とか、そういうことを考えないといけなくなるわけです。そういうのも面白さのひとつなので、やっぱり8チャンネルというのはなかなかいいなと思ってますね。
──このレコーディングにおいては、奥田さんがプレイヤーでもありエンジニアでもあるわけですが、その形にもやはりメリットとデメリットがありますか。
それは、ありますよね。こういう多重録音というのは高校くらいからやってて、言ってみれば趣味ですから、バンドをやったりライブをやったりするのとは別の楽しさがあるわけですが、それでも自分で全部やってしまうと、自分の想像は超えないので、“いい感じでできたな”と自分で思うだけというか。でも、人と一緒にやったり、誰かにやってもらったりすると、自分が知らない刺激がありますから、“こう思ってたけど、それとは違うものができたな”ということがあったりする喜びがあるわけですよね。
──具体的に、例えばギターの録音の場面ではどうですか。
元々、録音の技術なんてなかったですから、ギターを弾いてるときには聴いてたのと録音すると違う、というようなことになるわけですよ。それが、いろんなエンジニアの人に録ってもらって、ちゃんと録音できてるなというときには勉強になるし、そういうことを重ねていくなかで、いい録り方というものが自分でもわかってくるので、もし自分ひとりでずっとやってきてたら、そんなに上達していない気がします。だから、ここで僕がいろいろ経験してきたことを伝えようっていう、そういう気持ちもちょっとあります。YouTubeで公開している映像を見てもらえばわかると思いますが、録ること自体はそんなに難しい作業ではないんです。大事なのは演奏そのものだったりするんですけど、レコーディングというのはこの程度のことなんだということもわかってもらえると思うんですよね。だって、ちゃんとしたレコーディングになるとやることがものすごく変わるかと言えば、そんなことはないですから。
──「大事なのは演奏そのもの」というお話もありましたが、この企画ではパートごとに演奏を録音している様子が紹介されるので、個人的には例えばタンバリンという楽器を演奏することの難しさ、大変さをあらためて感じました。
あれは奥が深いですよね。演奏するのは、むちゃくちゃ疲れるし(笑)。
──(笑)。そういう映像を見るにつけ、「カンタンカンタビレ」というタイトルとは裏腹に、そう簡単なことでもないぞと思うんですが。
とりあえず、やるのは簡単ですよ。簡単だからこそ、それをやる人間の力量が試されると言いますか(笑)、そういうものだと思うんです。音楽自体が。あるいは、演奏するということ自体が。そこで、僕は僕なりに培ったものがあるでしょ?というところは、確かに見てもらいたいところではあります。
──さきほど録音を楽しむためにはその前に苦労があるという話がありましたが、今回のアルバムは曲自体もいい曲が並んでいますよね。
これは、人のためにがんばった曲ばかりなので、いい曲です!そうしないと怒られるっていう(笑)。
──(笑)、人のために作った曲だと、自分の曲でも照れずに「いい曲!」と言い切るんですね。
いや、自分の曲でも言えますけど(笑)、やっぱり作ってるときの意識が“自分が納得できればいい”というのとは違うので。外を向いているじゃないですか。わかりやすくなってたり。ポップ・ミュージックということを考えれば、それは正しい方向だと思うんですよ。自分のをひとりでやるにしても、聴くのは他人ですし、外に向かないといけないんですけど、そのことが人のために作るほうがやりやすいということがあるんですよね。だから、このアルバム全体の出来がいいかどうか別にして、曲はいいですよ。
──(笑)、そういうふうに曲作りの段階でしっかりがんばった曲は録音が楽だなということはありますか。
1回、人のものになってる曲だから、その前に自分が作ってた段階とはもう曲自体が変わってるんですよ。だから、他人事のように、いい曲だなと思えたりするという部分もありますよね。それに、もちろん自分が書いた曲だから自分でもやっていいと思うんですけど、それでもあげた方たちに“すみません、ちょっとお借りします”みたいな気持ちもありますよね。だから、下手に料理できないぞっていう。