今年のテーマは「ひとりアカペラ」。多重録音した自身の声に合わせ、単独で挑む、究極の人力音楽ショー!
黒沢健一、年末、グローブ座。コアなファンならポップな三題噺のひとつも作れそうだが、今年も12月のグローブ座公演が決定。毎回、新しい趣向で掛け値なしのポップソングと真摯なパフォーマンスを提供してくれるこのステージの、今年のお題は「ひとりアカペラ」である。
「(2010年の)“V.S.G.P”のときに、『ノーザンタウン』という曲をひとりアカペラでやったんです。で、アカペラのスタイルをフィーチャーしたことってそれまでほとんどなかったから、そういうコーナーがあったりしてもいいよね、みたいな話は去年のライブの頃からしてたんです。ただ、具体的にオンステージでどう展開するかというのを、そのときにはうまくイメージすることができなくて。曲もあれ1曲しかなかったし。ところが、今年のステージの打ち合わせで、ひとりアカペラをメインにして何曲かやるのも面白いんじゃないかという話が出てきたときに、今回は“それは、面白そうだな”と思っちゃったんですよ(笑)。で、グローブ座のライブというのは、これまですべて人力でやってきたんですよね。ピアノの遠山(裕)さんと僕の歌とギターだけのライブというのを始めたのが2007年の夏で、それ以降はなるだけエレクトリカルな楽器は使わずに人力だけでどれくらいやれるかということにトライしてきたんですけど、アカペラというのはその究極の形なので、これはやる価値があるなと思ったんです」
そこで、アカペラのための新曲を書き下ろし、レコーディングまでやってしまうのは黒沢らしいところだが、今回のライブのタイトル“ALONE TOGETHER”と同じタイトルが冠せられたそのアルバムから伝わってくる、いかにも楽しそうな雰囲気が印象的だ。
「本当は、これまでに作った曲をリアレンジしたほうが見えやすかったんですけど、でも“面白いな”と思ってしまったらもう止まらなくなっちゃうんですよね(笑)。打ち合わせをしてるときから、アカペラのハーモニーが頭の中で出来ちゃってて。で、“アカペラだったら、ああいうスタイルの曲ができるな、ああいうスタイルの曲もできるな”と思ったときに、そういう曲がこれまでの自分のレパートリーになかったら、実際にそういう曲を作ってみんなに知らせたくなるんですよ。ただ、ひとりで何回も声を重ねて、アカペラ用にアレンジするという作業は実際のところかなり大変なんです。時間もかかるし。そういう具体的な大変さがわかってたから、ミュージシャンになってアカペラはやりたかったんだけど、自分の気持ちにストップをかけてたところがあるんです。それでも、アカペラでのステージというアイデアを自分のなかで“面白い!”と思ってしまったので、これはもうやるしかないなっていう。大変さよりも楽しみのほうが先に来ちゃったということですね」
そして、そのアルバムが伝える楽しげな空気感は、長年やりたかったアカペラ音楽に取り組めるという喜びだけでなく、そもそも自分で音楽を作り始めた頃の初期衝動的な高揚感も加わったものであるような気がする、と黒沢は言う。
「高校生の頃に戻ったような感覚でしたね。元々はこういう音楽が好きだったんだけど、当時はこういう50年代、60年代のポップ・ミュージックのコピーとかそれをベースにしたオリジナルをやろうというような発想はあまりポピュラーではなくて、だから自分で宅録でコーラスを重ねたりしてデモテープを作ったりしてたんですけど、その頃のことを思い出しました」
ただし、実際の制作作業はやはり試行錯誤の連続であり、また新しい刺激に満ちた作業だった。
「まずバンドとは違いますし、声を重ねるとは言ってもテナーとかバリトンとかソプラノとか、いろんな声を重ねるのではなくて、全部自分の声でやるわけですから、それでアンサンブルを作っていくと、確かにその音域は出てるんだけれども、低音域が足りないとか、トップの声が飛び出し過ぎてるとか、そういうことがあるんです。そこは録ってみないとわからないというか、スタジオで実際に組み立てたながら試行錯誤を繰り返すしかないんですよね。で、それ以前にアカペラとかドゥワップ・コーラスとか、ストリート・コーナー・シンフォニーと呼ばれる音楽というのは、黒人の人たちが楽器を買えないんだけどロックンロールは好きだから演奏したいっていうところで、声でベースのビートを刻んだり、本当はストリングスで鳴らしたいフレーズを声で♪ワー♪ってハモったりしながら街角で演奏し始めたのが大元なんです。そういう時代の、“楽器も持ってないしお金もないけど、とにかくこの曲を演奏したいんだ”というフィーリングを、曲に入れ込んでアンサンブルを作っていくということがすごく大事で、しかもそれがソングライターの僕にとってはすごくエキサイティングなんです」
年末のグローブ座では、その高揚感と熱い思いをそのまま体現するパフォーマンスが期待できる。そして、それは黒沢と同様に音楽が大好きな、あるいは表現への強い渇望を抱えた人たちへのメッセージでもある。
「僕はギターもそれほど上手くないし、最近はレコーディングでドラムやベースもやったりするけど、やっぱりそれぞれのプレイヤーの人にはかなわないし、例えばストリングスの複雑なアレンジをできるわけでもないんです。それでも、すごく音楽が好きで、いまはプロトゥールスみたいな便利な機材もあるし、そういうものも使ってなんとか自分の好きな音楽を作りましたよっていう。来てくれるお客さんのなかにもそういうことをやってる人はいるんじゃないかなと思うし、音楽でなくても何か表現したいなって思ってる人はたくさんいると思うんですけど、そういう場合に友達といっしょになってやるのも楽しいし、素晴らしいことなんだけど、例えばこういうやり方もあるよねっていうか、みんなもできるよねってことを感じてもらえるとうれいしいですね。自分がやりたいことを勇気を持って表現すれば、それはちゃんと伝わるんじゃないかなっていう」
ちなみに、ひとりアカペラ・アルバム『Alone Together vol.1』はこの日のライブ会場から販売開始とのこと。ライブで体験して、その興奮をCDでその夜には追体験できる。あくまで、音楽ファンがうれしいことを考え、実行してくれる黒沢健一である。
●インタビュー/兼田達矢
INFORMATION
■LIVE
ライブ2012 〜ALONE TOGETHER〜
12/29(土) 東京グローブ座
●NOW ON SALE
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黒沢健一オフィシャルサイト
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