
Psycho le CémuのBassとして活動を続けるseekが、自身初となるソロ・フルアルバム『白日をたゆたう雨虎、水に溶ける数列』を2026年10月7日(水)にリリースする。
Psycho le Cémuをはじめ、Mix Speaker’s,Inc.、MIMIZUQなど、さまざまな活動を通して独自の音楽性と表現を追求してきたseek。今回の作品では、全11曲の作詞作曲を自身が手掛け、Vocal & Bassを担当。これまでの活動で培ってきたベースプレイを軸としながらも、「ベーシストによるソロ作品」という言葉だけでは括ることのできない、seek個人の感性と世界観を一枚の作品へと凝縮した。
アルバムを貫くのは、seek特有の言葉選びだ。
「不透明人間」「稀代の鼠」「白濁に酩酊、泥濘の睡蓮」「夢みる心臓」「夜掴奇譚」「相食む」「月と黒猫」――。
古語や文学的な語彙、動物や身体を連想させる言葉、独特なオノマトペ、さらには日本語と英語を自在に行き来するフレーズ。それらは説明的に物語を伝えるためではなく、言葉そのものを音や映像として響かせるように配置されている。
たとえば『不透明人間』では「不透明」という言葉を人間の輪郭そのものへと重ね、『稀代の鼠』では排水溝を走る鼠の姿に、憎しみや悲しみを背負った孤独な存在を投影する。『夜掴奇譚』では「カンパネルラ」を合言葉に、夜・星・海・動物・音楽が次々と交差し、『相食む』では互いを覗き込み、齧りつき、絡み合う二者の姿を通して、人と人との距離そのものを描き出す。
そこには、意味を一義的に固定しないseekの詩世界がある。
そして、その幻想的な言葉の奥には、非常に個人的で生々しい感情も潜んでいる。
『永遠の微熱』で歌われる「何者かになりたかった」という焦燥。
『not a spell』で描かれる、言葉や約束に縛られながらも、自らの血と感覚を信じて飛ぼうとする意志。
そしてラストを飾る『行雲流水』では、言い訳や嘘、不確かな幸せを抱えた過去を吐き出し、雲や水のように形を変えながら流れていく。
幻想と現実。
美しさと滑稽さ。
衝動と静寂。
生と死。
相反するものを切り離すのではなく、すべてを同じ世界の中に溶かしてしまうこと。それこそが、『白日をたゆたう雨虎、水に溶ける数列』という作品の大きな特徴となっている。
音楽面では、seek自身のBass & Vocalに加え、deadmanのaie(Guitar)、西山小雨(Piano / Clavinet / Accordion)、lynch.の晁直(Drums)が中心となってサウンドを構築。
楽曲ごとに異なる表情を見せながらも、アルバム全体を通して感じられるのは、seekのBassを単なるリズム楽器としてではなく、歌と並ぶもうひとつの「声」として捉えたサウンドだ。
seekの言葉に寄り添い、あるいは言葉と対峙することで、11曲それぞれに異なる風景を生み出している。
また、本作では音楽だけでなく、アートワークも作品世界を構成する重要な要素となっている。
ジャケットデザインを三崎了が担当し小松陽祐が撮影を行なっている。
アルバムタイトルに含まれる「雨虎」「水」「数列」という、一見すると交わることのない言葉の組み合わせと呼応するように、アーティスト写真およびジャケットビジュアルも、現実と幻想の境界を曖昧にする。
音楽、言葉、写真、デザイン。
それぞれが独立した要素ではなく、ひとつの作品世界を形成するために重なり合うことで、『白日をたゆたう雨虎、水に溶ける数列』というアルバムそのものがひとつの「景色」として立ち上がってくる。
Psycho le CémuのBassとして知られるseekが、自身の名前を冠したソロ作品で見せるのは、これまでのキャリアの延長線上だけでは捉えきれない、より自由で、よりパーソナルな表現だ。
意味を探そうとすればするほど、別の意味が浮かび上がる。
言葉を追えば追うほど、新しい風景が見えてくる。
『白日をたゆたう雨虎、水に溶ける数列』は、そんなseekの言葉と音に身を委ねながら、一曲ごとに異なる世界を旅することのできる11曲入りの作品となっている。






