
オリジナル曲でやったのを初ステージとすると、僕は札幌の音楽の専門学校に通っていたので、学校で月に一回、定期演奏会みたいなのがあったんです。それが初ステージなのかな。4~5曲、30分ぐらいだったかな。対バンに松下(Gt.)のバンドがいたり、岩中(Dr.)はその当時から人気者で、いろんなバンドを掛け持ちしてやっていたり、出口(Ba.)は女性ボーカルのバンドをやっていたり。
その時、僕がやっていたバンドは2つあって。1つはドラムで参加したDragon Ashのコピー・バンドだったんですけど、学科はボーカル科なので「なんだ、あいつ」みたいな感じで。だから、他のモノブライトメンバーは「最初、ドラム叩いてたよね?」っていう印象だったらしく。そのあとに、僕がボーカルギターでオリジナル曲をやる、4人組のバンドを作ったのが、その初ライブのバンドです。だからそれ、出るのも観るのも学校の人たちだから、今のメンバーの3人とも観てるんです。壁際とかで斜に構えて(笑)。だから、やりづらかったですね。緊張もしてるし、もともと僕って、面白がられるけど、友達が多いわけじゃないから(笑)。でも、かましてやりたいっていう気持ちはずっとあって。圧倒的に自信もあったし。でも、何が自信あったかっていうと、当時出ていたバンドって、女の子だったら椎名林檎、男の子だったらAIR JAM系か、カジュアルなビジュアル系とか。その3パターンぐらいで、自分は洋楽指向だったから「お前たち、知らないだろう」みたいな。技術がどうこうよりも、そういう自信でしたが(笑)。
他のバンドで唯一良かったのが、松下がボーカルギターを担当していたバンドで。ポップさもあるけど、すごい硬派なロックをやるバンドで、僕は勝手に一目置いていました。こんなこと言ってたら、同級生がすごい怒りそうだなあ(笑)。まだ付き合いある人もいるし。「なんだこいつ、そんなことを考えてたのか…」みたいな。






