LUNKHEADは、来たる2019年に結成20周年を迎える。順風満帆とは言えない、むしろ紆余曲折の多いバンド・ヒストリーだが、彼らが今ここにいて歌い続けていることがすべてを肯定する。波乱万丈の過去と現在、そして19周年を締めくくる「road to 20th Anniversary」ツアーファイナル、12月8日の渋谷ストリームホールへ向けた決意を、小高芳太朗(Vo,Gt)、山下壮(Gt)、合田悟(Ba)の3人が語ってくれた。
──LUNKHEADって、結成記念日ってあるんでしたっけ。
小高芳太郎(Vo,Gt)
たぶん3月20日とかのはずなんですよ。
山下壮(Gt)
でも憶えてない。「この日に結成しました」というものはないです。
──高校卒業記念ライブで結成されたと、ウィキペディアには書いてある(笑)。
小高
ぬるっと始まったバンドなので。それ(高校卒業記念ライブ)で終わると思ってたもんね。
山下
一旦バラバラになったから。
──翌年、2000年に東京で4人が揃って、あらためて結成されたと。これもウィキペディアに書いてある(笑)。
合田悟(Ba)
合ってます(笑)。
小高
その時は、僕と龍(石川龍/Dr/2010年脱退)が1年先に来ていて、この二人が上京したてだから、気持ちがみんなバラバラで。一人で泣いてましたもん、熱くなっちゃって。
山下
東京に来てバンドやりたい、という気持ちが大きかったから。
小高
1年無駄にした感じがあって、やっとバンドできる!と思ったのに、二人は「お、おう」みたいな感じだったから。
合田
そりゃそうだ。出てきたばっかりなんだから。
小高
それから、こんなに一緒にいるとは思わんかったね。
山下
あっという間やね。
──そもそも、最初にやりたいバンドのイメージは固まっていたのか。
小高
いやあ、ひどいもんでしたよ。最初の頃はナンバーガールが好きと言いつつ、GRAPEVINEみたいな感じがやりたかったんですよ。歌もので、コードも複雑で。でも全員やりたい音楽が違うから、(山下)壮はハードロックとメタルだし、(合田)悟はレッチリのフリー・モデルのベースでチョッパーしまくって。俺は歌ものをやりたいから、ベースがルートを弾いてくれないと成立しないのに、ベンベンベン!だから。ライブハウスの人にも「何がやりたいのか全然わからない」って。
──あはは。そりゃそうだ。
小高
「こういうバンドを組みたい」という感じで集まったバンドじゃないですね。地元の同級生で寄せ集めという感じ。でも今になって言われるのは「同級生というのが一番の強みだ」って。音楽をやるために集まったバンドは結局続かないって言われたことがある。
山下
いろんなパターンがあると思うけど、確かにうちは同級生だからという感じはあるかもしれない。
小高
バンドの前に友達だから、こじれたとしても戻って来れる。それはいろんな人に言われますね。あと、田舎者というのはあるかも。考え方がゆるい。
山下
垢ぬけない。ダサイ。
小高
東京に20年も暮らすと、普通に言葉もしゃべれるけど、メンバー間でしゃべる時は「おまえ、何しよんよ」とか、地元の言葉になる。メンバーといる時に故郷を感じるし、ついこの間まで高校生で、学ラン着てつるんでたみたいな感じが、未だにずっとあるのがいいのかなと。
──20年をじっくり語ると20年かかるんで、大事なところだけ。やっぱり龍くんが抜けた時がターニング・ポイントだと思っていて、それまでは青の時代というか、試行錯誤の連続で、桜井(雄一)さんが入って以降は、バンドとして腹が座った感じがするんですよ。
山下
ちょうど20代と30代の分け目なんですよ。
合田
龍がやめたのも、そういう理由もあったし。就職するには最後の年だって。
山下
30前になると、考えるじゃないですか。僕は考えなかったですけど。
──考えなかったんかーい。
山下
でも20代の10年があって、次の10年はどうしようとか、ちゃんと考える人は考えるんだなと。そこで違う道を歩む人もいるし。
小高
20代は長かったな。23でデビューして、『ATOM』(2009年)までか。
山下
2009年に、渋谷公会堂でやったんですよね。
小高
30代はあっという間でした。バンドマンに限らず、かもしれないけど。デビューした時はいろんなことが初めてだから、良くも悪くも新鮮だったけど、30超えるとちょっとルーティンになってくるじゃないですか。ツアーして、アルバム作って、またツアーして、動員はだいたいこんな感じだろうなとか。
山下
リリースするたびに、ツアーに出るたびに、ジャッジされちゃうところがありますからね。でも「次こそは」という感じで、心折れそうになりながらも、お客さんや周りの助けがあってやってこれました。だけど、ずっと溺れかけとるよね(笑)。
合田
そういう意味では、よう続いとるよねって本当に思う。ツアーするたびに毎回思う。で、終わったら「ああ、良かった」と思う、それを繰り返してる。
山下
ここからまた本番だなという感じもするんですよね。売れる・オア・ダイ、みたいな。
小高
売れる・オア・ダイね。
山下
いよいよそんな感じがする。たぶん僕らの年代のバンドは、みんな苦しい時期ではあると思うんですよ。でも先輩バンドが「今は耐え忍んだほうがいい」と言ってくれたりするんで、小さな希望を掲げて、地に足をつけてやりたいなと思うんですけどね。
──それにしても。このバンドの音楽性は、だんだん激しくなってませんかね。ドラマーのせいかな。
小高
ドラマーのせいですね(笑)。
山下
まあ、すごいね。バタバタバタバタ!って。
合田
ずーっと鳴っとる。
山下
それが楽しくなってきちゃった。前はそういう感じじゃなかったから、「うわ、こんなのも行けるじゃん」って。
小高
そういう意味で、今の4人で最初に作った『[vivo]』(2011年)というアルバムは、音的には一番えげつないと思いますよ。メンバーが代わってぬるくなったとは絶対言わせねぇ!と思っていて、その時まだ桜井さんもイエスマンだったから「できない」とは言わなくて。テンポ210とかね。
──ドラマー殺しだ。
小高
今までできなかったことをやってみようと思ったから、一番ドスが効いてる。そこから音楽性がゴリゴリになって、男の客が増えました。男が増えたのは、みんなにうらやましがられますね。男はずっと好きでいてくれる、でも広めてくれるのは女だってよく言うじゃないですか。
──うーん。そうなのかな。
合田
間違いなくそうですね。
小高
女の子は地方にも来てくれるし、好きなものに投資してくれる。男はグッズも買わない。
山下
ボロクソ言いよるな(笑)。
小高
だって俺も、あれだけナンバーガール好きとか言いよるのに、買ったグッズはTシャツ1枚やもんね。
山下
あの、猫のやつでしょ。
──話を戻して(笑)。女子受けする曲書きましょうかね。無理かな(笑)。
小高
そんなことないですよ! 一番新しいアルバムの『アリアル』(2016年)に「木曜日」という曲があって、エッチな歌詞なんですよ。歌詞が書けなくて、メンバーに「お題をくれ」と言ったら、悟が「恋愛」と言って、壮が「のっぴきならない修羅場」と言って、のっぴきならない恋愛の修羅場を書いた。俺はだいたい自分の中身を吐き出す歌詞が多いんですけど、逆に完全に作った歌詞って、女性目線が多かったりするんですね。一人称を女性にしちゃうと、自分の中でストーリーが描きやすい。
──ほおー。
小高
“あなたのきれいな手が私の肌をつたう”とか、“私の中にいるその時でさえあなたが誰かを見ていたことも”とか、だいぶエッチな歌詞が書けて。めっちゃ女子受けいいですね。
山下
男目線の「のっぴきならない修羅場」だったら、二股がバレたとかだと思うんですよ。つまんないですよね(笑)。
小高
で、最後の歌詞は“あなたを捨てるね”で終わる。そこらへんも、女子的にはいいんだろうね。女子受け、したいですね。俺は別にモテたいわけじゃないけど、曲はモテてほしいじゃないですか。
──いいね。名フレーズだ。
合田
いや、俺はモテたい。
──あはは。そうか。
小高
そういう意味では、最近色気が出てきたって言われますね。それは意識してます。
合田
バンドが大きくなるのは、モテるということですから。そういう意味で、俺らにはモテが絶対必要なんです。そこはフロントマンが先陣を切ってもらわないと。