──今年4月に自主レーベル・syncokinを設立されましたが、どのような思いがあったのでしょうか?
インディーズであれば、例えば「曲ができました」となったら、こちらの裁量で時期なども自由にリリースができる。あとは、CDも引き続き出していくんですけど、今やCDってデータが入った、ただのプラスチックになりつつありますよね?それでもCDを買ってくださる方が、まだたくさんいて。だったら、物として魅力のある形で出したいと思ったんです。紙ジャケットにしたり特殊パッケージにしたり、インディーズであれば、そういうやりくりがこちらでできる。そういう自由度がいいなと思って、レーベルを設立する運びになりました。
──そして新レーベルの第1弾作品となる、アルバム『Steppin’ Out』が完成しました。2020年に始まったコロナ禍という暗闇を経て、ここから明るい未来へ飛び出していくような、希望の扉を開けて駆け出していくような、そんな作品に感じました。
嬉しいですね。いつもはテーマを決めずに制作を始めるんですけど、昨年6月に出した「Rainy Runway」の一節に「素敵な予感しかない」というフレーズがあって。それを元に『素敵な予感』というタイトルのアルバムを作ろうと思ったんです。曲はメロディアスで明るいサウンドが良いな、とか。歌詞は最終的にポジティブなメッセージが込められている内容に着地させよう、とか。あからさまにハイテンションな曲はないと思うんだけど、全体的なムードとして、聴いた人の気持ちが上向く感じというのかな。そういうことを心がけながら曲も歌詞も作ったから、結果的にそういうムードがアルバム全体に出ているのかなと思いますね。
──勝手な妄想かもしれないですけど、1曲目「Runner’s High」とラストの「Rainy Runway」は対になっていると思いまして。
確かに、“踏み出して、今度は駆け出した”という物語の続きな感じはありますね。そこは意図的にそうしたわけじゃないですけど、結果的に連続性を感じますよね。それがちゃんと1曲目とラストに来ているのが、良い感じに収まったと思います。
──振り返ると、東日本大震災のチャリティーシングル「あたらしい友だち」とか、コロナ禍でリリースした「再会」とか、世の中で起きた悲しい出来事に対して、高樹さんは音楽で聴く人の気持ちを軽くしたり、前を向くようなアプローチをされてきました。そんな中、今作はより言葉の持つ光の強さを感じたんですよ。なんでだろう?と考えたら、それだけ言葉選びとか紡ぎ方が、いい意味で分かりやすくなっているからかなと。
そうかもしれないですね。「なんでか?」って聞かれたらちょっと分からないですけど、確かにその感じはあるかもしれないです。言葉の紡ぎ方とか伝わりやすさみたいなことは、やっぱり近年意識しながら書いてるところがあるんですよね。「うまいことを言う」とか「巧みな比喩」で見せるよりも、グルーヴと一体になった時に、ちゃんと耳に入ってくることが大切だと思っていて。つまり音とグルーヴにふさわしい言葉を選ぶ、ってことですね。だから漢文みたいな歌詞はもう書かない、とは思っていて。それが伝わりやすさの要因じゃないかなと思いますね。
──「Runner’s High」で言うと、僕は「太陽が脱皮する 今日の日が始まる 身体中の血が駆け巡っているんだ」という歌詞が好きで。“新しい何かが始まる喜び”を、肉体的な表現で書かれていて素晴らしいと思いました。
文章としてはとても平易だし、「体中の血が駆け巡っている」という表現は他の曲でも僕は書いているんですけど、いずれも実感なんですよね。朝日を浴びるだけでパーっと体が起きる感じってあるじゃないですか。その感覚を素直に歌っている。太陽が昇ってくる時って、やっぱり皮が剥けてパーって、言うなればライチとか葡萄を剥いた時の感じなんですよ(笑)。
──分かりやすい。
それを僕はいつも感じていて。過去の曲にも太陽を果物に例えた歌詞があったから、そういうイメージも繋がっているのかもしれないですね。
──後半にかけての、演奏の盛り上がり方も素晴らしかったですね。
あれは、ドラムの伊吹(文裕)くんがすごいっていうね(笑)。あと、キーボードの宮川(純)くんも素晴らしいプレイをしてくれて。シンセの後ろのアンサンブルとか、何度も音を重ねてもらいました。「Runner’s High」に関しては、先に曲と構成が思いついたんですね。ゆっくり始まってテンションがだんだん上がっていく構成が、ジョギングをしている時の感覚に近いと思ったんです。僕は、外は走らなくて大体ジムのランニングマシーンですけど、いつもゆっくりなペースから始めて、ちょっとずつ速度を上げていって、30分ぐらいやっているのかな?そうすると、初めはかったるいなと思って歩き出していたのが、だんだん軽い走りになって、最後は結構なスピードになるんだけど、そのプロセスを経て走り終わる頃には、身も心もほこっとなっている。その感じが、この曲の構成と似てると気がついて。じゃあ、そのことを歌にしようと。
──2曲目の「nestling」についてですが、KIRINJIの楽曲でこのビート感は珍しい気がしました。
そうそう、やったことがないんですよ。どうしても16ビートとか、8ビートのミドルテンポになりがちなので、アップテンポの曲も作りたいと思って。この感じのビートって、最近よく聴くと思うんですよね。The Weekendもやっていたし、Harry Stylesもやっていて、じゃあ俺もやりたいと(笑)。「a-haの『Take On Me』みたいだね」と言われることが多いんですけど、リズムもそのものはThe Knackの「My Sharona」から持ってきているんです。ただサウンドが全然違うから、あんまりそう聴こえないかもしれないんだけど、それを自分になりにエレクトロニクスをいっぱい使って、こういうポップスに仕上げました。
──歌詞の内容としては、主題歌を務めているドラマの話に沿って書かれたんですか?
そうですね。『かしましめし』というドラマは、社会人にはなったけど、思うようにキャリアを築けないとか私生活がうまくいかないとか、色々な悩みを抱えている若者3人が、食卓を囲んでお互いの傷を癒しながら成長していく内容で。まさにそれを歌詞にした感じですね。大人になったけれども、大人になりきれない感じ。大人でも“雛鳥の巣”みたいな場所が必要なんだっていうことですね。
──ドラマの書き下ろしということですけど、アルバムの曲として聴いた時に、「Runner’s High」と呼応しているように感じました。
それはなんでですかね?
──なんか、空に飛んでいく印象なんですよ。
あ、そうですね。「nestling」は飛翔するイメージがあったし、「Runner’s High」も小さい飛翔を繰り返してるみたいなことですもんね。こっち(「nestling」)も空のイメージがあるから、歌詞のイメージに繋がってるかもしれないですね。