昨年8月に所属事務所から独立。その後も配信シングル「独立上昇曲 第一番」「Lighthouse」「落雷」をリリースし、奔放なクリエイティビティを発揮し続けてきた。
アルバム「器器回回」と独立後初となるツアーによって彼女は、アーティストとしての新たなタームに突入することになりそうだ。
最初は事務作業が慣れなくて(笑)。前のマネージャーの方に連絡して、いろいろ教えてもらいながらやってました。今は少数精鋭なので、そこはすごくラクですね。
アルバムに関しては、「ここらでまとめておこう」みたいな感じなんですよね。(独立後の)シーズン1が終わりそうだなというのが見えてきて。この1年、最初は右も左もわからないなかで作り始めて、やっと「やっていけるな」という段階まで来たのかなと。
やりたい放題でした(笑)。何があっても自己責任という状態はやりやすいし、向いてるなと思って。たとえば突然、ニューヨークでミュージックビデオを撮るとか(「落雷」)、バンドサウンドをベースにしていた伝統的な音作りから、現代的なものに振り切るとか。歌詞に関しても「この表現はどうなの?」と言われることがなくなって。それに従うことはなかったんですけど、それでも「こういう言葉は使わないほうがいいかな」と無意識のうちに避けていたワードもあった気がして。今はそういうことも関係なく、毎日が実験の連続みたいな感じで面白いです。
『グレート・ギャツビー』は以前からめっちゃ好きで。村上春樹さんが小説を書くきっかけになった作家の一人というのもあるし、私のなかには“あらゆる芸術家の原点、ルーツになっている作品”というイメージがあるんです。ギャツビーにずっと求愛している感じもあるんですよね。
「黒木さんは芸術と恋愛しようとしているんですね」と言われることがあるんですけど、私も「そうだな」と思っていて。しかもずっと振られっぱなしなんです(笑)。本当に捉われ過ぎているところもあるし、日常生活のすべてがそのためにあるというか。呪いみたいなものなんですけど、それはもう受け入れましたね。喉を壊しても諦められなかったんだから、私はこういう運命なんだなって。
「初期衝動は超えられない」という定説ってあるじゃないですか。「ロックバンドはやっぱりファーストアルバムがいい」みたいな。でも、そこに対する戦いをやめたら、音楽をやっている意味がなくなっちゃう気がして。たとえ勝てなくてもちゃんと挑まないとダメだなと思うし、9月からのツアーで「あたしの心臓あげる」を超えるような衝撃を与えられるような曲を作りたくて。サウンド的にも塗り替えられたと思ってますね。レコーディングもめちゃくちゃ楽しくて、ずっと「カッコいい!」って言ってました。
アルバム「檸檬の棘」のシークレットトラックに手紙のようなポエトリーリーディングを収録したことがあるんですけど、曲のなかに入れたのは初めてですね。今はギターソロを飛ばして聴く人もいるみたいなので、ポエトリーリーディングなんて飛ばされそうな気もするけど(笑)、商品としての完成度と自分が作りたいもののバランスを極めていきたくて。このパートはライブのテーマに沿って変えてもいいし、今後も変化していくと思ってます。
映像作家のウィリアム・タンにお願いしたんですけど、「2週間後にニューヨークに行くんだけど、パスポートが間に合うんだったら、向こうで撮らない?」と言われて。都内でスタジオを借りるのとニューヨークへの旅費は大体同じくらいだったので、だったら行こうかなと。ニューヨークのスーパーで落ち合って、そのままカメラを回して。すごく楽しかったです。
そうですね。最近、アナログシンセにハマってるんですよ。自分で好きな音色を作れるし、“同じ波形は二度と作れない”というのも好きで。それって声のレコーディングと似てる気がするんですよね。
2016年くらいに使っていた携帯電話のメモに、病院に向かってる途中のメモが残ってたんですよ。喉の調子が良くなかったんですけど、「壊れに行ってるのか直しに行ってるのわかんない」みたいなことを書いていて。パティ・スミスを聴いてたんですよね、そのとき。この先どうなっていくのかまったく見えてない時期で、「パティ・スミスだけが味方みたいな気がする」っていうメモもあって。あのときの気持ちを成仏させようと思って書いた曲です。
とにかく音の引き算をしようと思って。音圧主義への対抗というのかな。「音をかさ増ししたいから、弦を入れますか」みたいなことがすごくイヤなんです。「灯台」は王道のポップスアレンジだったんですけど、曲自体は気に入っていたので、別のバージョンで録り直したいなと。片思いの歌なんですけど、寂しければ寂しいほど響くこともあるじゃないですか。そういう雰囲気でやってみたくて、歌のレコーディングもーーブレスの音程も意識しながらーーすごく繊細にやってました。