ゾロリ、という感じで3人の男が現れ、満場の拍手が巻き起こる。その後に出てきた矢野顕子は、ピアノの横に立つと、それぞれの持ち場に陣取った3人の男たちを改めて得意げに紹介してみせた。そして、すでに十分なエネルギーをはらんだ会場の高鳴りは矢野がピアノの前に座ると静かな緊張へと変わり、やがてその張り詰めた空気を突き抜けるように矢野が「気球にのって」のイントロを奏で始めると、会場を包んだ静かなる緊張はそれこそ空に舞い上がっていく気球のように奔放な興奮へと昇華していった。
今年で20回目となった「さとがえるコンサート」は、去年に続いてTIN PAN(細野晴臣、林立夫、鈴木茂)との共演を軸に構成され、例えばはっぴいえんどでは大瀧詠一が歌った「抱きしめたい」を鈴木が歌うなど話題満載のステージとなったが、その現場に身を置いていた2時間半ほどの時間のなかでは、そうした「見出しになるような」エピソードも、スマホをかざしてデジタルデータに収めてしまいたい名場面の数々も、すべてはふくよかな音楽の夢の中に取り込まれて、終わった後ではただの幻であったようにも思えてくる。それは不思議な感触の手ごたえで、ただ心地が良いことだけははっきりしていて、あえてその理由を探れば矢野+TIN PANだけが生み出すことができる独特の酩酊感のせいだ。千鳥足で歩く人のようなスウィング感を、研ぎ澄まされたとしか言いようのない精度で表現してみせる彼らの演奏は、だからこそ春風に吹かれてつい口ずさんでしまう鼻歌のように心地よい。
そして、矢野のコンサートに行けば誰もが感じる歓びの感覚がかなり増量されているように感じられたのは、他でもない矢野自身がTIN PANと演奏することの歓びを満喫していたからだろう。もっとも、それは無邪気な嬉しさの感覚が上積みされたということではなく、TIN PANの3人との音楽的な敬意の交換を楽しんでいたのであって、だからこそ彼女はこの共演を「特権」と言ったのだと思う。アンコールの最後に、矢野に求められて「風をあつめて」を客席も含め全員で歌ったのは、いわば「特権」のお相伴にあずかったようなもの。程よい酩酊感のなかで満腹感までも味わった一夜だった。
SET LIST
2016年はソロ・デビューアルバム「JAPANESE GIRL」より40周年。
第一弾イベントとして、2016年春、東京・グローブ座よりシリーズライヴの開催が決定!
詳細は後日発表!
12月13日(土)NHKホールにて行われたコンサートを収録。
詳細は後日発表。
1月16日(土) 23:40〜 BSスカパー!
矢野顕子(2015.12月 Live Report)