ソロ活動5周年記念ツアー「今、俺の行きたい場所」
2024年10月1日(火)北とぴあ さくらホール
「ポケットに入るかどうかわからないけど、今日の時間を大事に持って帰ってください」
最後の歌を歌い終わった瞬間に、宮本がそう語った。その言葉に対して、盛大な拍手とともに、「ありがとう!」という言葉がたくさん飛び交った。宮本にとっても観客にとっても、初日公演が忘れられない夜になったのは間違いないだろう。『宮本浩次 ソロ活動5周年記念ツアー「今、俺の行きたい場所」』の初日、10月1日の北とぴあ さくらホール。宮本の"行きたい場所"の始まりの地点は、宮本が生まれ育った街、赤羽のすぐ近くにあるホールだった。つまり新たな音楽の旅の第一歩は、宮本の原点の地で刻まれたのだ。
ツアータイトルに"ソロ活動5周年記念ツアー"という語句が入っていることから考えると、これはソロ活動の"総集編"的ツアーでもあるのだろう。ソロでの5年間で発表した2枚のソロアルバム、『宮本、独歩。』『縦横無尽』と、2枚のカバーアルバム、『ROMANCE』『秋の日に』収録曲が軸となったステージだ。さらにエレファントカシマシの曲もいくつか加わっている。新曲の初披露もあった。"総集編"と書いたが、予定調和的なところは一切ない。驚きに満ちたステージになったのは、宮本の歌がこちらの期待をはるかに超えるものだったからだ。
オープニングナンバーが始まった瞬間に、歌の世界にグッと引き込まれた。恋に落ちた瞬間にも似た劇的な始まり方で、会場内にせつなさやいとしさ、ときめきが一気に充満していく。日常の中にある束縛から解放された宮本が歌を解き放ち、そしてその歌によって観客が解放されていくかのようだった。宮本がステージ上で解放された状態でいられるのは、バンドに全幅の信頼を置いているからだろう。メンバーは小林武史(Key)、名越由貴夫(Gt)、須藤優(Ba)、玉田豊夢(Dr)の4人である。2023年のコンサート「ロマンスの夜」と同じ顔ぶれが揃った。宮本は彼自身も含めて、"五人衆"との表現を使っている。この"五人衆"が腕によりをかけ、歌・アレンジ・アンサンブル・グルーヴ・音色にさらに磨き上げているのが今回のツアーなのだ。歌の世界と照明や映像などの演出による相乗効果を堪能する瞬間も数多くあった。
筆者は宮本のことを"歌う天才"だと思っていた。だが、思い違いであったかもしれない。彼は単なる天才ではないからだ。この日のステージを観て、天才であると同時に、とてつもない努力家でもあるのだと認識を改めた。歌えば歌うほど、歌が上手くなっているからだ。その傾向は特にカバー曲において顕著である。過去のソロツアーで、"なんて素晴らしい歌だろう"と胸を揺さぶられた歌声が、さらに高いレベルで表現され、昇華されていたからだ。歌はテストと違って100点満点で採点できるようなものではない。つまり、果てがない。宮本の歌う姿が、ゴールなき高みを目指す求道者のように見える瞬間があった。
カバー曲に関しては、愛とリスペクトを持って対峙し、その曲の持っている根源的な魅力を深く掘り下げて、丹念に歌の世界を紡いでいると感じた。時代もジェンダーもジャンルも越えて、普遍的な歌としての表現を探求しているのだろう。人を愛する気持ち、恋のときめき、大切な存在を失った悲しみなど、喜怒哀楽はすべての人間に共通する感情である。ともに喜び、ともに悲しむような宮本のヒューマンな歌声が聴き手の胸を強く打つ。しかも、勢いや衝動だけで歌っているのではない。何度も繰り返し歌うことによって、自身の歌の到達点を更新し続けているのだろう。自作曲に関しては、当然、誰よりも深く歌の世界を理解している前提がある。あとは、自己を解放し、まっさらな状態で、客席に渾身の歌を届けるのみ、ということなのだろう。
「名曲ばかりです」との宮本の言葉に間違いはない。ソロ曲、カバー曲、エレファントカシマシの曲が連続して歌われる場面があった。驚くべきなのは、曲と曲とが違和感なくシームレスで繋がっていて、共鳴しあっていたことだ。バンドの高度な演奏力と自在なアレンジとが、ライブ全体の流れを作ることに大きく貢献しているのは間違いないだろう。ソングライターとしての宮本の突出ぶりも見逃せない。宮本の"歌を届ける力"による部分も大きいだろう。歌うことに関しては"天才かつ努力家"だが、歌を届けることに関しては、宮本は"とてつもない天才"である。
"歌う"と"届ける"の違いは、表現するために使っている領域の違いと定義できるかもしれない。彼が歌を届ける行為は、歌声を発することだけではない。跳んだり、跳ねたり、しゃがんだり、ひざまずいたり、両手を広げたり、髪をかきむしったり、身振り手振りをしたり。つまり全身を使って表現している。なんとしても歌を届けたいという思いまでもが、彼の全身から伝わってくる。彼の歌には"全身全霊"という表現がぴったりだ。"我を忘れる"という言葉があるが、宮本は自我や自意識や雑念を振り払い、己のすべてをかけて、純度の高い歌を届けているのではないだろうか。
ツアーはまだまだ続いているので、個々の曲の詳細にはふれない。唯一、初披露された新曲の様子だけ伝えておこう。「初日、本当に素晴らしい! いちばん新しい曲を聴いてください」との宮本のMCに続いて、TBS『NEWS 23』のエンディングテーマであり、ソロでの約3年ぶりとなる新曲「close your eyes」が演奏されたのだ。宮本の歌と名越のギターと小林のキーボードでの始まり。宮本の歌声はどこまでも優しく響く。2コーラス目から須藤のベース、玉田のドラムが加わり、歌の世界が広がっていく。宮本の生のフェイクをループさせながらの歌。ライブだからこその演出も見事だ。この日の宮本のボーカルから、慈愛に満ちた温かさとともに、生命力のほとばしりの力強さも感じた。さまざまな要素が共存しているところに、宮本の歌声の懐の深さがある。音源で聴いた時よりも、リアルに響いてきたのは、宮本の歌を届ける力によるものだろう。天才にして努力家は、その天才ぶりばかりが表面化して見えることもある。宮本の歌声のエモーションのうねりに連動するかのように、一丸となってプレイするバンドも見事だった。
『NEWS 23』で流れることもあり、一日の終わりに聴きたくなる歌というビジョンに基づいて制作された部分もあるかもしれない。子守歌に通じる包容力や浄化するパワーも備えている。宮本がソロシンガーとして多くのカバー曲を歌ってきたからこそ、作ることのできた新境地の曲でもあるのではないだろうか。この曲の中には<新たな旅のはじまり>というフレーズがある。ツアーの初日公演で歌われることによって、始まりの予感をより強く感じる曲としても響いてきた。
この日のステージで、宮本が歌っている途中で、メンバーのそばに寄っていく瞬間が何度かあった。メンバーに対する敬愛と親愛の情の表れだろう。観客に対して何度も、「愛してるぜ」「いい顔してるぜ」「ありがとう」と感謝の思いを伝える場面もあった。この思いは一方通行のものではない。終演後も拍手と歓声とがしばらく鳴り止まなかった。実に麗しい旅の始まりだ。
宮本が行きたい場所に行き、一緒に演奏したいメンバーとステージに立ち、宮本の歌を待ち焦がれている人々の前で、歌いたい曲を思う存分歌うのだから、素晴らしいツアーにならないはずがない。ツアーは12月4、5日まで続く。宮本の歌はさらに進化・深化し続けるだろう。これから今回のツアーを観にいく人に、僭越ながらひとつだけアドバイスを送りたい。一生の宝物となるような思い出をたくさん受け取ることになるだろう。その中には水分(涙)が混じった思い出もあるかもしれない。胸の内側にあるポケットは大きくて丈夫なもの、そして撥水性に優れた素材のものを用意することをお勧めしたい。