カンザキイオリ2nd ONE-MAN LIVE「別れなど、少年少女に恐れなし」
2023年5月1日(月)LIQUIDROOM
KAMITSUBAKI STUDIOのプロデューサー・PIEDPIPERと出会って以降、カンザキはKAMITSUBAKI STUDIOの一員として、ひとりのアーティストとして、花譜のオリジナル楽曲を手掛けるクリエイターとして活躍するだけでなく、自身のセルフボーカル活動や小説などの創作にも意欲的に取り組んできた。この日繰り広げられた2時間にわたる公演も、様々な人と関わりながら創作を行ってきた、彼のこれまでの人生が昇華されていた。
紗幕に覆われたステージの奥にうっすらと4枚のパネルが下がっているのが見える。左から桜、昼顔、紅葉、水仙の押し花があしらわれたそれらは、美術館に飾られた絵画のように静かに、凛と佇んでいた。満員の会場が暗転すると、観客は息を殺してステージへと意識を集中させる。すると桜並木で浴衣を纏った骸骨の姿が紗幕に映し出され、カンザキによる短編小節の朗読が始まった。
創作を愛する死んでしまった“あなた”と、今もなお生き続ける“私”の物語。文面や語り口から想像するに、ふたりは年齢を重ねた人物だ。カンザキは物語に色をつけるように、紗幕の向こうでやおらピアノを弾き出した。春めいた言葉、絵、旋律を経て、桃色の照明のなかで彼が歌い出したのは「願い歌」。桜の押し花のパネルが照らされる。<春>が始まった。
本編は春夏秋冬の4つのセクションが設けられ、それぞれで3曲が披露された。ギター(大島健)、ベース(HAO)、ドラム(イノウエケンイチ)の3人のバンドメンバーとともに冒頭から鬼気迫るボーカルで一気に物語へと引き込むと、間髪入れずに「命に嫌われている」へ。焦燥感に溢れたバンドアレンジは楽曲に綴られた感情を生々しく映し出し、フロアもその音に突き動かされるように身体を揺らす人物、じっくりと聴き入る人物、クラップで喜びをあらわにする人物と様々だ。それだけ彼から生まれた楽曲は衝動性を孕んでおり、身動きが取れなくなるほど心臓を貫く力を持っていることをあらためて思い知る。
強い力を持っているのは彼のボーカルも同様だ。「結局死ぬってなんなんだ」では彼の歌声により歌詞の一言一句が心臓の奥にねじ込まれていくよう。なんなら彼がこの瞬間に歌に込めている感情は、自分の感情なのではないかと錯覚するほどの高熱がほとばしっていた。彼にとって表現、彼の言葉を借りるならば“創作”というものは、心臓を捧げるに等しい行為なのだろう。彼の創造する世界を旅するように、たちまち物語のなかへと落ちていった。
海辺で日傘を差した浴衣姿の骸骨の様子が映し出され、昼顔のパネルが照らされると、夏の物語の朗読が始まった。バンドメンバーの演奏が少しずつ厚みを増していき、「あの夏が飽和する。」「死ぬとき死ねばいい」「人生はコメディ」の“あの夏3部作”をメドレーで届ける。加速した物語は、一瞬で過ぎ去っていく夏のごとく勢いを止めない。蛍の明かりのように優しい歌声を響かせた「爆弾」、花譜の楽曲「花女」のセルフカバーと、高揚感を味方につけて色鮮やかに<夏>を彩った。
悲しみと激情に暮れた“私”の物語から始まった<秋>は、カンザキがギターを手にして「君の神様になりたい。」「アダルトチルドレン」など、人には明かしたくない本音を書きなぐるようにしたためた楽曲を歌唱する。その音と言葉は不思議なほどにたちまち清涼感で満ちていった。それは観客が、彼の嘘のない本音を歓迎していたからだろう。フロアから湧いたOiコールもクラップも、彼の歌とサウンドスケープをカラフルに照らす。「過去を喰らう」ではカンザキが頭の上でクラップをうながし、観客との心の結びつきをより強固なものにした。
“あなた”がいないことへの“私”の喪失感と肌を刺す寒さを綴った<冬>の物語から、マイクを手に握ったカンザキが歌い出したのは「ハグ」。つんのめるようなスピードに乗せてひりついた歌を響かせ、ラストの身体を振り絞ったロングトーンの迫力には観客も大きな歓声を上げた。自身の葛藤を包み隠さず刻んだ「ダイヤモンド」は泣き叫ぶようでもあり、決意表明のようにも響く。
すると朗読の物語はクライマックスへ。創作への愛と、少年少女のように好きなことをして好きなように生きてほしいという願いを叫ぶ。物語に登場する“私”は、押し花を作るのが好きだと話していた。花はこのライブや四季のモチーフであると同時に、生の象徴でもあるのだろう。そのとき湧き上がる感情や情景を詰め込む、その瞬間の自分自身を閉じ込める楽曲制作という行為は、摘み取った花をそのときの姿のまま残す押し花と重なる。どんなに年齢を重ねていても新しい世界へと踏み出そうとする人の心は少年少女で、どんなに離れ離れになっていても創作をしていればいなくなってしまったあなたとも通じ合える――それはカンザキの卒業という意味だけでなく、彼の人生のテーマのようにも思えた。4つの季節で描かれた物語を締めくくったのは「なぜ」。雪化粧、紅葉の色、夏の匂い、桜という歌詞に、これまでの物語が呼応するようだった。
アンコールは<巡る春>。“私”が少年少女の心で新しい一歩を踏み出した物語の朗読で再び春を迎えると、ステージの四季のパネルは4つ並んで照らされていた。花譜の「狂感覚」のセルフカバーでは、バンドメンバーと戯れるようにステージを動きアイコンタクトを交わす。ピアノの前に座り「不器用な男」を歌い出すや否やフロアからは歓声が湧き、創作への強い思いを綴った歌詞と、花が開くように紗幕に浮かび上がる淡い光は、この日起こった出来事にさらなる説得力を持たした。
「告白」を歌唱し、微笑むように観客へ“ありがとう”と告げると、紗幕に映り出されたのは右目がない少女の爽やかな表情。晴れやかな決意表明とともに“別れなど、少年少女に恐れなし”という言葉で物語を締めくくると、新曲「少年少女」を披露した。自分に言い聞かすように、そして目の前にいる同志とも言えるこの場にいる全員に投げかけるように歌う姿はとても凛々しい。彼の新章を感じさせる、エネルギッシュな楽曲だった。
バンドメンバーを紹介し、ひとりステージに残ったカンザキは手紙を取り出す。KAMITSUBAKI STUDIOへの答辞だ。時折言葉を詰まらせながら、数年間の歩みと感謝を丁寧に紡いでいく。
“もう簡単に逃げたりはしない。逃げ続けるだけの人生は、いまこの瞬間終わりにしようと思う。私があなた方に救われたように、私も誰かを救えるように。一人でも多く創作を届けられるように。少しでも寄り添い、共に生きられるように。誰かのそばにいられるように。そんな創作を目指し、躓きながらも歩いていこうと思います。私は別れなど何ひとつ怖くありません。創作を続ける限り、ずっとそばにいるのだから”
彼の口から告げられるたくましい言葉たちに、彼が卒業の決心を固められたことは、KAMITSUBAKI STUDIOと過ごした時間が掛け替えのない、充実したものだったからだと痛感した。“最後に、あなたが好きと言ってくださったこの曲で終わります”と言いピアノの前に座り弾き語りで披露したのは「青い号哭」。曲の途中からは、この日のライブに関わったスタッフとクリエイター全員のクレジットがエンドロールとして流れた。歌い終わり立ち上がった彼が最後に深く頭を下げると、フロアからは感謝を伝える言葉が飛び交う。ゆっくりと頭を上げた彼は名残惜しそうに、だが確かな足取りでステージを後にした。
するとその後、EP『少年少女』のリリース、新レーベル“IKIRU SHELF”の設立、カバープロジェクトの始動が発表された。青葉を揺らす初夏の風のようにフレッシュな話題に、彼の季節はもう既に春を越えていることがうかがえた。彼が苦しみながらも生き続けてきたなかで見出した“年齢など関係なく、門出を迎え新たに歩き出す人は皆、少年少女のように輝いている”という思い。それをテーマに、彼の生きる理由でもある“創作”で堂々と示した単独公演“別れなど、少年少女に恐れなし”。骨の髄まで誇り高く、生命力に漲った時間だった。
SET LIST
<春>
01. 願い歌
02. 命に嫌われている
03. 結局死ぬってなんなんだ
<夏>
04. あの夏が飽和するメドレー
05. 爆弾
06. 花女
<秋>
07. 君の神様になりたい
08. アダルトチルドレン
09. 過去を喰らう
<冬>
10. ハグ
11. ダイヤモンド
12. なぜ
<巡る春>
13. 狂感覚
14. 不器用な男
15. 告白
16. 少年少女 ※新曲
17. 青い号哭