德永英明「Hideaki Tokunaga Concert Tour 2023 ALL BEST 2」
2023年4月1日(土) J:COMホール八王子
オープニングVTRに続いて、德永がステージに登場すると大きな拍手が起こった。歌とピアノによるしっとりとした始まり方だ。コンサートが始まった瞬間から、憂いを帯びた德永の歌声に引き込まれていく。歌詞の良さとメロディの良さを際立たせる歌唱だ。コンサートは二部構成になっており、一部は耳を澄ませて聴きたくなる曲が並んでいた。バンドの精緻かつ丹念な演奏も見事だ。バンドは土方隆行(Gt)、松原秀樹(Ba)、渡嘉敷祐一(Dr)、坂本昌之(Key)という4人編成。德永が信頼を寄せている百戦錬磨のメンバーたちだ。歌とバンドのアンサンブルによって醸し出される濃密な一体感は、ステージ上の全員が歌心を備えているからこそだろう。“ALL BEST”という言葉のとおり、1980年代から2020年代まで、これまでの德永のキャリアの中から厳選された曲の数々がラインナップされたセットリストだ
初期の代表曲の数々も披露されたのだが、懐かしさよりもみずみずしさが際立っていたのは、どの曲にも作った当時の思いに加えて、2023年の今の思いが込められていたからだろう。リリースされた当時の曲の輝きが、時間を経ることによって、深みや柔らかみを増していると感じたのだ。例えば、1990年リリースの代表曲「夢を信じて」。セルフカバーアルバム『永遠の果てに~セルフ・カヴァーベストI~』での、ゆったりとしたテンポのAORテイストの漂うバージョンに則った歌と演奏で、包容力を備えた德永の歌声とニュアンス豊かなバンドの演奏が染みてきた。<明日へ走れ><破れた翼を胸に抱きしめて>といったフレーズに、胸を揺さぶられた。
『VOCALIST』シリーズの中からのカバーも何曲か披露された。観客からの反応も熱烈で、曲が始まるごとに「待っていました!」という、どよめきにも似た空気が漂った。德永がステージで歌うことによって、珠玉の名曲たちに新たな息吹が注ぎ込まれ、彼のオリジナル曲のように馴染んでいく。MCは少なめ、控え目だった。観客が聴きたい曲が数多く演奏されたコンサートであると同時に、德永自身が今歌うべきだと感じた歌がたくさん披露されたコンサートでもあったのではないだろうか。德永の歌声から歌うことへの強いモチベーション、歌う必然性を感じる瞬間が何度もあったからだ。ステージ上には照明塔も兼ねた5本の柱のオブジェが設置されていた。光の中で歌う德永に、惜しみない拍手と歓声が降り注いでいく。
休憩を挟んでの第2部では、アップテンポのナンバーが何曲か続けて演奏され、観客が立ち上がってハンドクラップで参加する熱い展開へと突入。德永がステージの上手や下手に行って、手を上げながら歌っている。シャウトもフェイクも自在。德永のボーカルの豊かな表現力を堪能した。バンドの演奏もダイナミックでパワフルだ。第1部と第2部との緩急の差も気持ちいい。大まかに分けるならば、“じっくり聴かせる第1部”に対して、“全員が参加して盛りあがる熱い第2部”といったところだろうか。バンドの演奏も白熱し、会場内に熱気が充満した。
「みなさん、マスク越しで『壊れかけのRadio』を歌えますか?」との德永の言葉に対して、観客が大きな歓声と拍手で応えている。コロナ禍を乗り越えてのこの日の「壊れかけのRadio」は特別な輝きを放っていた。德永の歌声に観客の歌声が重なっていく。同じ空間に集い、ともに歌うことのかけがえのなさに、胸が熱くなる。德永が会場の歌声に対して、拍手を送っていた。德永がコーラスパートを歌う場面もあり。德永の観客への思いと観客の德永への思いが混ざり合うことで、美しいハーモニーが鳴り響き、感動的な空間が出現。普遍性を備えた名曲が2023年春の希望の歌として響いてきた。
この後も名曲の数々が演奏された。困難を乗り越えていくべく、鼓舞してくれる歌、悲しみや苦しみを浄化してくれる歌などなど。アンコールでは德永がアコースティックギターを弾きながら歌う場面もあった。聴きたい歌、歌ってほしい歌が並んでいた。“ALL BEST”とは、ただ単に代表曲やヒット曲の集合体を表す言葉ではないだろう。コンサートの中で、德永は「ステージは聖地」と語っていた。聖地に立って歌うためには、強い覚悟や決意が必要になるに違いない。“ALL BEST”とは過去のベストを更新していくこと、そして今のベストを尽くすことだろう。全国ツアーの初日、新しい季節の始まりを告げるように、聖地は音楽という名の希望の光であふれていた。