七尾旅人 "Long Voyage" リリース・ツアー
2023年3月12日(日)LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)
Band Set:Shingo Suzuki(Ba)、山本達久(Dr)、小川翔(Gt)、瀬尾高志(Cb)、TAIHEI(Key)
ゲスト:大比良瑞希
七尾旅人が、最新傑作2枚組アルバムを携えた全国ツアー『Long Voyage Tour』を敢行中だ。『Long Voyage』は、コロナ禍以降に現れた最良の音楽作品の一つとして広く長く聴き継がれるべきアルバムだ。そこには自由なポエトリー、鋭い社会性を備えた物語、美しいメロディと歌、そしてフォーク、ロック、ジャズ、アンビエントなどを内包した豊かなサウンドがある。しかも東京、大阪、名古屋の3か所は、アルバムの完全再現ライブ。七尾旅人に加えて5人のメンバーにゲストボーカルを加えた大編成で、スタジオでの緻密な音作りが生で体感できる。見ないわけにはいかない。
「曲順にやっていきます。長い航海というこの作品については、一口では言いづらいんですが、いろんな人物を呼び寄せながら、思い描きながら、進行していく作品になっています」
アルバム再現ライブということで、いつもよりたくさんはしゃべれないと思います。そう言いながら真っ先に紹介したバンドメンバーは、Shingo Suzuki(Ba)、小川翔(Gt)、山本達久(Dr)、瀬尾高志(コントラバス)、TAIHEI(Key)。『Long Voyage「流転」』は、七尾の弾くギター、コントラバス、ピアノのトリオで。『crossing』は、ブラシを使ったドラム、オルガンを中心に繊細なアンサンブルで。1曲ごとにアイデアを盛り込み、色を変え空気を変える演奏が素晴らしい。特にコントラバスの瀬尾の、優美な音色から『入管の歌』のような過激なノイズまで、自在に奏でるプレーが耳を引く。七尾は椅子に腰かけて伸び伸び歌い、全体で一つの生き物のようなバンドの呼吸の中心にいる。すごい緊張感だが、雰囲気は不思議とあたたかい。
『ソウルフードを君と』は、アップテンポとスローテンポが混ざり合い、いくつものメロディが通り過ぎてゆく長く複雑な曲。それを6人が呼吸を合わせながら乗りこなすさまが圧巻だ。この日のステージセット、白い三角帆を張った筏(いかだ)に乗ったメンバーが、力を合わせて荒波を超えてゆく船乗りに見えてくる。曲中にアドリブで、メンバーの故郷のソウルフードを尋ねるのも楽しい。(富山出身のTAIHEIは8番らーめん。北海道出身の瀬尾はザンギだそうだ。)ちなみにこのセット、ツアー2日目の七尾の故郷・高知キャラバンサライのスタッフが装飾したもの。『リトルガール、ロンリー』の、星が降るようなミラーボールの演出も曲にぴたりとハマっている。傑作『Long Voyage』の世界を立体的に表現する、歌の向こうにたくさんの人の愛を感じる。
それにしても、本当にこのアルバムには名曲しかない。長くて重い、しかしとてつもなく美しいポエトリーブルース『Long Voyage「停泊」』の凄み。『荒れ地』の、ロックシンガーとしての驚異的なパワー。そしてスペシャルゲスト、大比良瑞希と共に歌う『ドンセイグッバイ』の、溢れ出して止まらないラブソングの叙情。社会性と批評性を帯びた楽曲の多いアルバムの中で、この曲の持つピュアな対人感情がひときわ沁みる。白い帆に映るミラーボールの輝きも実にロマンチック。
アルバムの後半、ライブの後半は明るいコードの曲が続く。ジャジィで軽やかなリズムを持つ『Dogs&Bread』で、アドリブのスキャットを繰り出す七尾はとても楽しそうだ。小川のスライドギターと歌で表現する「『パン屋の倉庫で』」は、七尾の自伝的歌詞とあいまって、幸せな結末の童話を聴くように心が和む。そして、TAIHEIの奏でる鍵盤ハーモニカの、柔らかくも悲し気な響きがいつまでも余韻として残る『미화(ミファ)』。ステージ上で演奏されたアルバムの全曲が、バンドによる再現性の高さと同時に、生演奏による自由な表現を得て、より深く強く届く。ライブを経て『Long Voyage』というアルバムの素晴らしさにより気づかされ、もっと好きになる。とても贅沢で素晴らしい2時間。
ツアーはまだまだ続く。時間が間に合えば、そして行ける距離ならば、ぜひ見に行ってほしい。東名阪以外のエリアでは、ソロもしくはデュオによる編成で、アルバムを中心に新旧の楽曲を織り交ぜて披露する予定だ。『Long Voyage』という大傑作を、一人でも多くの人の耳に。聴けば必ず心が震え、見ればきっと心が豊かになるはずだから。