日本が世界に誇る音楽家・坂本龍一が、本年度アカデミー賞で主演男優賞、監督賞、撮影賞の3冠を見事に獲得した映画『レヴェナント:蘇えりし者』の音楽を担当した。アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督との作業は「今までの監督の中で一番大変だったかもしれません」と述懐するが、「いつもは孤独な作業が多いので、映画製作の一部に関わるのはとても楽しいですよ。そこには普段は得られない興奮があります」とも。坂本龍一に話を聞く。
──イニャリトゥ監督はアコースティックと電子音楽の融合をとオーダーしたそうですね。ご自身では今回、新しい試みはしましたか?
技術的な新しい試みは特にしていません。ただ、映画音楽というと普通ははっきりとしたメロディーがあることが多いわけですが、今回は最初に電話があった時から「メロディーではなく、音だ。重層的な音の重なりが必要なんだ」と。だから、極力メロディーの要素は排しました。そういう意味では、ノイズの要素も多くありますが、全ては監督と相談の上で進めました。しかも非常にミニマルな音楽にしたいという、そこは今回、徹底していましたね。僕にとって映画音楽制作では初めての経験でした。
──映画を観て「主人公は自然だ」と思われたそうですね。どのようにイメージして、作曲しましたか?
たとえば、静かな森に入って行くとシーンとしているけれど、よく耳をすます静けさの中にまるで木の葉のカーペットのような、木の葉が重なることで生まれる音など、多様な音の世界がある。よく耳をすまして聞かないとわからないけれど、森にはたくさんの生物が息づいていて、そういうものの複雑な重なり合いが音になって森の底流にある。今回はそういう音響的なものを目指した側面はあります。ただ、イニャリトゥとの仕事は本当に大変でしたよ(笑)。
──イニャリトゥ監督は妥協をしないタイプなので、共同作業は大変そうです。
ええ、今までの監督の中で一番大変だったかもしれません。編集の段階で彼が仮でつけた音楽――既成の音楽をリファレンスとして持ってくる。その中には僕の音楽も入っていて、それらの目指すところは理解しやすいものでしたが、逆に言うと僕の想像力はそがれてしまうわけです。それを新たに僕が作る音楽で取り換えていくんですが、そこには高名なクラシックの曲もあって、過去に良質な演奏家により録音されたそれに勝たないといけない。負けてしまえばそれが使われちゃうことになりますから。そうなったら悔しいですよ(笑)。
最後まで大問題だったのは、一か所、チャイコフスキーの曲がリファレンスとして使われていて、そのシーンの曲は何度トライしてもダメだったんです。最終的にチャイコフスキーの曲になってしまいそうだったんですが、こちらもムッとしまして(笑)。とにかく僕の書いた曲の録音はしますよと、それを聞いて判断してくれと、少しケンカになりました。最終的にはチャイコフスキーに打ち勝って満足はしましたが、やり取りは大変でした。
ふたりの人間がいれば好みも考えも異なるのでぶつかりますけど、お互いに最大限のリスペクトを持ってやっていました。ただ、チャイコフスキー曲のところがあまりにも大変だったので、 “Trust Me(僕を信用しろ)“というTシャツを作ってプレゼントをしましたよ。苦笑いしていましたけど(笑)。
──ほかの作曲の仕事と比べて、映画音楽を手がける醍醐味は、何でしょうか?
いつもは孤独な作業が多いので、映画製作の一部に関わるのはとても楽しいですよ。そこには普段は得られない興奮があります。しかも、イニャリトゥのようなものすごい才能のある人と何かを作っていくということは、ほかには得られない刺激もあります。そして、僕自身も負けていられない。丁々発止でやらなくちゃと(笑)、とても刺激的です。
映画『レヴェナント:蘇えりし者』オフィシャルサイト
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インタビュー/写真:鴇田崇