じつは2017年に録音した曲なんですよ。当時はいろんなプロデューサーとやってみたい、才能を目の当たりにして吸収したいと思っていた時期で。王道のバラードだったら、本間昭光さんとリンクするかなと思ってお願いしました。
そうなんです。ただ、その頃は喉の状態がいちばん良くなくて、全然声が出なかったんです。つなぎ合わせて形にすることはできても、表現という段階にはまったく届かなかったから、みなさんに「歌えるようになるまで待ってください」とお願いして。今年に入って歌い直したので、結局、5年かかりましたね。
すごく変わりました。「ロマン」を書いたときは、他人のロマンに興味があったんです。あれから5年経って、デビューからの10年間を振り返って思うのは、「私自身もロマンを生きてきたんだな」と。今は自分のロマンに興味があるし、この先もロマンを抱いて生きていたい。新たにレコーディングしたことで、自分の話として落とし込めたのかなと。
「火の鳥」と「檸檬の棘」ですね。「火の鳥」は、迷いながら生まれ変わろうとしている曲な気がして。喉の故障があって、「でも折れない、負けない」という気持ちで作ってたんですよ。コンディションは良くなかったんですけど、それでも傷ついた喉で歌ったのが「火の鳥」だし、だからあえて歌い直さなかったんです。ここがどん底で、地を蹴ってどうにか離陸しようとしていて……。しばらくは低空飛行が続いていたんですが、「檸檬の棘」のときに小説、音楽、空間(ライブ)を自分で司ることができて、もう一段階上のレベルで黒木渚が覚醒した感じがあったんですよね。
それこそ濁流が激しくて、記憶が薄れてるところもありますね(笑)。特に「虎視眈々と淡々と」「君が私をダメにする」辺りはひたすらアウトプットの日々だったんですよ。膨らませた風船をパッと離して、そのまま飛んでいっちゃうような。さっき言った“光”を追い求めてる感じで、ひたすら突き進んでました。
デビューしたばかりの頃は、わかりやすいものが求められていた気がしていたんですよね。パッと見てわかるアイコンだったり、聞けばすぐわかる合言葉みたいなものだったり、みんなでリズムに乗れて、声を出せる曲だったり。親切なもの、ちゃんと説明されているものが受け入れられていたから、「自分が作るものとは反りが合わないかもな」と迷っていた時期もあったんです。でも、コロナ以降、世界がカオスを受け入れるようになってきた感じがあって。サブスクが浸透したり、SNSの発達も関係してるかもしれないけど、作品を読み解いたり、考察することに面白みを感じる人が増えたんじゃないかなと。それは私の得意分野なんですよ。作品のなかにいろいろなヒントを置いて、それを面白がって、興味を持ってくれる人がついてきてくれて。「自分が変わらなくちゃいけないのかな」と思ってたんだけど、そのまま受け入れてもらえるようになったのは嬉しいですね。
あと“音楽と小説”とか、複数のキャリアを持つことも当たり前になったのも大きくて。以前は「音楽家と小説家を両方やるって、中途半端だと思われるかも」という感じもあったんだけど、今はそれが重宝がられて。すごくラッキーだし、好きなことをやりやすくなりましたね。
もちろんベストアルバムを引っ提げるんですが、せっかく“100周年記念”というタイトルを付けたので、もっと幅を広げたくて。思うんですけど、私たちは自分の体を中心にして世界を見がちじゃないですか。自分のサイズを軸にしていろんなものを把握しようとするし、生きている時間のなかで前後関係を見ようとする。その枠組みをグチャグチャにしてみたらどうだろう?と思ったんですよ。“100周年”ということは、当然、10周年もやっているという謎の文系的なヒラメキからはじまってるんですけど(笑)、この10年だけではなく、前後100年を移動するようなライブにしたいなと。
そうですね。ライブに関しても、この10年でインフラ整備が出来た気がしていて。最初の頃は舞台のプロデューサーに入ってもらって、エンタメ性と自己表現のバランスを取ろうとしていたんです。「檸檬の棘」からは、補助輪を外して、さらにいろんなことを試して、そのなかでいろんな人に出会って。今回のライブは、その一区切りになると思います。
そう、いかに楽しく表現するか、いかに楽しく遊ぶために苦労してきたので。青春時代の棘も抜けたし、ここからは好き放題、遠慮なくやろうと思ってます。