自分としてはちょうどデビューして10年経ったし、そろそろ少し休ませてほしいなと思っていた時期でした。そのことを渡辺晋社長に相談したら、「わかった、でももう1曲だけやってみないか? それでだめだったら1年ぐらい休んで、勉強するなり外国へ行くなり、自由にしていいから」と言われ、歌ったのが「シクラメンのかほり」だったんです。その後エピック・ソニーの社長になった小坂洋二さんは当時僕のマネジャーで、彼が持ってきた曲でした。それがまさかのレコード大賞まで行ってしまって、結局、翌年もらった休暇は1週間だったけど(笑)。
「落葉が雪に」は、旅先で作った曲です。昔は全国を旅で回る時、だいたい10日から15日ぐらいかけていたので、その間に毎日、曲ができちゃうんですよ。「落葉が雪に」はヴァースもあって、すごく長い曲だったんだけど、CMソングになるというので、そこを短縮して歌部分だけ残してシングルで出したんです。
「君は薔薇より美しい」もCMソングだったけど、最初はミッキー吉野が、「ジャズを作りたい」という発想で書いた曲なんです。彼としては、レコーディング段階での音は、ものすごいジャズなんです。今聴いてもそんな感じはしないと思うけど、それは仕方ないところで、「霧の摩周湖」だって、平尾昌晃さんがカンツォーネのつもりで作った曲なんだから。時代とともに聴く側の印象はどんどん変わっていくからね。でも、この曲は変則拍子で、途中で3/4になるから、お客さんが手拍子できなくなる(笑)。ファンの人も良く知っていて、そこに来ると手拍子を休む。そんな難しい歌だから、面白いとは思ったけど、その後皆さんに愛され、歌われ続ける曲になるとは思っていなかったです。ですから、その後、Jazzバージョンというのを新たに作りました。スタン・ケントン・オーケストラとか、あの時代のポップなジャズにしたいな、と。そのJazzバージョンは、4月25日に発売されるデビュー55周年記念BOX『陽はまた君を照らすよ AKIRA FUSE 55th Luxury BOX』に収録されていますが、今回のステージでも発表します。
ザ・ピーナッツは僕のお姉さん的な存在で、彼女たちの前歌もやっていたし、憧れの存在でした。彼女たちの仕事に対する姿勢、寝る間も惜しんで音楽に向かう姿は、本当に素晴らしかった。何しろ30分の番組を作るのに4日ぐらいかけてリハーサルをするんです。歌を覚えて、ダンスも覚えて、コントもあって、ほとんど寝ないで臨んでいたんです。「俺もこのくらいやらなきゃダメなんだな」と当時思っていました。植木さんはハナ肇さんと並んで僕の兄貴分。そんな人たちとのデュエットですが、当時から一緒に歌ったりはしていたんですが、レコード化された音源はないんですよ。それで船山基紀さんにお願いして、新たにデュエット物として作っていただきました。船山さんは、乗ってくれると、すぐアレンジが完成しちゃうんです。ピーナッツも植木さんも、本当にすぐ出来てきちゃった。ただ、あの時代のレコーディングはチャンネルを歌と演奏で分けていないから、当然歌に演奏がかぶっているんですが、これを極力無くして、歌だけ抽出してもらったんです。これは凄いことですよ。
55周年のツアーが、去年の9月にスタートしたんですが、ショーの台本は渡辺プロ時代から、いつも自分で書くんですよ。それで、ツアーの内容は、モーツァルトのレクイエムで始まり、幕が開くと「上を向いて歩こう」をア・カペラで歌う、そういうスタートだったんです。でも、このコロナ禍のなかで、追加公演はもう少し明るいものにして、テーマとしては「Don’t worry,be happy」、まあ楽しく行こうよ、という気持ちで臨むつもりです。和薔薇、ってあるでしょう?
そう、和薔薇って普通のバラみたいな派手さはないけれど、でもちっちゃいトゲがあって、刺さるとチクッと痛い。だから見た人の想い出にチクッと刺さるような、そんなステージにできたらな、と思っています。50周年の時は、それこそほとんど全部オリジナル曲だけでステージを組みましたが、でも、今回はもう1歩先を見据えて歩き出したんだから、次に1歩出ようとしている布施明を見ていただきたいと。それこそ、トニー・ベネットなんて90代になってもレディー・ガガと共演しているし、僕だってまだ「この道は良かったな」と振り返るのは早いかな、もう少し先に行きたいな、と。この世界は、はかない芸事ではあるかもしれないけど、同じ時期を寄り添ってくれて、僕の歌にチクッと刺さった人はもちろんですが、若い人たちにも来ていただいて、彼らにチクッと刺さってくれて、この先5年10年と残ってくれるものになったら、嬉しいですね。是非楽しみにしていてください。