ハナレグミ 2018 ツアー ど真ん中
2018年6月21日(木) マイナビBLITZ赤坂
6月8日の宇都宮からスタートし、7月21日の大阪城音楽堂まで14公演に渡る『ハナレグミ 2018 ツアー ど真ん中』の5公演目となる東京公演が、マイナビBLITZ赤坂で開催された。梅雨の中休みの曇天だが、駆けつけたファンは皆、笑顔。即日ソールドアウトで満員御礼のフロアーに夏を予感させるボサノヴァが流れて、リラックスしつつも気分を高揚させる。ワンマンライヴは昨年末の東京国際フォーラム以来であり、特段、リリースに伴うツアーでもない今回。今、ハナレグミがどんなテンションでいるのか?そのことを確認するには今回のツアーは外せないと感じたファンが多かったはずだ。そして“ど真ん中”と銘打たれたツアーの真意とは?様々な想いや期待を寄せながら開演を待つ。
BGMが止まりSEが流れるとその曲に乗せクラップが起こり、バンドメンバーのYOSSY(Key)、伊賀 航(Ba)、菅沼雄太(Dr)、石井マサユキ(Gt)が登場、少し間を置いて永積 崇がひと際大きな拍手と歓声で迎えられる。「360°」の演奏を始めたバンドのグルーヴに乗り、開口一番“お待たせしました、ハナレグミです。ちょっとぎゅうぎゅうだけど、ゆっくりやりましょう。世の中早すぎるから、ここはゆっくり楽しみましょう”と挨拶をし、緩やかにライヴはスタート。冒頭からバンドの楽器一音一音の良さに、ほぼこの日の成功を予感してしまった。暖色系のライトがポツリポツリと灯る控えめな照明がステージをリヴィングのように演出し、日常の延長線上で歌い、演奏するような5人を柔らかく照らす。
様々な時期の作品をセレクトしながら、ひとつ軸のある世界観でライヴが進行していくのは、現在のバンドメンバーとのグルーヴが本人たち自身、気持ち良いからだろう。ヴィンテージなギターやピアノ、オルガンなど、楽器そのものの音が鳴っている。隙間の多いアンサンブルと、豊穣だった時代のアメリカンロックの乾いた匂いを想起させるアレンジが、東京の梅雨を忘れさせるようだ。
永積曰く“こんなことでもないと口パクじゃないってわからないでしょ!”という、ちょっとしたハプニングあり、かの名曲をイントロダクションで一節ラップしてオリジナル曲に繋いだり、身ひとつでシンプルこの上ないライヴを彼にしかできないエンタテイメントに膨らませてゆく懐の深さ。ツアー中なので詳述は避けるが、今後ライヴに足を運ぶ人は存分に楽しめるであろうタームだった。
カラッと明るいアメリカンロック的なブロックもあれば、じっくり聴かせる展開も見せる。もっとも長らく演奏されてきたであろう名曲「家族の風景」は、イントロのギターの単音だけで拍手と歓声が起きる。伊賀のアップライトベースから醸し出されるふくよかなロングトーン、星の明滅のような単音、しっかりした足取りのような菅沼のキック&スネア、そしてどこかゴスペルを思わせるYOSSYのオルガンがひとつのうねりを生み出して、体験的なアンサンブルに進化した「家族の風景」が立ち上がった。弾き語りからダビーな音像まで、実にアレンジのしがいのあるこの曲の深みを2018年のバージョンで堪能する幸せを噛み締めた。大きなグルーヴは、続く初期の名曲「音タイム」で、さらに増して、ザ・バンドの全盛期ってこんな感じだったのでは?といった妄想まで広がってしまった。それぐらい、人と人が生楽器で合奏し、呼吸を合わせて歌の世界を届けることの尊さを感じる演奏だった。
再び様々な時期のレパートリーからの選曲で、ハナレグミとともに、さながら音楽の旅をしているような心地になる。アメリカンロックの中でもルーツライクなものから、AORに近い洒脱なナンバーもあれば、スカでステップを踏んだり、フューチャーソウルやファンクで、さらにバンドの力量を堪能する場面も。しかし、そのどれもが必要最低限に削ぎ落とされ、5人のセンスが凝縮されているのが、なんとも心憎い。菅沼のドラムスタイルは時に閉じたハイハットがもっとも重要な役割を果たしていたりと、近年の新世代ジャズに通じる音のバランスが新しい。それはハナレグミの楽曲が究極、永積 崇の歌とギターで成立するからこそ、曲自体が色褪せないせいでもあるのだろう。音数は少なく、圧もない現代的なアレンジが新旧の楽曲をアップデートしている。まだこのメンバーで半分以上、ツアーが続くと思うと、もう何本かこのアンサンブルの心地良さを経験したくて、ライヴを観たくなるほどだ。
今回のひとつのハイライトとなったのが、「深呼吸」を永積がピアノを弾きながら歌った場面だろう。昨年10月にリリースされた最新アルバム「SHINJITERU」収録曲であり、是枝裕和監督の映画『海よりもまだ深く』の主題歌としても知られる楽曲だ。この曲を演奏する前に、永積は是枝監督の『万引き家族』のパルムドール受賞を讃え、自身も先日観たばかりだと話した。“淡々とした営みや、忘れてはいけない人間の重みが描かれていて素敵な作品……宣伝みたいになっちゃった”とジョークを飛ばしながら、是枝監督をして震えるほど感動させたという「深呼吸」を披露したのだ。《おーいおい ぼくがぼくを信じれない時も 君だけはぼくのこと 信じてくれていた》、この歌詞がここまでのライヴの流れや内容と相まって、胸に込み上げるものがあった。孤独、家族、旅。生きていく上で直面したり、自分の意図に関わらず存在するものであったりする様々な事柄や経験。誰もが自分の中で反芻するように静かに聴き入り、心からの拍手を送っていた。
ことさらシリアスになりすぎることはなく、ツアータイトルが示唆するように心の“ど真ん中”に命中するような歌を届けてきたハナレグミ。どんな毎日でもまた元気で会いたいね、そんな思いが「明日天気になれ」で体を揺らし、クラップし、踊るフロアーに現れていたのではないだろうか。
ハナレグミの“ど真ん中”。今、このタイミングでしか味わえない意志と最高の演奏を体験したければ、ぜひ8月7日の新木場Studio Coastでの追加公演に足を運んで観て欲しい。