2016年3月31日(木) 東京グローブ座
Text:兼田達矢/Photo:Susie
矢野顕子、ソロデビュー40周年記念企画の第一弾として開催された「ふたりでジャンボリー」。スペシャルなゲストを招いた濃密濃厚な5日間の模様をお届けします!3日目のゲストは奥田民生さんです。
矢野顕子デビュー40周年企画の第1弾として実現した“ふたりでジャンボリー”、その3日目のステージである。
“ジャンボリー”という言葉を聞いて、例えばスピッツのファンならツアー・タイトルにいつも用いられるこの言葉の意味を感覚的に理解しているだろうが、どちらかと言えば耳慣れない言葉だろうから、まずはその意味を辞書で調べてみる。「飲めや歌えやの宴会、お祭り騒ぎ」ということだから、とりあえず楽しそうであることは間違いないようだけれど、でもそれを“ふたりで”やろうと言うのだから、これはちょっと野心的かもしれない。あるいは、「なかなか豪気だね」と言うべきか。逆に、こじんまりと、だからこそマニアックに盛り上がろうという企みかもしれない。しかも、お相手が1日目は石川さゆり、2日目が清水ミチコ、3日目が奥田民生、4日目が森山良子、そして5日目が大貫妙子という、硬軟織り交ぜてというか、山あり谷ありというか、とにかく一筋縄ではいかなラインナップだから、ますます期待と妄想は膨らむ。なかで、唯一の男性ゲストである奥田が登場したこの日は、結果的にはいちばん男のロマンティシズムが滲むステージになったのではないか。この日のために作られた新曲のタイトルも「父」だったし…。
それはともかく、「野ばら」つながりとは言え、奥田民生の曲にシューベルトを織り込んでしまうのは、世界広しと言えども矢野顕子だけだろう。そんな粋な紹介を受けて奥田が登場してからの後半は、奥田の曲から4曲、それに新曲「父」と矢野の代表曲「ひとつだけ」という構成で、ピックアップされた奥田の曲について矢野が語るのはその歌詞から伺える人生についての深い洞察だったのだけれど、それでもふたりの共演でまず耳が惹きつけられたのは奥田が実直に刻むアコースティック・ギターのストロークと矢野の奔放なピアノが織りなす繊細なグルーヴだった。グルーヴという言葉から連想される、うねりのようなリズムの妙に「繊細な」という形容はイメージとしては結び付けにくいかもしれないが、しかしギターの音、ピアノの音それぞれの芯の太さは屈強で、だからその二つの音の絡みはやはりグルーヴという言葉がふさわしく思われる強度を持っている。ただ、その絡み方に互いの気持ちの繊細なやりとりが見え隠れするようで、そこがなんだかスリリングであり、また心地良くも感じられのだった。
もうひとつ、このふたりが共演すると、何が歌われているか以前に、その言葉の扱い方、あるいは言葉との間合いの取り方に気持ちが惹きつけられる。40年前に矢野がデビューした当時、例えば「天才少女の恐るべき鼻唄」といったコピーで彼女の歌唱は語られたわけだけれど、そこで言われる“鼻唄性”を歌詞の内容に歌い手の情感が引っ張られていないということと解釈すれば、その意味では奥田の歌唱もなかなかに“鼻唄性”が高い。そもそも、彼は歌詞が意味ありげであることをなるべく避けようとしているし、この日もMCで「えんえんととんでいく」の冒頭の歌詞について「♪渡り鳥だ/ただがんとして/闇の中を飛んでく♪っていうのは、渡り鳥が雁だったっていうシャレなんだけど、誰も気づいてくれないんですよね」なんていう話をして笑っている人である。自身が歌う内容に浸ることなど決してなく、むしろ程よく突き放してくれるから、聞き手はその歌詞の内容をフラットに受け取ることができるのだ。
矢野の歌にしても、この日の演奏で言えば、佐野元春の「SOMEDAY」とオフコースの「YES-YES-YES」の見事な換骨奪胎ぶりがただ気持ちの赴くままに歌う鼻唄のように語られたりもするわけだが、例えば「SOMEDAY」であまりに有名な♪SOMEDAY/この胸にSOMEDAY♪というサビの歌詞をいちばん最後までとっておき、そこまでの1番と2番のヴァース・パートの歌詞を暗示的な下降旋律に乗せて歌うことで、この曲の主題である希望に向かう気持ちに奥行きのある陰影を与えてみせる。あるいは「YES-YES-YES」の主人公のノンシャランとした恋愛観に相応のさらりとした、あえて言えばかなりニヒルな演奏で、聞き手のなかに「YES-YES-YES」というリフレインを印象的に響かせる。つまりは、歌唱ではなく演奏全体として、すごく歌詞の内容に即しているわけだ。だから、歌唱と歌詞の関係だけに注目すれば、矢野の歌もまた歌詞の内容をただ抱きしめるようなことは決してない。
そうした歌を聴いた後で、奥田が登場し、先に書いたような繊細なグルーヴに乗って、例えば♪太陽がてり/道を歩き/暗くなり/うちに帰る/虫が今日も土にかえる/色とりどり/ほぼ緑♪(「フェスティバル」)という歌詞を彼が歌うと、矢野でなくても胸がキュンとなる。矢野の言い方に倣えば、まさに「ジャンボってるなあ」という感じで、つまりこの二人の組み合わせだからこその表現で、最大限に拡大されたその歌の魅力をオーディエンスは受け取るわけだ。会場全体が“ジャンボった”のは、客席を巻き込んで「えんえんととんでいく」のサビを輪唱の形で延々と続けたシーンで、この日のクライマックスのひとつと言っていいだろう。「ひとつだけ」は、奥田が演奏後に指摘したように、忌野清志郎との共演バージョンがよく知られているわけで、確かに男性ボーカリストがこの曲を矢野と歌うのはなかなかにハードルが高いだろうが、奥田が歌えばやはり独自の“矢野&奥田バージョン”が生まれ、この名曲の新しい魅力を感じさせた。そして、あのオーケストラとの共演によるPVのイメージが強い「大迷惑」は二人の掛け合いも楽しい、いなせなロックンロールとなり、ジャンボリーの名にふさわしい楽しい締めくくりとなった。
「ジャンボリーというと、夜通しのキャンプファイヤーみたいなイメージ」と矢野はMCで語ったが、奥田と二人でアンコールに応えて「ラーメン食べたい」を披露した後、一人で聴かせた「グリーンスリーブス」のインストゥルメンタルは宴の果ての穏やかな夜明けを迎えるのに最適のBGMのように感じられた。
コンサートの終わりに夜明けを感じて、会場の外に出ると東京の街は春の宵。始まりの予感のなかで40周年記念コンサートの会場を出ていけるのは、いかにも矢野顕子っぽい。フランクな会話と濃密な音楽に満ちた、まさにジャンボリーな2時間だった。
2016年3月28日(月)★1日目★ ゲスト:石川さゆり、上妻宏光
2016年3月30日(水)★2日目★ ゲスト:清水ミチコ
2016年3月31日(木)★3日目★ ゲスト:奥田民生
2016年4月02日(土)★4日目★ ゲスト:森山良子
2016年4月03日(日)★5日目★ ゲスト:大貫妙子