インタビュー/長谷川 誠
“もうひとつの”という括りにすることで、自分のラブソングを見つめ直せるんじゃないか、新しいものが生まれるんじゃないかって。
──ニューアルバム『Anoter Love Song』はChageさんのセルフ・プロデュース作品です。共同プロデュースは過去にもたくさんありましたが、単独のセルフというのは珍しいのではないですか?
最初、自分で「久しぶりのセルフ・プロデュース」って言っていたんですけど、よく考えてみれば、初めてなんじゃないかって、途中で気付きました(笑)
──セルフ・プロデュースでやろうと思ったきっかけというと?
表題曲の「もうひとつのLOVE SONG」がきっかけですね。この曲が出てきたときに、セルフ・プロデュースで作りたいと思ったんですよ。自分が通ってきた音楽をChageというフィルターを通して表現してみたくなった。これまでは自分でプロデュースしようとすると、だいたいイギリス方面、4人組方面に行きがちだったんですが、そこはMALTI MAXやチャゲトルズでやっているから、今回は違うルーツを掘り下げようと。そこで、パッと浮かんだのが、オリビア・ニュートン・ジョンの『ザナドゥ』であり、『君の瞳に恋してる』であり、70年代末〜80年代前半のディスコだった。あのキラキラ感を2016年の今、再現したらどうなるんだろうってのが始まりですね。
──確かにキラキラ感が満載の曲ですね。同時にヒューマンな曲でもあります。「もうひとつのLOVE SONG」というタイトルも印象的ですが、この言葉はどういう流れで出てきたのですか?
自分の歴史をひもとかないといけないなって、過去を振り返って考えているときに出てきた言葉ですね。作品でもライブでもオレはラブソングというカテゴリーしか歌ってこなかったんじゃないかって思ったんですよ。60歳が近くなった今、改めて自分のラブソングというものを見つめ直そうかなって思ったときに、「もうひとつのLOVE SONG」が出てきた。それがすべての始まりですね。“もうひとつの”というのが僕にとってはありがたい言葉だった。“もうひとつの”という括りにすることで、自分のラブソングを見つめ直せるんじゃないか、新しいものが生まれるんじゃないかって。
──いろんなニュアンスを含んだ広がりのある言葉ですよね。
自分にとって、とてもポジティブな言葉だと受け止めています。ラブソングしか歌ってない人間が“もうひとつの”って歌うのが楽しい。アルバムの中でもいろんなラブソングを歌ってますし、そこを集約できたらいいなと思って作りました。
──この曲だけに限らないんですが、歌も素晴らしいです。歌詞が深く届いてくると感じました。歌う上でポイントにしたことはありますか?
改めて言葉を伝えていくということは、歌い手として意識しましたね。自分は歌を歌う人間ですし、プロデュースのひとつとして、自分の声は非常に大切にしました。エンジニアさんが僕の声の音域に合うようにカスタマイズして、オリジナルのビンテージマイクを作ってくれたのも大きかったと思います。もうひとつ、これは全曲に言えることなんですが、とにかく演奏が温かいんですよ。“Chage頑張れ Chage頑張れ”って、みんなが音で応援してくれていることを強く感じた。その愛情に誘発されて、こういう歌が録れたんだと思います。
今回、コーラスの素晴らしさをきちんと表現したかったんですよ。「CHAGE and ASKAっぽいね」って言われても全然かまわない。僕が歌っていますしね。
──コーラスもたくさん入っていて、その歌声もいいですよね。
今回はコーラスをたくさん採用させてもらいました。これまではあえてコーラスを抑えめにしていたんですが、吹っ切れたというか。コーラスも自分の通ってきた道のひとつですし、これまでにどんだけやったかわからないですから。コーラスの組み方、構成の仕方、音のぶつけかた、コーラスでどれだけ教わったか。今回、コーラスの素晴らしさ、人間の声が重なることの素晴らしさをきちんと表現したかったんですよ。「CHAGE and ASKAっぽいね」って言われても全然かまわない。その通りですから。僕が歌っていますしね。コーラスでは石橋優子さんが絡んできてますけど、ボーカルが絡み合っていくのはさんざんやってきた手法ですから。「迷い猫のシャッフル」は滝本成吾くんがアレンジしてくれたんですが、CHAGE and ASKAをすごくリスペクトしてくれて。いきなりコーラスの譜を書いてきて、しかもCAのコーラスに似てるんですよ。「いいですかね?」ってニヤッとしながら聞くので、「いいよ」って(笑)
──この『Anoter Love Song』にはCHAGE and ASKAの「夏の終わり」と「NとLの野球帽」のセルフ・カバーも収録されていて、音楽をしっかり伝えていくんだという意志を感じました。
いろんなことがありましたし、これからもあるでしょうけど、事実として僕はCHAGE and ASKAのひとりですし、これまで作ってきた音楽を後世に残していく作業はやらなきゃいけない。自分で自分の楽曲に蓋をするわけにはいかないですから。皆さんにこんな素晴らしい楽曲があるんだよ、こんなコーラスがあるんだって知ってもらいたいんですよ。「夏の終わり」はファン・ミーティングで歌ってほしい曲のリクエストを取ったときに、上位に来た曲だったんですよ。これはおもしろいなって。僕は完全に忘れてましたから。
──「NとLの野球帽」は2016年の今、ダイレクトに響いてくる歌になっています。
いつかやろうと思ってたんだけど、この時期で良かったですね。この曲に関しては、お客さんに育てられた曲、ライブで成長していった曲なので、お客さんへの感謝をこめて、恩返しをしたかったんですよ。アレンジをやってくれた渡辺 等くんにもその気持ちは伝えました。あと、「コーラスを重視してほしい。良質の映画を観ている感覚をサウンドで表しいほしい。時間は気にしなくていいから」ってお願いしたら、第一稿があがったときに、「8分越えそうです」「越えていいよ」って(笑)。今回はともかく自分のやりたいことを妥協することなく、全部やっていこうと思っていました。
──イントロから一瞬にして1969年の福岡の炭坑町へと連れていかれた感覚を味わって、鳥肌が立ちました。
等くんのアレンジ、見事ですよね。これまでたくさん歌ってきたんですが、作った当時は父親になっていないですから、子どもの側の気持ちで歌っていた。今回、息子が生まれて、親父目線でこの歌を歌い直すことができたのは大きかった。親父側の気持ちになって息子に歌っている部分もあって。オリジナルとはまた違う歌を録ることができました。
──昭和の時代を生きていた人間のバイタリティーがとてもかけがえのないものとして響いてきました。
こういう歌のパワーがいま必要なんじゃないですかね。僕がこの歌を書いたのは、大人がかっこよかったから。子どもが大人に憧れて、こんな大人になりたいと思って書いた歌を自分が親父になって、親父目線で子どもに伝えることができて良かったですね。
自分のアルバムのCDジャケットにクレジットでボブ・ディランという名前が入るんですよ。こんなご褒美はない。
──ボブ・ディランの「Make You Feel My Love」のカバーも深く染みてきました。この曲をやることにしたいきさつは?
作詞家の松井五郎から「こういう歌詞を付けたんだけど」って、この曲の日本語の訳詩を見せてもらったのが始まりでした。その歌詞が素晴らしくて、グッと来ちゃって。「ディナーショーで歌っていい?」って聞いて、昨年年末のディナーショーで歌ったら、すごく気持ち良かったんですよ。なんなの、このハマリ具合の良さは?って。それでアルバムにも入れたくなった。とは言え、日本語の歌詞を付けたわけで、ボブ・ディラン・サイドからの許可を得るのは難しいだろうと思ったんだけど、ダメ元でユニバーサルにお願いしてたら、通ってしまった(笑)。自己満足かもしれませんが、自分のアルバムのCDジャケットにクレジットでボブ・ディランという名前が入るんですよ。こんなご褒美はない。音楽をやり続けてて、良かったって思いました。
──この『Anoter Love Song』というアルバムにぴったりな曲でもありますよね。歌うときはどんな意識で?
ボブ・ディランさんが魂を込めて作った歌ですから、壊さないように大切にしながら、自分のものにしていくっていうことですね。この曲のように、地球上には素晴らしいが音楽いっぱいあるんですが、言語が違うと、伝わりにくかったりするじゃないですか。だったらそこを逆手にとって、日本人にターゲットをしぼって、世界中のいいメロディーを、松井五郎の素敵な歌詞でわかりやすく伝えていくのはどうだろうって。この作業をライフワークのひとつとして、長いタームでやっていけたらと思っています。
──「空飛ぶ電車とPancake」がアルバムの最後に来るのもいいですね。素晴らしいラブソングが並んでいて、その最後にこのさりげない歌が来ると、温かな気持ちになります。
自分でもこの曲順、気に入ってます。多田慎也くんという才能あふれる若いメロディーメーカーを紹介してもらって、この曲をいただきました。メロディが美しくて、いい曲なんですが、力の抜けたさりげない歌が入ってくると、余韻が残っていい終わり方になるなと思ったので、当初の形よりもテンポもキーも下げさせてもらいました。力石理江さんが素晴らしいアレンジをしてくれて、ミュージシャンの方々が素敵な音を奏でてくれて、愛があふれるサウンドになった。そうなると、素敵な愛を歌わないといけないなと思ったんですよ。日常にこそ愛があるわけですから、自分が住んでいる街を題材として歌を歌いました。音楽はリアリティーがないと、薄っぺらくなってしまいますから。
──“空飛ぶ電車”というファンタジックな表現もいいですね。
家の近くの線路が高架になっているところがあって、息子が物心ついたころから、「電車が空を飛んでいる」って言ってて。素敵なことを言うじゃないかって思ったことがきっかけになって、言葉を繋いでいきました。これも親父になったから書けた歌ですね。音楽人しか表すことができない世界観ができたかなと思ってます。“クマの枕”も熊本地震のことを歌に残しておきたくて、使った言葉ですね。くまモンのクマ。僕は3.11のときも「Tokyo Moon」という歌を作りましたが、風化させてはいけないものは歌の中に残すべきだなと思っているので。
──セルフ・プロデュースでアルバムを完成させて、感じたことはありますか?
自分が通ってきた音楽、人生を振り返ることができて良かったなと思っています。自分が歩んできた道は曲がりくねっていたんだなって確認できたのも良かった。過去を出し切ることで、前に向かって進んでいける作品になりました。
ライブというのは究極のアナログの世界だから、スマホでは体感できない魅力がある。最大限の愛を注がせていただきます。
──アルバム・リリース後にはツアーも控えてます。どんなステージになりそうですか?
このアルバムの楽曲がライブで表現されるわけで、楽しみでしょうがないですね。新たなステージをお見せしていきたい。たくさんの愛を感じながら、制作した作品なので、リスナーの皆さんには音楽に愛を詰めてお返しするしかないですよね。ライブというのは究極のアナログの世界だから、スマホでは体感できない魅力がある。会場に来ないとわかんないわけで、とても面倒くさいものなんですが、そこを乗り越えて会場に来ていただいたお客さんですから、最大限の愛を注がせていただきます。
──8月25日と9月16日は豊洲PITでの公演です。
豊洲PIT、一体感があって、大好きですね。僕は音楽を通して、お客さんと同じ時間を共有できる時間が大好きで、そのために楽曲を作ってるようなものなんですよ。ライブで得たエネルギーを次の楽曲に反映していくタイプ。去年のツアーで感じたお客さんのエネルギーのおかげで、『Anoter Love Song』を作ることができた。お客さんの笑顔や手拍子を見るとキュンキュンしますから。8月25日はデビュー記念日というアニバーサリーでもあるので、この機会に一緒にいろいろと思い出したりしながら、素敵な時間を共有できたらと思っています。
■「もうひとつのLOVE SONG」Music Video