ずっと静かに座り込んでいた秋が急に思い立って冬にバトンを渡そうと駆け出したかのように、東京は数日前から寒くなっていた。
夕方には雨も降り始めた。高野寛の20周年記念ライブにどんな天気が似つかわしいか言い切ることは難しいとしても、
つい肩をすくめてしまうようなこの日の寒さが的外れであることだけは間違いないように思われたのだけれど…。
この日のライブ・タイトル“Back to pop”は、一連の20周年記念リリースのキャッチコピーでもある。
つまり、この区切りのタイミングで、高野は改めてPOPに向かうことをテーマに掲げたわけだ。熱心なファンなら、「彼の音楽がPOPじゃないことなんて、なかった」と主張するかもしれない。確かに、彼が作る音楽は、どんなにシリアスなロック・チューンであっても、あるいはどんなにアブストラクトなインストゥルメンタルでも、その核心にあるのはPOPとしか名付けようのない柔らかな希望だというふうに言えるだろう。が、そんな音楽の有り様にもっと広がりを、さらにはもっと奥行きを、と彼自身が望んだとしても不思議ではない。
なぜなら、彼にとってのこの20年は、音楽が伝わるということ、そして人がつながるということと向き合い続けてきた時間というふうにも言えるはずだから。この日の最初のMCで「いろんな曲を、いろんな形でゆっくり歌っていくんで、ゆっくり楽しんでください」と言ったのは、“その20年間の悪戦苦闘の軌跡を見渡してみます”という宣言だったのだろうと思う。その宣言が「ゆっくり歌って」「ゆっくり楽しんで」と“ゆっくり”の二乗になったのはいかにも高野流で、あれほど鮮やかにギターを弾きこなすのに全体の歩みはいつの間にか回り道もしてしまったりして、というその20年のキャリアを記念するこの日のライブはやはり“ゆっくり”こそが相応しい。
SET LIST
1. LOV
2. Timeless
3. 道標
4. each other
5. あけぼの
6. PAIN
7. 小さな"YES"
8. 今日の僕は
9. エーテルダンス
10. 五十歩百歩
11. 夜の海を走って月を見た
12. 確かな光
13. Change
14. 美しい星
15. Another Proteus
16. Black & White
17. 虹の都へ
18. ベステンダンク
19. 明日の空
EN1. 相変わらずさ
EN2. 夢の中で会えるでしょう
EN3. All over, Starting over
EN4. see you again
EN5. 500マイル
最新アルバム『Rainbow Magic』からの曲を中心に構成した本編19曲とアンコール5曲で全24曲。本当に「いろんな曲」が披露された果てにたどり着いた地点は、ファンや高野自身がよく見知った場所にBack=戻ってきたのではなく、これまで以上に広がりと奥行きを持った世界だった。言い換えれば、Back to popの成果として生まれたのは、ポップ・ソングというよりも“歌”としかいいようのない表現で、その“歌”はそれこそ“ゆっくり”とオーディエンスの心に馴染んでいき、“ゆっくり”とその体を温めた。
だから、アンコールの最後に♪長かった冬に別れを告げて/こんな小春日和はどこか出かけよう♪と歌われたとき、
数日前からの寒さまでもがこのクライマックスのための演出のように思われた。
もっとも、現実はそんなふうにドラマのごとく運ぶわけではなく、というのも予定の曲を演奏し終えていったんステージを下りた高野が再び登場したからで、彼は弾き語りでさらに2曲歌った。最後に聴かせた「500マイル」は、去りがたい思いを振り切り、“ゆっくり”と次へ向かって踏み出す歌だ。ドラマのような終わり方もいいけれど、音楽との付き合いは延々と続いていくことを暗示するこの終わり方のほうが彼らしいだろう。 積み重ねてきた20年とこれからを見事につないでみせた、印象深いライブだった。