インタビュー/フジジュン
U-TANのふるさと
──ふるさとについて教えてください。
大阪府堺市出身なんですけど、堺は住みやすい良い街ですね。古墳とかあって歴史もあるし、自然もあるし。9月やったら、あちこちで祭りが始まって提灯揺らしてたり、太鼓の音が聞こえたり。風情もあってホンマにいい街ですよ。
──思い出す原風景や、地元に帰るとふと行きたくなる場所とかありますか?
いまは実家からちょっと離れたところに住んでるんですけど、学校の登下校してた道とか、ちょっと遠回りだけど回って帰ったりして。「あ、変わってる」なんて言いながら、懐かしい気分に浸ったりしてますね。結構、田んぼが多かったんですけど、新しい家が建ったりしていて。ウチの地元って、外に出る人が少なくて。もともと住んでた若い子が結婚して家を建てたり、そういうのが多いんじゃないですかね?
──大阪市内までもそんなに遠くないし、不便はないですもんね。
そうですね。高校生になってからは難波の方に出て、買い物やライブハウスに行ったりしてましたからね。いまはちょっと栄えてますけど、地元には何も無かったですからね。地元で好きやったお店はアメリカンなカフェがあって、撮影でも使わせてもらったんですけど。メンバーと一緒に自転車で1時間半くらいかけて行って、ちょっとアメリカンなハンバーグを食べたりしてました。
──大人になって、地元への思いはちょっと変わったりしました?
5年前から『SAKAI MEETING』ってフェスを地元でやっていて。僕らは20才くらいからツアーで外に行くばかりだったけど、海外も含めて各地で同じベクトルのバンドと仲間になって。仲間のバンドマンに、自分らの地元でライブをやってもらいたいなと思う気持ちが強くなってフェスを始めたんですけど。やっぱり地元への恩返しの気持ちもあるし、堺の中高生に見てもらって、「大人がこんな一生懸命やってていいな」と思ってもらえたら良いなと思っていて。地元に恩返ししたいって気持ちは強くなりましたね。
──地元でフェスを始めてから、なにか変わりました?
最初は「やらせへん!」と言ってた大人たちも、最近は協力してくれるようになったり。あまりライブハウスに来ない仲間から連絡が来たり、同級生が子供を連れて来てくれたりするようになりました。そこからライブハウスに来てくれるようになったら良いなと思ってるんですけど。ライブハウスに足を運ぶのって、なかなか勇気もいるので。自分が中高生の時に地元で30バンドもカッコいいバンドを見れたら、もっと早くバンドに興味湧いたやろうなと思ったりしますけどね。
──5年前に中学生だった子が今、高校卒業するくらいだと考えると、『SAKAI MEETING』で目覚めた子が、そろそろ頭角を表してくる頃ですね(笑)。
だったら嬉しいんですけどね。実際、初年度に地元のローカルFMのオープンスタジオで収録してたら、中学生が見に来ていて。「高校行きます」って言ってたんですけど、高校辞めてバンドやってますからね(笑)。
──偶然の出会いが一人の人生を変えてしまったんですね。それが果たして、良かったのか悪かったのか分からないですけど(笑)。
そうですね(笑)。でもずっと続けてるんで、いつか『SAKAI MEETING』にも出てもらえたら良いですね。
編集部:音楽が人と人の繋がりを広げていく素敵なお話でした。
U-TANさん、ありがとうございました!
GOOD4NOTHING、“メロディック中毒”の道をばく進中!敢行中のツアーの手応え、ファイナル・シリーズに向け、堺のオッさん代表・U-TANに訊く!