斉藤和義 弾き語りツアー 2017 “雨に歌えば”
5月16日(火)神奈川県民ホール 大ホール
Report/木村由理江
Photo/佐々木コウ
斉藤和義は去年の今頃、約半年間、67本にも及ぶ自身最長のツアー“風の果てまで”の最終日までのカウントダウンに入っていた。5ヶ月後の11月頭からは中村達也とのユニットMANNISH BOYSの、ニューアルバム『麗しのフラスカ』を携えてのツアーがスタートし、今年1月末にファイナル30本目を迎えている。そして5月11日から4年半ぶりとなる弾き語りツアー“雨に歌えば”に突入。ライブが本当に好きなのだ。
神奈川県民ホールでのライブは全23公演中3本目。今回は、両側に自慢のギターを何本も並べ、曲に応じて自ら持ち替えながら演奏するというスタイル。緊急事態が発生しない限り、ステージには斉藤のみ。いつになく口数が多かったのは、弾き語りというスタイルのせいなのか緊張感のせいなのか。満員だが着席状態の客席は静かで、マイクはギターを手に座る斉藤の口からふと漏れた“よいしょ”も、「歌い始めると身体が温まるからなのか流れてくる」という洟を頻繁にかむ音も、ギターを持ち替える合間に背中を伸ばした時のちょっとした息遣いも拾う。個人的な空間に招き入れられたような気分にさせるセットとあいまって、居心地の良さは徐々に増していき、背もたれが柔らかなソファのそれに変わっていくようだった。
一方、演奏は新鮮でスリリング。新曲の「遺伝」や「はるかぜ」を始め、聴き馴染んだ曲やライブで久々に披露される曲たちが新しいアレンジをまとってこれまでにない景色を見せたり、始まった演奏がどの曲に通じているのか予想もつかなかったりするからだ。また再現でも予定調和でもなく、その場、その瞬間に生まれたアイディアをそのまま音にしているのが伝わってくるからであり、それを可能にしているセンスとギターのテクニックのすごさとを本能的に感じてしまうからだと思う。斉藤だってやすやすとそれをやってのけているわけではないだろう。楽しみながら格闘する斉藤のロックスピリッツも感じて、なんだか嬉しく誇らしい気持ちにもなってしまうのだ。
斉藤の弾き語りがどういうものかを知っているお客さんも多いのか、最初のうち、客席は比較的落ち着きを見せていた。けれど、それも前半までのこと。10数曲を終え、「本当はちょっとタバコでも吸いに行きたいんだけど…」と斉藤が疲れを見せつつも踏み込んだ後半では、静かに心に降り積もっていた興奮が冷静さを決壊させたのか、ステージに向けられた視界のあちこちで、座ってなんかいられない! といった風情で立ち上がる人の姿があり、気がついた時にはかなりの数に。曲の後の拍手も大きく、長く、手の位置も高くなっていった。
ライブ中、斉藤は「久々の弾き語りなので、感じがまだつかめてないんですよ」と言ったり、長いMCの後に弾き始めたイントロをすぐに止めてギターをチューニングし直したり、控えめな反応の客席が気になるのか「楽しんでます?」と確かめたり、演奏前に「わー、緊張するわー」と呟いたり、演奏後に「練習します」と苦笑いを浮かべたりしたが、最後には「いろいろありましたけど、すごい楽しかったです」と締めた。
斉藤にとって弾き語りのライブは、自身の持てる力をフルに発揮し、発揮することでさらにミュージシャンとして大きく飛躍する場でもあるのだというのを、改めて感じるライブだった。斉藤の音楽性、ミュージシャンとしての力量や姿勢だけでなく、その人柄も堪能できるライブだったと思う。近年の斉藤のツアーには珍しく、ツアー前半感が漂うたどたどしい場面もあった。本人的には不本意だろうが、おそらく高いハードルを設定していること、回を重ねることでいずれ磨かれていくことを考えると、個人的には貴重なものを見た、とほくそ笑みたい気分。また観に行こう。