──だから、いよいよ8月7日を引き当てたことがすごいわけですが、そこで例えば“同じ日にやれることだけでもすごいんだから、その中身はまた2016年なりのセット・リストで”というような意見はなかったですか。
甲斐 いや、それは「同じセット・リストで」ということまで含めて彼らが持ってきたプランがすごく練られたものだったから、僕は“いいライブになりそうだな”とすぐに思いましたよ。
──なんと言っても、「8月7日」はファンにとっては特別な日ですからね。
甲斐 僕らメンバーのなかでは、CDとか映像作品の形にしたところで一応のピリオドは打ってるわけですよね。でも、それを聴いたり見たりした人たちの間では、そのライブが脈々と語り継がれてるし、消えないでずっと残ってるわけです。だから、都庁ができるまでは、8月7日にたくさんの人がいわゆる“BIG GIG参り”をしてたそうです。毎年すごい数の人が集まってるという話は僕も聞いてたんですけど、でもやがて都庁が建ってしまったので、もうそういうこともないんだろうと思ってたら、とんでもなくて、相変わらず脈々とそういう人は絶えていないみたいです。「ここから見ると、全体が見渡せるよ」というような場所の情報がちゃんと受け継がれて今に至ってるっていう。だから、一応のピリオドは打ちつつも、みんなのなかで変わらず生き続けているライブなんだという認識は僕のなかにもありましたし、だからこそこういう形でやればみんなが喜んでくれるだろうなと思ったんです。ただ、さっきのコンサート会場事情も含め、東京には何万人も集まってやれるところがないので、とすれば東京では日比谷野音でやるのがいちばんいいだろうし、それをWOWOWの生中継で全国の人にも楽しんでもらうというのが正しいんじゃないかということなんだよね。
──集まった観客の数も桁外れでしたが、THE BIG GIGはそれ以外のいろいろな部分でも日本のライブ史上に残る出来事ですよね。
甲斐 例えば仮設トイレはTHE BIG GIGで初めて使ったんですよね。なぜ、それまでは大規模なライブというと野球場を使っていたかというと、トイレの問題とか飲み物の問題とか、そういう問題をクリアするのが大変だったからなんですよ。でも、甲斐バンドは“誰もやっていないところで、やる”というのが売りになっていたから、まず箱根・芦ノ湖畔ピクニックガーデンでやり、次に花園ラグビー場。それでBIG GIGは当時、都有5号地と呼ばれていたところでやることになったわけですけど、やっぱりそういうトイレのことがまず問題になりました。そこで僕が、「ウッドストックのドキュメンタリー映画に仮設トイレが映ってるシーンがあったから、さすがにもう日本にもあるだろう」という話をしたんです。だって、ウッドストックは1969年ですからね。
──もう15年近く経っていたわけですよね。
甲斐 それで調べてみると、代理店はあったんです。だけど、誰も使っていなかったんですよ。だから、結果的には3万人に対して十分と言えるほどの数は確保できなかったと思います。だって、それまで日本でそんなまとまった数を使う人が誰もいなかったんだから。飲み物も飲料メーカーがスポンサーに付いて、当日現場で飲み物を販売したんですが、その日はすごく暑かったから、文字通りあっという間に売り切れて、その周辺の自動販売機もすべて売り切れ、というとんでもない状況になったんですよね。それから、それだけの人間が集まるわけだから相当のゴミが出ることを予想して、ゴミ処理の車両を特別に手配していたそうなんですけど、まったく足りなくて何十往復もしたそうです。だから、何万人という単位の人間に対して、飲み物はどれくらい必要か、ゴミはどれくらい出るのかといったことのデータがそこで初めて取れて、その後トイレとか、そういう施設がないようなところで野外フェスをやったりすることができるようになっていくわけですよね。
──なるほど。ただ、そうした実際の現場を知らない人の間で30年以上も語り継がれていくなかで、ある種の幻想のようなものをまとってしまっているところもあるんじゃないでしょうか。
甲斐 それは、あるでしょうね。だからこそ、「セット・リストを再現」しつつも、それぞれの楽曲へのアプローチも料理の仕方も違いますよね。もっと言えば、仮に同じようにやったとしても、それは全然違いますよね。ストーンズがそうであるように。同じことをやってても、自ずと違ってきますよ。いまの時代を生きている、いまの感性でやるわけだから。加えて、当然のことながら機材も当時よりはるかに良くなって、最新テクノロジーを駆使してやることになるわけですから、それはやっぱり相当エッジの効いた演奏になると思いますよ。
1983年のTHE BIG GIG、そして2016年。